消えゆく写真と去った日々、来たる日常。 ①
間章
『…………』
――目を瞑ると、そこは世界と世界の狭間の世界。それは個々の思念によって、大きさも世界もその全てが違う。誰も汚すことが出来ない聖域。誰もが必ず持っているひとりぼっちの世界で、守るべき世界。
ここは地面も空もない。黒が混じった濃い藍の色。平衡感覚を狂わせ、歩けも座れもしない。遥か遠くに見える無数に散らばった小さい光の粒、青く光る大きな大きな球体、それ以上に大きく、赤く光る球体の光がこの者の姿を照らしだすが、逆光で姿は見えない。世界で一番大きく、深い想を持つ主は宙を漂いながら、ひとり呟いた。
『ごめんなさい』
主は視覚表現魔法絵を手の甲の結晶から生み出した。それはこの者と同じく重力に引かれることなくふわりと漂う。逆光を浴びていたが、永遠に近い年月を旅する巨石が炎の星の姿を隠し、青き星の光で主の姿ははっきりと映った。
――頭上には詠唱サークルが展開されており、それは術者を象徴とする文字は刻まれてはいない。ただの二重線の円形。そして、魔法世界にものとは明らかに違う、彼女が纏った異質な『機』の軽装甲。装甲や浮遊する機質造形にデザインされたネオンのラインが主の存在を知ってほしいかのように輝くが、その光は蛍のように淡く消えては繰り返し、儚い存在でしかない。
――彼女の手から離れた視覚表現魔法絵には、幸せな人々の姿。
それは果てしない地平線のように決して動かず、消えることはない。仲の良さが一本線に紡がれ、映じられている仲間たち。
『……私は大馬鹿ものだ。彼をとりまく人々が優しく作りだしてしまった日常の美酒に酔いしれていた。それはかすかな程度に幸福を感じることができ、くせがあり忘れることは絶対に出来ない、最高でかけがえのない毎日だった。時間が止まればいいのにと思ってしまった。幸せだった。だけど今はもう、それは限りのない遠い思い出で、拵物――』
涙が溢れた。涙は流れず宙に浮かぶ。大涙の球は原形を保つことが出来ずに散った。
ひどく切なく、深く寂しい。
細かく小さい欠片となった涙は、ちりじりに闇へと飲み込まれる。
離れた写真はゆっくりと回転しながら無機質に涙の後を追った。
『――私は愚者が作るパイプを吸ったような幻想で、塵芥でしかない』
主は涙は身体を火照らせ、顔を更にしわくしゃにした。憂い、悲しみ、切なさ、自身に対する瞋恚が複雑に絡み合い、心に空虚を作りだした。……セピア色した仲間の写真を思い出してしまう。だから負けじと作り笑いをする。だが嘘はつけない。嘘は嘘でしかない。隠せるものではない。後ろめたく思わせてしまう“嘘”が、本当の気持ちを更に刺激して、亦ぞろに涙を呼ぶ。それはただ“悲しい”でしかない。青空が広すぎて“寂しい”でしかないように、“切ない”でしかない。そんな自分が嫌となり、憂うしかない。
――脳裏に仲間のひとりである炎血の娘の言葉が浮かんだ。それを声に出したかった。声を出さないと悲しいままと思ってしまった。だから呟いた。自分に言い訊かせた。
『さあもう笑うよ』
主は楽しかったのどかな日々を偲び、顔が腐ってしまうくらい泣いた。
笑顔は作ることが出来なかった。