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転生しようと思ったのに

 自慢でも自虐でもなんでもないが、俺はニートだ。

 高校デビューを華々しく決めようとかっこつけた俺は見事に失敗し、思い出すのも嫌なくらい散々ないじめにあった。友達もいない。成績も悪い。もちろん彼女なんているはずもなく。

 そのうち朝起きるのが辛くなって、学校のことを考えたら吐くようになって、行けなくなった。家に引きこもるようになって、はや数年。現在25歳のお先真っ暗人間だ。

 両親は昔から出来の悪かった俺に一切の興味も無く、かといって追い出したりすれば近所の噂になるからとそのまま放置。

 一応飯は持ってきてくれる。が、それ以上は干渉してこない。トイレに行くときばったり会えば、むこうのほうが気まずそうに部屋に引き返していく始末だ。

 後悔と行き場のない怒りと、誰に向けるべきだったのかすら忘れてしまった憎しみがずっとへばり付いて離れない。こんな人生もうやめたい。いつからか、死ぬことばかり考えるようになった。


 そんなある日、ネットサーフィンをしていると妙なページを見つけた。

「心の底から念じながら車に轢かれて死ぬと、異世界に転生できる」らしい。そんなことあるわけないだろと思ったが、勇者になってモテモテになりました!とか、ダンジョンで商い始めて大富豪になりました!とか、しっかり体験者の成功談なんかも書いてあって、なぜかこのページを信じてみようという気になった。俺も転生して新しい人生を始めてみたい。

 俺はパソコンの電源を切って、着の身着のまま家を飛び出した。季節はまだ春だけど、久しぶりに浴びた太陽の光が体に突き刺さって痛い。久しく嗅いでいなかったアスファルトの匂いに、むせかえりそうになった。

 近くの歩道橋に上って、ぼんやりと道路を流れていく車を眺めながら、どうしたら効率的に死ねるかを考えた。

 どうせ轢かれるならトラックみたいな大型車がいい。普通の自動車じゃ体を痛めるだけで、最悪の場合後遺症を抱えたまま入院生活になっちまう。そんなのはごめんだ、俺はここから逃げ出したいのだから。

 考えている内に大型トラックが遠くに見えてきた。これだ!俺の最期を飾るに相応しい運送会社のトラックだ。手すりに上って、手を合わせて祈った。タイミングを慎重に計って、手すりから踏み切って飛んだ。やっとこれで自由だ。


「はいストーップ」

 声がすると同時に、真っ白でだだっ広い空間に立っていた。なんだここ。眼の前に変な男もいるし。

「どーもー。ちょっとお話させてもらっていいっすかね」

 どこからどう見てもコンビニ店員にしか見えない男の胸にはネームプレートがついていた。上の文字は小さくて読めないが、下に大きくあかばねと書いてあった。多分男の名前だろう。

「そうっす、自分『回収課 転生防止係』の赤屍っす。ここ一角町から九本指町の地域担当させてもらってるしにがみっす」

 は?しにがみ?なんだそれ。なんかの冗談か?

「あーわかるっすよ。いきなりこんなとこ連れて来て何言ってやがんだって思ってるっすね。まぁ聞いてくださいよ」

 話進めるのかよ!と突っ込んだが話を続けられた。


「最近異世界に行きたがる人間が多いんで、それを抑制するために自分ら派遣されてるっす。わかりやすくいうと、交通規制みたいなもんっすね」

「それってどういう…」

「異世界も暇じゃないんすよ、記憶引き継いでむこうで生まれ変わるわけっすから、できるだけ優秀な人材が欲しいっす。つーか疑問なんすけど、なんであんたらって自分は無条件に歓迎されるもんだと思ってんすかね。性格がひねくれてるやつなんて、どこ行っても受け入れてもらえないっすよ」

 いきなりなんだこいつは。俺の性格がひねくれてるって言うのか?失礼な奴だ。

「あんたらをホイホイ送ったせいで、今異世界の方からこっちにクレームがバンバンきてるんすよ。変な人間送ってこないで欲しいとか、自分たちの世界をめちゃくちゃにされたとか。で、むこうさんが欲しい人材以外の方にはお帰りいただいてるってわけっす」

