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濁髪の魔法使い  作者: 網田めい
Episode:1「熱風を操る、大いなる太陽の美容師」
5/28

人を克明に導く、天命の軌跡。①

第3毛「人を克明(かつめい)に導く、天命の軌跡(きせき)。」

「――――ううん」


「……あっ! やっと起きた」


 ウサヒコは目の前の赤髪の少女を見る。森の香りと川のせせらぎがふたたび眠気を誘った。


「……なんだ、ロンドンの時の夢か……懐かしいな、そのビビットな赤髪。モデルさんすまないが、もう少し寝させてくれ。ああ、その寝癖は直したほうがいいぞ……」


 ウサヒコはふたたび寝る。


「……?」


 ルビィはウサヒコの頬をひっぱった。


「いででででで!」


 ルビィはウサヒコの頬をひっぱったまま、川で魚を釣るシディアに話しかける。


「あはは。シディアー! 夕飯取れたー?」

「あと少しー!」

「だああああ! 痛いっ! 引っ張るな!!」

「ウサピィ、いいかげん起きなよ」


 ルビィは頬をつねった手を離した。


「え……ウサピィ? 誰?」


「あはは、まだ寝ぼけてるみたいだね。キミの名前でしょ?」

「俺はウサピィじゃないっ! ウサヒコだッ!」

「あはは、どっちでもいいじゃん。ボクはシディアの幼馴染のルビィね。職業(ジョブ)薬師(ビンドラ)。よろしくね」

「どっちでもよくないっ!」


「俺は……夢からまだ覚めてないのか……」

「……ん、夢?」


 ウサヒコは立ち上がり、腰にかけたシザーケースがないことに気がついた。

「……あれ? あれ!? 俺のシザーケースがない!?」

「ん? ああ、あれかな?」


 ルビィはウサヒコのシザーケースとスプレイヤーを近くの木の枝に引っかけていた。

 ウサヒコは急いで取りに行き、腰につける。


「……そんなに大事なものなの?」

「俺の命だッ!」

「一体それは何をする道具なのさ?」

「何って……決まっているだろう?」


「やった―――――! 3匹目! 人数分取れたよ―――!」

 シディアの大声。彼女は川のほとりで、魚を釣り上げていた。


「あっ、ごはん取れたみたいだね」

 ウサヒコは地面の自分が引きずられた跡に気がついて。

「……ここまで運んできてくれたのか」

「ん~? ああ、シディアと一緒に引きずってきたよ。けっこう重かったんだぞう?」


「……すまん」


「いいよ、気にしなくても。夕飯の準備しよっか」

 シディアは魚を3匹抱えて走ってきた。魚の大きさはバラバラで一匹だけ大きいサイズ。


「えへへ、一番大きいお魚はウサピィさんにあげるね?」

「え、ああ……ありがとう」

「――ったく、情けないなあ……スライムを見て気絶するなんて。シディアが落下するのを見てなかったら、今頃ふたりは溶けてたよ?」

「――助けてくれたのか? ……はあ……そろそろ夢から覚めて欲しい……」


「……?」


「いや、もう少し寝ていたい。夢なのはいい。――だが、助けられたままなのは好かん」

「ふぇ?」

 ウサヒコはルビィの手を引き、すわり心地の良さそうな石に座らせる。

「助けてくれたお礼だ。俺にはこれしかないからな」

「えっえっ?」

「そのぼさぼさの髪、切ってやるよ」

「なになに? 急に!?」


 ウサヒコはルビィの髪触れて、両人差し指で髪束を開き、根本の毛流を確かめ始めた。


「……ラインが見事にバラバラだな……自分で髪を切っていただろう?」

「うるさいなあ。髪は自分で切るもんじゃん!」

「違う。美容師が切るものだ」

「……ビヨウシ? なにそれ?」

