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濁髪の魔法使い  作者: 網田めい
Episode:3 「サロン・ウサピィ、始動」
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シャンプーを覚えよう! 上 ①

第18毛 「シャンプーを覚えよう! 前編」


「――マサムネ、ありがとうな」


 メガネをくいっと引き上げたマサムネは微笑。ウサヒコはマサムネと握手をした。


「――これが、君のお店。サロン・ウサピィだ」


 ウサヒコの美容室の名前は『サロン・ウサピィ』。店名はシディアが決めた。ウサヒコはシディアの笑顔に負けて、この店名になってしまった事に後悔をしている。


 だが、美容師としてこの世界で働けると思うと、嬉しい。店の名前なんてどうでもいい。働けるのであれば幸せ……。と、今はそうなってしまっている。


 ――以前の古びた店の一階の雰囲気は一掃(いっそう)。店内は真っ白で、何も描かれていない画用紙のように清潔だ。中世ヨーロッパ感のある、趣のある椅子に、洗面台。そして一際目立っている五つの全身鏡。そしてキャッシュレジスタの机の上にはマスコットキャラクターである、木製のうさぎの彫像がちょこんと乗っていた。


 店の設備はほぼ整った。後は細かいものの準備をしなければならない。美容室開業には、店舗に免許を持った美容師を二人以上いる場合は誰か一人、管理美容師の資格を持っている事が義務づけられている。だが、もはや免許というものが存在しないこの世界では無意味だ。ちなみにウサヒコは元の世界で3年以上美容業務を従事し、講習を受けていたので管理美容師の資格は持っている。


 ――室内はとても明るい。保健所からの審査はないが、きちんと美容室開業の規定通り、室内の明かりを100照度(ルクス)以上にしている。全部で5台の作業ブースの真上に、雷光魔法を充填する照明を追加でつけてもらっていた。個々の作業ブースに関しては270照度(ルクス)がちょうどいいと思っているウサヒコは、体感だが今まで店長をしていた店と比べ、少し明るめとした。

 お客さんが座る回転式の椅子に座ったマサムネは、頭上の照明を見上げながらウサヒコに質問する。


「――しかし、ウサピィ。値段の高い雷光魔法の照明をたくさん使うだなんて、なぜ室内をこんなにも明るくするの?」


 サロン・ウサピィの室内は民の家の明かりよりも、ましては商店街の店よりも明るく、雷光魔法の灯りをふんだんに使っている店は無い。


 今、国中で注目されている雷光魔法。それは雷の魔力を使い、生活を豊かにする商品がぞくぞくと出てきているからだ。

 雷光魔法を使った初期の発明品は国の負担で、比較的安価で手に入るメガネだった。それはプラズマの光の屈折を利用し、レンズとした発明品。これを筆頭に、新たな商品がどんどん生まれた。その中でも、革命的な発明のひとつが炎よりも明るい照明だ。魔力が無くなるまで永遠に照らしてくれる照明は、女王の提案で街の灯りとして、各所に建設中である。目的は暗い場所で起きやすい犯罪の抑制だ。

 街灯の魔力がなくなれば、雷光魔法を持った金髪の彩髪(カラード)が魔力を充填する。もちろん、充填は無料ではない。有料である。

 国から賃金をもらっているルチルの家を含めた、金髪の彩髪(カラード)はここ数年で莫大な富を得ていた。そして現在、その雷光魔法を使った商品の使い勝手の良さは、国を豊かにする大きな可能性を持ったものとして、世界を創造したとされる元素属性群に一番近いとされている。


 メガネは近眼や老眼の者に向けた税金で国が負担するが、雷光魔法の品物は少々値が張る。マサムネは疑問に思っていた。わざわざゾンネンゲルプ家の財力を使わずとも、豚魔物(ビックピッグ)の油を使うランプと、窓からの太陽光でいいのでは、と。そして、ウサヒコは答える。


「タオルとかお客さんの肌に触れるものを使うんだ。きちんと安定した照明で常に明るくしないと、お客さんが目に見て清潔かどうかがわからないだろう。商売ってのは信頼と安心で成り立つんだよ」


「……すごいね、ウサピィ。本当に髪を切るだけで商売をしていたんだね」

「……マサムネ。お前、まだ信じてなかったのか」

「うん。だってそんな職業(ジョブ)は聞いたことがないからね。悪いけど、繁盛する気はしないよ」


 ウサヒコは少しだけ、イラっとした。


 ――二階から降りてくる足音。シディアとルビィ。なぜかふたりとも茶色で少しダサいメイド服を着ていた。


「マサチチに言われて、着替えてきたけど。なんでボクまで……」


 ルビィは女の子らしい、ひらひらする服を着るのは苦手。照れながらウサヒコに言った。


「えへへ。とっても似合ってるよ、ルビィちゃん!」

 

