シャンプーを覚えよう! 下 ①
第19毛 「シャンプーを覚えよう! 後編」
ウサヒコは見慣れぬ粉の石鹸を手に取った。
粉石鹸は円柱の箱に入っており、ウサヒコはため息をつきながら蓋を開ける。
そして粉を手の平をのせて、シャンプー台の洗面場所の蛇口からお湯を出し、泡立ててからため息をついた。
「……ウサピィ、何してるのさ。石鹸がもったいないでしょ?」
ルビィはウサヒコに質問する。ウサヒコは粉から生まれる泡の量を測っていた。
「……なんでもない。カコク、シャンプー台に座ってくれ」
「おうよ!」
横になるカコク。ウサヒコはシャンプー台の下の箱に目をやる。
そして、ティッシュケースからちり紙を取り出すように清潔なタオルを一枚タオルを引っ張り出した。
「――シディア、ルビィ。まず首に巻くタオルの織り方からだ」
ウサヒコは横にタオルをみんなに広げて見せる。
「タオルはこっちが“表”だ」
タオルには表と裏が存在する。それは四辺の端の裏表でわかる。
ルビィは首をかしげて。
「わ、わからないよ……」
シディアが指を差して説明する。
「ルビィちゃん、ほらこっちが表だよ。ふわふわの方って覚えたらわかりやすいよ!」
「ああ、なるほど……」
「そうだ。“手触り”がいい方が表だ」
カコクは親指を立てた。
「――たった今、タオルのようにはならない生き方をすると決めたぜ。そんな人生って最高だよな!」
みんなは首をかしげる。マサムネはポンと思いついて、通訳をする。
「ええと、裏表のない性格になりたいってことだよね。カコクは裏表ないから、今の存在がタオルみたいな存在さ。だから大丈夫!」
「あっはっは、大丈夫か! さすが親友マサムネ! ありがとな!」
カコクにルビィはドン引き。シディアとカコクは一緒にあははと笑う。
ウサヒコは手を叩いて、皆を静かにさせる。
再びタオルを皆に見えるよう、広げて見せる。そしてタオルの上部の三センチくらいを外側に折り、そのままカコクの首に巻く。
「――この折り目を見ろ」
「オレには見えねえな」
タオルはカコクのうなじの所でタオルの左辺と右辺が重なっている。カコクが見えないのは当たり前だ。そのままウサヒコは。
「この折り目の部分を、もう片方の折り目に食いこませる」
ウサヒコは、右辺上部の折り目の中に左辺の上部を入れ込む。
「これでタオルは首から落ちない。次はこのタオルの上からシャンプークロスをかける」
ウサヒコは水を吸収するアクアローブをシャンプー台に事前に引っ掛けていた。そしてそれを手に取り広げる。ローブを見たマサムネがふっふっふと笑う。
「僕特製の水吸収上衣、魔法粘着生地付き! これは紐で結ぶよりも、ボタンで留めるよりも着脱が簡単! しかし、マジックテープのアイディアには正直驚いたよ。ウサピィさんは本当に発明家の才能があるよ!」
ウサヒコは、元の世界に当たり前として存在するマジックテープの説明しただけだ。
「俺は美容師だ。発明家になるつもりはない。――続けるぞ。タオルの上からシャンプークロスを巻くが、前はクロスからはみ出すように巻け。しかし、後ろは絶対にクロスからはみ出したらダメだ。タオルが水に染みて、首が気持ち悪く感じてしまうからな」
カコクにシャンプークロスを巻く。カコクの顔の前面、首の前の部分からはシャンプークロスの上部はタオルの身が見えているが、マジックテープで留めている後ろの部分の身は見えてはいない。ぴったりと、きちんと首に密着するようになっている。
シディアが質問する。
「どうして、前はタオルがクロスから、はみ出したらいけないんですか??」
「いい質問だな。シャンプークロスは服が濡れないようにきつく巻くものだ。そのまま前をタオルをはみ出さずに巻くと息苦しくなるんだ。まあ、タオルがやさしく首を守っているって事だな」
おおっと、盛り上がる室内。
ウサヒコはこいつらにカラーやパーマ、カット技術を教えたらどうなるんだと思いつつ、はにかむ。
「カコク、背中を倒すぞ」
そして、ウサヒコはカコクの背を手で押さえる。そして手動の座席を後ろにゆっくり倒し、カコクの頭髪を洗う洗面に後ろ首をつけるように誘導した。可動式ベッドのようにシャンプー椅子の背もたれは倒れるが、ウサヒコはカコクがびっくりしないように背中を手を押さえていた。そしてカコクの顔に白い布をかける。
「……まるで死んでいるように見えるね」
ルビィが真顔で言う。
そしてマサムネは目を瞑り、手を合わせた。
みんなはそれにつられて、カコクに向かって手を合わせ、黙とう。
ウサヒコは思った。この世界でも死者の顔に白い布を被せるのかよ、と。
そして思い出した。この死者の黙とう、顔に白い布は葬式の時の死人そのものにしか見えなくて、誰もがアシスタント時代に思うことで昔の自分も先輩と一緒に黙とうして、腹を抱えて笑った。
だから、それから、当然のように現在のウサヒコは少し寂しくなった。
「…………」
寂しくなったから微笑んで、
「――さあ、続きだ」
袖をまくって手を叩いた。けれども、乾いた破裂音は心地よい。