「さあ、どんな髪型にしたい?」

「……どんなってボクは魔法使いじゃないし、動きやすい短い髪に……って、いつも適当に切ってるよ」

「なんだ、伸ばしていたわけじゃないのか」

「うん。切るのめんどくさいから、そのままにしてたの」

 シディアは笑い。

「えへへ。短くした時、男の子とよく間違われるんだよね」

「うるさーーい」

「えへへ。ルビィちゃん、たき火の準備をしてくるね!」

「どんなに活動的で男の子に見えてもお前は女の子なんだ。動きやすくて可愛い髪型にしてやる。俺に任せろ」


 ウサヒコは川でスプレイヤーに水を入れ、シュッとルビィの赤髪にかける。


「ひゃっ! 冷たい! 何それ!」

「こらこら動くな」


 ウサヒコはルビィの髪を均等に濡らし、ルビィが自分で切ってしまった一番短い部分を確認した。かなりの期間を切らずにいた影響で、毛量はかなり増えている。


「しかし、この赤色のヘアマニキュアはすごいな……濃い色なのに、水で濡らしても少しも色落ちしない。しかも根本まで全て均等に綺麗に染まっている。ふむ……良いカラーリストがついたようだな。まあ、俺の方が上手いが」

「何意味のわからないことを言ってるの? 布きれじゃあるまいし、髪なんて染められるわけないでしょ。どう見ても地毛でしょう、地毛!」


「はー、凄い夢だな」

「夢じゃないよっ!」

「夢の中の人に言われても説得力ないぞ」

「ぐぬぬ……」

「ん、怒ったのか?」

「もう! 好きに切ってよ! そろそろ切るつもりだったんだ!」

 ルビィはプゥっと、ほっぺを膨らませた。


「ははは、よし。どのくらい切ってもいい?」

「いくらでも短くしてもいいよ。あっ後ろは絶対短くしてね!」

「後ろが長いのが嫌い、か。なるほど。お前は首が細くて、丸っこい顔の形だから……」

「丸っこいって言うな!」


 ルビィはまたほっぺを膨らませて顔をもっと丸くする。


「よし決めた」

 ウサヒコはぼさぼさのルビィの髪をオールバックにし後ろへ流す、そして正中線上にコームを引き、センターでふたつに分けた。そこから更に綺麗にダッカールでブロックに分ける。


「後ろはかなり短くするぞ。ホントにいいよな?」

「短くなるならいいよ」

「よし、背筋を伸ばして」

「……こう?」

「顎をもう少し……引いて」

「……? こうかな? でもなんで?」

「ああ、鏡がないからお前の首の角度が記憶しづらいんだ。綺麗に切るにも遠目に見た地面と足元で角度を調節するしかなくてな。まあ、あれだ。ものすごく切りづらいんだよ」

「――だから、動くなよ?」

「う、うん……」


 ルビィはウサヒコの言葉の意味はわかっていない。ただひとつ分かったのは動いたらいけないということ。彼女は言われた通り、絶対に動かないよう硬直した。それは石像のように。


 髪をリズムよく切る気持ちの良い音が聞こえる。ルビィはどのくらいの長さを切ったのか気になって、触りたい。でも、動くなと言われたので動けない。彼女は息をするのも躊躇し、肩と胸が揺れて身体が動かないように静かに呼吸している。


 ウサヒコは手慣れた手つきでルビィの髪を丁寧に切るために必要なガイドラインを作り、切っていく。そのハサミ使いは女性に情けない姿を見せてしまい、汚名返上に燃える、気合に満ちたものだった。


 リズムよく髪を切ってゆくウサヒコ。その目は子供がおもちゃを渡され、笑った時のようなキラキラした瞳。あっという間に束をまとめ、束ごとの毛先を均等に揃える作業に入った。濡れた毛束を指に挟んで、逆さにしてから毛先を切り揃えるウサヒコ。逆さに持ち上げる毛束から散った水の飛沫は陽に触れた。薄い笑いを浮かべる顔とセットになって、さわやかに輝いている。