 シディアは笑う。そしてルビィは照れてぷぅっと顔を膨らませる。ウサヒコはやれやれと言ったご様子。

 

 ――マサムネがメガネ、くいっ。


「ふっふっふ。僕の愛娘たちよ……。似合っている、似合っているよ! お父さんは嬉しい、嬉しいよ!」


 ルビィはピキッと青筋を立てて。


「だーかーらーさー。ボクのお父さんはマサチチじゃないって言ってるでしょ!?」

「こら、ルビィ! 女の子らしい言葉を話せと言っただろ! お父さんは悲しいよ!」

「ふんっだ。絶対イヤだね!」


挿絵(By みてみん)


 ウサヒコはため息をついてから、マサムネに。


「あのなあ、マサムネ。ルビィがイヤと言っているんだ。いい加減やめてやれよ……」

「さすがウサピィ! わかってる!」


 ルビィはピョンと跳ねて嬉しがる。

 マサムネはぐぬぬと悔しがり、


「ウ、ウサピィ……。き、君は父親失格だなぁ……! だから僕がかわりにここに住んでいいかい? ねえシディア。明日、僕と一緒にピクニックへ行こう……って、あれ……?」


 シディアはシャンプーの洗面台を見て、キラキラと目を輝かせている。


「ウサピィさん! 私たちに早くしゃんぷーの仕方を教えて下さい!」


 ウサヒコは優しく笑う。


「威勢がいいな、待ってろ。もうすぐカコクが来ると思うから」


 これからシディアとルビィは、ウサヒコにお客さんに施術するシャンプー技法を教えてもらう。

 ふたりとも収入は無いに等しい。ここは今日から三人で住む、一軒家の美容室。仕事がなく、勉強ばかりなのは体に悪い。それに自分のこづかいが欲しいだろうと、ウサヒコはふたりをアシスタントに選んだのだ。「濡れるからエプロンとか、作業服は持っていないのか?」と、聞いたら、耳を大きくしたマサムネがどこから用意したのか、素早く、勝手に、独自の判断で、先ほどメイド服を持ってきた。


「ねえ、なんで僕が、そのしゃんぷーの実験台(モデル)じゃないの? なんでカコクなの?」


 マサムネは寂しそうに言った。ウサヒコは。


「マサムネより、カコクの方が髪が短いだろう。指の抜き方に慣れていないと、(から)まるんだよ」

「……意味がわからないけど。髪が短い方が洗いやすいってことでいいのかな」

「まあ、そうだな」


「あっ、ウサピィ。アホが来たよ?」


 ルビィが入口の扉の前に立っているカコクに気がついた。だが、カコクは入ってこない。


「カコクさん……?」


 シディアはパタパタと入口の扉を開けに走った。


 ――ガチャ。


「――ふっ。これだ。これ。扉を誰かに開けさせる。オレの世紀の大発明。名前はそう、子供が開けるから名前は、児童ドア……」


 カコクはクールに決めた。


「私、児童じゃないです。15歳です」


 ダメさが滲み出ているカコクは入口からマサムネを見つけ、大声で。


「おい、マサムネ! 自動で扉が開く『自動ドア』を雷の魔力の商品で作って売らねえか!? 絶対売れるからさ! よし、作ってくれ!」

「ヤダ。手で開けた方が早いじゃないか。カコクはホントにアホだよね。ただ、手を動かすのが面倒臭かったから、シディアに開けさせただけでしょ」


 ウサヒコは笑う。そして黙っていた。内心では、この世界には自動ドアがないのか。権利を持って、作ればきっと金持ちになれると思ったが、頭髪のことではないので、興味はない。


「……まあ、本気で売れると思っているのなら、作ればいいじゃないか」

「いや、初期投資の金がねえよ。ウサ(にい)


 カコクは耳のピアスをジャラジャラと鳴らしながら、ドカッと作業ブースの椅子に座り、隣に座っているマサムネとハイタッチをした。


「ウサ(にい)と呼ぶのはやめてくれ」

「ルチルちゃんの兄貴なンだろ? オレは兄と呼ぶぜ」

「……うん、まあ。いいから、こっちに座ってくれ」


 ウサヒコはカコクをシャンプー台へ誘導した。

 その後について行く一同。


 ――これから、シャンプーの授業が始まる。

 ウサヒコは見慣れない石鹸の粉を手にとった。

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