 なんだそりゃ。まるで就活じゃないか。しにがみとかいってたけど、こいつ派遣会社の採用担当者なんじゃなかろうか。

 でも、そしたらこの空間に説明がつかないな。俺に話しかけてるのもおかしいし。


「どんな人材が欲しいっていうんだよ」

「人とちゃんと話ができて、恋愛経験があって…まぁ要は人生経験ちゃんとしてる人が欲しいってことっすね。特に恋愛経験についてはむこうさんも厳しいっすよ。あんたらエロ本と同人誌とAVくらいしか性的な知識がないから、ただむやみに突っ込まれるだけで痛いって。教えようとしても、自分を否定したって逆ギレして暴力に発展するんだって、エルフちゃん泣いてたっすよ」

「そんなら離れていけばいいだけの話だろ」

 恋愛の話になってちょっとムキになってきた。

「彼女達も生活があるっす。たとえセックス下手でも、暴力振るわれても、殺されたりしない限りは絶対裏切らない。あんたらに囲われていれば食いっぱぐれずに済むっす。それくらい不都合な力ってのはすげーってことっす」

「なんだよそれ」

「不都合な力ってのは、うちの頭が転生する際にあんたらに与える、異世界の神と同等の力っす。その世界をよくするために与えてたはずなんすけど、大抵のやつは楽々世界のトップになって、ちやほやされるために使ってたっすね。頭カンカンに怒ってたっすよ。くれてやるんじゃなかったって」

「こっちでいつも周りから白い目で見られて馬鹿にされて傷ついてたり、努力したってだめだった人が、違う世界で強い力を使ってトップになるのがそんなにいけないことかよ!ちやほやされる幸せを味わっちゃいけないのかよ!」

 怒りに任せて叫んだ。お前になにがわかるってんだ!


「高校デビューに失敗して、アニメとネトゲにドハマリして登校拒否。以後この年になるまで毎日シコシコ引きこもってた人に努力がーとか周りがーとかってのは言われたくないっすね」

 面食らった。なんでこいつ俺の事知って…

「自分しにがみっすから。アカシックレコードで過去見れるし、心を読むなんて朝飯前っすよ」

 フンと鼻を鳴らしてやがる。明らかに見下されてるな、俺。

「じゃあ今回はご応募あざまっしたー。あんたのこれからのご活躍とご健勝を心よりお祈り申し上げますっと。あ、事故にもしないっすよこれ。運転手の方に迷惑かかるっす。眼が覚めたら、歩道橋で一人棒立ちになってたってことにしとくっす」

「ちょちょちょっと待ってくれ!せっかく決意して飛び降りたのに、異世界にもいけないし、死ねもしないってそんなのありかよ!」

 冗談じゃない、知らない奴にくどくど説教されてなんにも得るものが無いなんて納得いくもんか。

「行けないならせめて殺してくれよ、こんな世界で生きてるのなんてまっぴらごめんだ!」

 食い下がる。このままダラダラ生きるのも、ここからやり直すのも嫌だ。とはいえ俺の人生なかったことにはならないから、これ以上はない事にしたい。


「おお、しつこいしつこい。あんたみたいな人間久しぶりに見たっすね。でもしにがみとしてはそういうの、嫌いじゃないっすよ」

 こいつ、今ニタァって笑った?気味が悪い…

「やっぱ必死こいてあがく人間見るのって楽しいっすね。気に入ったっす。チャンスをあげるっすよ」

 赤屍が手を上げると、大きな砂時計がにょきっと生えてきた。真ん中あたりに文字盤が付いてる。砂はまだほんの少ししか落ちてない。

「こいつはあんたの今まで生きてきた分の時間を示す時計っす。今から時間を巻き戻して、あんたを過去に送るっす」

 時間を巻き戻す?そんなことできんのか?SF漫画じゃあるまいし。

「疑ってるっすね?そんなら身をもって体験してみるっす」

 赤屍がなにやらブツブツ唱えると、針が逆回転して砂が上に戻り始めた。

 と、同時にものすごい力で後ろに引っ張られるような感覚に襲われて、目の前が真っ白になっていく。


「そんじゃ、ぐっどらっく。ってしにがみがいうのはおかしいっすね。まぁ頑張ってくださいっすー」

 薄れゆく意識の中で、頭にそんな言葉が響いた。

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