 ウサヒコはガチガチに緊張したルビィにようやく気がついて、美容室で初めて切ってもらう小さい子供を思い出した。


「……別に少しなら動いてもいいぞ?」

「どっちだよおっ!」


 シディアはたき火の準備をしながら、仲良くするふたりを遠目に見て微笑んだ。


「ウサピィさ――ん! どのくらいで終わりますか―――?」

「すぐに終わるぞ――! お前に渡したドライヤーを持ってきてくれ――!」

「なんですか――それ―――?」

「何って……ドライヤーはドライヤーだ――――!」

「……?」

 シディアは首をかしげた。


「空でおまえに渡したやつだ―――!」

「あっ、なるほど! わかりました―――!」

 シディアは指を鳴らして、充電式のドライヤーを出した。


「……すごいな、魔法ってやつは」

「シディアは道具を引き出す魔法だけは上手いんだよねえ。濁髪(クラウディ)だから、全属性の魔法を使えるけど、幼児レベル」


 ドライヤーを持ってパタパタと走ってくるシディア。


「空をものすごいスピードで飛んでいたが……」

「あれはほうきの力じゃん? ホント、濁髪(クラウディ)なのに魔法使いを目指すなんて変わり者だよねえ」


「えへへ、そんなことないよ~。彩髪(カラード)のルビィちゃんが薬師(ビンドラ)を目指してる方がおかしいよ~」


「おかしくないっ!」

 シディアはウサヒコにドライヤーを手渡した。


「なんなんだよ。その濁髪(クラウディ)彩髪(カラード)ってのは?」

 ウサヒコはドライヤーを尻のポケットに突っ込んだ。


『へ?』

 シディアとルビィの頭に?マーク。


「……さっきからずっと思ってたんだけどさ。ウサピィってさ、バカなの?」

「はっはっは」

 ウサヒコは後ろからルビィのほっぺを引っ張った。


「バカとはなんだぁ? 夢の住民は生意気だなあ」

「ふぁふぁふぁ……ぷあ! ――何するんだよっ!」

「だから何なんだよ、濁髪(クラウディ)彩髪(カラード)って」

「だから何なの。知らないとか、バカじゃん」

 ウサヒコはふたたび後ろからルビィのほっぺをひっぱった。


「ふぁふぁ―――!」


「わかったあ! きっとウサピィさんは生まれつき頭が弱い人なんだよ!」

「おい」

濁髪(クラウディ)ってね、私みたいな黒や茶髪の平民のことでね? 彩髪(カラード)って言うのはルビィちゃんみたいな綺麗な髪色を持ってる貴族さまの事だよ?」


「貴族……って。いやまあ、海外に存在はするから、そこはつっこまないが……おまえ、貴族なのか? そうには見えないが」

 ルビィは短パンに薄い布の服。布の服の肩にはリュックを背負った跡がついていた。それはウサヒコが想像する貴族の姿とは全然違っていた。


「うん。ボクは一応、貴族の娘だよ」

「ルビィちゃんは炎の魔法使いで、あのスカーレット家の人なんだよっ!」

 シディアはルビィをまるで自分のことのように自慢する。彼女の鼻息は、何故か清々しい。

「もうシディア。ボクは薬師(ビンドラ)になるって言っただろ!」

 シディアはさらに鼻息を荒くして。

「もったいないよっ! ルビィちゃんならぜったいに上位魔法使い(ハイ・ウィッチ)になれるのに!」

 ウサヒコはもくもくと髪を切りながら。

「……しかし、平民のシディアがなんで貴族のルビィと一緒にいるんだ? 身分とかあるだろう」

「お友達だから一緒にいるんですっ!」

 シディアはえっへんと自信満々に答えた。


「…………」


 ルビィはその言葉に照れて、下を向いた。

「……そうだな、友達なら一緒にいないとな」

 ウサヒコは丁寧に髪を切るため、下を向いたルビィを両手で正面に向かせた。

 照れたルビィは正面にいるシディアと目が合う。


「えへへ」


 シディアは笑う。それは無邪気で子供のように汚れを知らない透き通った笑顔だった。

「――あっ、そうだ」


 シディアは思い出したように川に足元まで浸かり、アイアンロッドを引き上げた。


「なんだそれ?」


「アイアンロッドですっ。これは魔法使いの大事な武器で……。さっき、ルビィちゃんが熱くしちゃって、冷やしていたんですよー」

「武器って……女の子がそんな鉄の棒を振りまわすなよ」


 ウサヒコはシディアを横目にドライヤーを取り出して、電源をオン。熱風を生み出す機械的な音がルビィの頬を赤めた顔を驚きの顔に変えた。

「えっ!? 何それ!?」

「はっはっは、そらそらぁ」

 ウサヒコは濡れたルビィの髪を乾かす前に肩に乗った赤髪を吹き飛ばした。彼はシディアの素敵な笑顔につられて、自然と笑顔になっていた。


「わわっ!」

「えーと……そう、俺は……熱風を操る美容師……大いなる太陽の鋏手(プロミネンス・シザー)のウサピィだッ!」

 ウサヒコはファンタジーアニメや漫画のキャラクタ―のように言った。もちろん今考えた適当なものである。


 シディアとルビィの脳天に稲妻のようなものが走った。

「ふ、二つ名―――!?」

「ウサピィさんすっ―――ごい!」

 シディアは尊敬の眼差し。


「く、濁髪(クラウディ)なのに……国に認められた証である二つ名を持ってるなんて……」


「国に認められるのは意外と簡単だったな」


「!?」


 ウサヒコは免許を持っているので、国に認められた美容師である。


「ウ、ウサピィ……魔物の目の前で気絶したし、情けない人と思っていたのに……そんな立派な人だったとは……」

「ねえねえウサピィさん、私もウサピィさんみたいに国に認められて、立派な魔法使いになれるかなあ?」


 ウサヒコは笑いながら。


「はっはっは。人間頑張れば、なれないものはないのさ。俺も必死で頑張って、こないだ夢だった賞をもらったんだから」

「賞!? 賞ってまさか……く、勲章のこと?!」

「ふ、ふぇええええ! 平民なのに! 私と同じ平民なのに!!」

 見るからに茶髪のウサヒコ。濁髪(クラウディ)が国に認められて、勲章まで持っていることを知ったルビィはふたたび緊張しガチガチに固まった。シディアはニコニコしながらウサヒコの手の動きを隣で真似をしはじめる。


 ウサヒコはルビィの髪をドライヤーで乾かす。そしてシザーケースからロールブラシを取り出し、散った毛先を整え始めた。


「いやあ、表彰式は緊張したよ。本場のロンドンで高名な先生と握手してなあ……」

 ウサヒコはニヤニヤしながら自慢する。

「ろ、ろんどん……? それはどこ……?」

「ん? ロンドンはロンドンだろう」

「いや、どこなの……」


「――そっかあ! わかったよ、ルビィちゃん! ウサピィさんは外人さんなんだよ!」


「はっ……! な、なるほど……ウ、ウサピィ……バカって言ってごめん」

「わかればいい。これは夢だ、外人に間違われたいからそのままにしておこう。ルビィ、毛量を減らすぞ」

「は、はい……!」

 ウサヒコはすきバサミを取り出した。シディアはルビィを見て、興奮する。

「可愛いっ!!」

「えっ!ホント!?」


「ふたりとも、まだ終わってないぞ」


 ウサヒコは丁寧にブラシで表面を磨き、輝きはじめた髪にすきハサミを入れる。

 すきバサミのすきっ歯のように、隙間の空いた刃の溝に毛髪が捕まり、長さは変えずに毛量がどんどん減ってゆく。刃の溝にはまった毛を落とすために手首のスナップを利かすウサヒコ。飛ばされた深紅の髪はまとまって雲のようにふわふわと地面に落ちる。


「わあ、すごい!」

「ふふん、だろう?」

「ねえねえ、どんな髪型になってるの?」

「ふっふっふ。まあ、まて。もうすぐ終わるからな」


 ウサヒコは少女ふたりに尊敬の念を抱かれ、調子に乗り、すごいスピードでハサミを動かす。


「おらおらおらおらおらおらああああああ」

「わあ! 動きが早すぎて、手が増えているように見えるよ、ルビィちゃん!」

「ええ!? ウサピィは今そんな動きをしてるの!? さすが大いなる太陽の鋏手(プロミネンス・シザー)! 二つ名は伊達じゃないッ!」


 ウサヒコはガンマンが拳銃の銃口の煙をふっとするように、すきバサミに挟まった毛を息で飛ばし、ガンマンがホルスターにかっこよく拳銃をしまうように、ハサミを中指で50回転くらいさせてシザーケースにしまった。


「ウサピィさん! よくわかんないですけど、とってもかっこいいです!」

「えっ! そんなにかっこいいの!? 見たい! 見たいけど後ろに向けない! 動けないッ!」


 ウサヒコは少女たちにかっこいいと言われ、更に調子に乗る。

 ドライヤーとロールブラシを勢いよく天に掲げたウサヒコ。

 雲に隠れていた夕日はタイミングよく、空気を読んだように、顔を出した。

 落ちかけている太陽はウサヒコの背後にあり、シディアから見ると、ウサヒコの姿は煌びやかな逆光で見えない。


「ま、眩しいですっ! ウサヒコさんから後光がッ……!」


「えっ!? どういうことなのシディア!? 後ろに向きたいいいい!」


「ル、ルビィちゃん……! ウサピィさんの二つ名が輝いてる! 輝いてるのッ! 私には見える、見えるよぉ! ウサピィさんの大いなる太陽(プロミネンス)が!」


 シディアの目からほろりと涙が一粒落ちた。


「……シ、シディアが泣いてるぅ!」

「あ、あれ……? おかしいな……ウサピィさんの後光を見たら急に涙が……」


 シディアは夕日を直視し、鼻がむずむず。その影響で涙がほろりと出ただけだった。


「シ、シディアが怒られてもないのに、涙を流すなんて……」

「わ、私、どうしちゃったんだろう……」

「――わかった、ボクわかったよ! きっとね濁髪(クラウディ)のウサピィが頑張って国に認められて、勲章までもってることにシディアは感動したんだよっ!」


 ウサヒコは集中してロールブラシとドライヤーを駆使し、ルビィの髪を整えている。


「はっ!? そっかあ! ルビィちゃんありがとうっ! 私も、ウサピィさんみたいに濁髪(クラウディ)でも立派な人になるよ……!」

 ドライヤーの音が止まった。

 ウサヒコはふたりが盛り上がっている理由がわからなかった。


「シディア、ボク、ボクも……」


 最後の毛束。ラストのワンスライスがロールブラシから離れる2秒前、すなわち施術完了の2秒前。


「ボクもウサピィのように――」


 2秒……1秒……0。ブラシはルビィの深紅に、極限まで輝いた髪から離れた。


「――絶対、国に認められるような立派な薬師(ビンドラ)になるッ!」


 ――瞬間、閃光。ルビィは熱く煮えたぎるマグマ色の光に包まれた。

「ぬぉおおお!?」

「ルビィちゃん!?」


 ルビィの髪型は前下がりのボブスタイルに変わった。後ろは短くて、前に行くほど長い。それは子供のように無邪気で元気な美しい彼女に世界一似合う髪型だった。

 深紅の髪は風で舞った。新しいスタイルの彼女から溢れ出る魅力の全てが魔力に変わる。


 夕日の情熱的な光は3人を包み込んでいた。


「な、なにこれ……」


 ルビィはウサヒコのカット技術に震えた。それは髪の毛が魔力を生み出すこの世界で髪型というものはとても重要だからだ。平民の証である茶髪と黒髪。シディアは黒髪、それは曇天のような汚く濁った黒の濁髪(だくはつ)

 一方、ルビィは透き通った美しい色彩を放つ髪、彩髪(さいはつ)。それは選ばれた者で生まれた時から美しさを、力を約束された貴族。平民で濁髪(クラウディ)のシディアとは全く違うのだ。


 生まれた時から莫大な魔力を持つ彩髪の魔法使い(カラード・ウィッチ)のルビィ。だが彼女は自分の意志で決められた将来を、運命を逆らう。それは立派な薬師(ビンドラ)になるという素晴らしい夢があるからだ。


 ルビィは自身の力を嫌っている。しかし全身の皮一枚から溢れ出る魔力は、まるで自分が自分ではないように感じさせ、驚くしかない。……目の前には助けを求める友も、か弱き民もいない。ただの自分の為に魔法は使いたくはない。彼女は薬師(ビンドラ)になると心に決めているのだ。魔法を使うことということは、夢をまっすぐに目指している自分に嘘をついているように感じてしまう。だが、ウサヒコが心を込めて切ってくれた髪型は今まで自分で切っていたものとは毛色が違う。これは新しい自分なのだと、鏡も見ていないのに溢れ出る魔力が心に訴えかけた。


 彼女は自分の魔力を是が非でも試したくなった。親友のシディアがまた危ない目にあった時、今の魔力をうまく使って必ず守れるようにと真っ直ぐで、優しくて、勇敢で、自分なりの正当な理由を、答えを。彼女は口に出さず心に、魂に刻み込んだ。


 ルビィはシディアが用意した薪に、(てのひら)を向けた。

 彼女は薬の材料がたくさん手に入る大好きな森の一部が燃えてしまわないように魔力の出力を抑える。だが、抑え過ぎると薪は燃えない。


 今まで、スカーレット家である証拠の膨大な魔力を上手くコントロールできなかったルビィ。それはコントロールしなくても自分は魔法使いにはならないとして訓練を怠り、ないがしろにしていたからだ。だが、今は違う。コントロールできる。確信した。シディアの顔を見る。ルビィは不安そうなシディアを顔を見て、少年のように笑って謝った。


「――シディア、ごめん。ボクは困ってる人がいたら、その人を助けるために魔法を使いたい」


「ルビィちゃん……?」


「えへへ、シディアは本当に鈍感だなあ。……師匠が言ってたんだ。人のために生き、助けることは薬師(ビンドラ)として当然のことなんだって。ボクはまだ半人前だ。作った薬でたくさんの人は救えない。シディアやルチル、親友すら助けることもできないんだ。だから、ごめん……今はまだ魔法に頼るよ」


「…………」


 シディアは胸が痛くなった。それは自分が喉から手が出るほど欲しい魔力をルビィは生まれた時から持っていて、それなのに魔法使いの道を歩まないからだ。私にその力があったら。……と考えてしまい、ただただ、うらやましい。


「ボク……ウサピィみたいに国が認めてくれるような、立派な薬師(ビンドラ)になるために頑張るよ」


 ――だがシディアは、そのうらやましい感情を噛み殺し、胸の痛みをすぐに消して、前を向いて未来にまっすぐ歩こうとする。嫉妬なんてしなかった。それはいつか必ず、自分もルビィのような魔力を手に入れることができると心から信じているからだ。夢は必ず叶うと信じているからこそ、ルビィの謝罪に向かって正直に、素直に、満点の笑顔で返すことが出来た。


「……新しい詠唱が頭に浮かぶよ」

「――我が心に宿る情熱の魂よ、(てのひら)に集まれ」


 ルビィの(てのひら)から橙色の球体が現れた。それは満月のようにしっかりとした丸みを帯びた、ファイアオパールの優しい橙色。炎の不安定な揺らぎはない。ふっと吹いても絶対に消えはしない。熱意を消してなるものか、死ぬまで心を炎のように熱くさせる。いや、死で消える炎など生ぬるい。たとえ死して炭になったとしても、情熱の亡霊となり世界中の人々の心を熱くさせてやると。それは今の彼女をまさしく象徴とする意志の塊だった。


挿絵(By みてみん)


「……この熱意、人を克明(かつめい)に導く、新しき天命の軌跡(きせき)となれ!」


 橙色の球体から毛糸ほどの太さの熱線が一本放たれた。その軌道は直線。それは彼女の情熱に影響された人々が正しい道をまっすぐ進むための軌跡のようだった。


 目の前の障害物のすべてを貫く熱線を放った瞬間の音、耳に残る光線の銃声は木々に止まっていた小鳥に危機感を煽らせ、大空へ羽ばたかせた。

 狙いは正確だった。熱線は支え合っている薪のど真ん中に当たり、一瞬で火が付いた。


 ウサヒコは何がなんだかわからずにいた。


「な、なんなんだ。急に光り出したと思えば……手からレーザービームが……」


「――えへへ。ありがとう、さすが国に認められたウサピィ」


「???」


「魔法使いは自分で髪を切らないほうがいいね」


「……だあああああ! 意味がわからん! 一から説明しろッ!!!」


「ねえねえ、ルビィちゃん! 今の魔法って、短縮詠唱できるの?! ねえねえ!」

 シディアは目を輝かせながら、ルビィに近づく。

「うん、できるよ。この魔法の名前、何にしようかなあ……」


「俺の話をきけえええええええええ!!!!!!」


 ルビィは少年のような笑顔で。    

「……ところで、ウサピィ。れぇざぁびぃむってなに?」


「わかったあ! ウサピィさんの国の言葉でがんばれって言葉だよっ!」


「なんでそうなる!? 意味がわからん!」


「じゃあ、この魔法の短縮詠唱は『情熱的応援(れぇざぁびぃむ)』にしよっと」


「わあ、かっこいい! かっこいいよ! ルビィちゃん!」


「……かっこいいか?」


 ――夕日は沈み、紫色の空の闇が森を包み込んでいた。

 たき火はその闇を抗うように揺らぎ、笑いあう三人を静かに暖めた。


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