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濁髪の魔法使い  作者: 網田めい
Episode:0 「プロローグ」
2/28

毛髪ファンタジーとでもいうのだろうか。①

プロロー毛「毛髪ファンタジーとでもいうのだろうか。」

「シディア! ロッドを持ってこいと言ったろう!」


 ウサヒコはウィザードロッドを渡そうとしていたシディアを怒鳴りつけた。


「えっ、ロッドってウィザードロッドの事じゃなかったんですか……?」


 シディアの首をかしげた動きで、長い三つ編みは重力に従ってかたむいた。


「違うっ! 俺が欲しいのはパーマロッドだっ!」

「それって、どこの武器屋に……」

「――作業道具の名前は全て教えただろう! いい加減に覚えてくれ! ああもう!」


挿絵(By みてみん)


 

 ――“サロン・ウサピィ”。

 

 それがこの世界で、ただ一つの美容室の名前だ。

 そして、シディアに怒鳴ったのがこの世界でただ一人の美容師ウサヒコ。

 

 彼は3歩離れた作業台から木製の箱を取り出し、パーマロッドを厳選し始める。


 入口から一番遠い席に座り、頭にタオルを巻いて魔法辞典を読んでいる魔法使いの貴婦人が、鏡越しにあたふたしているシディアを遠目から話しかけた。


「シディアちゃん大変ねえ」

「いえいえいえいえ! 私、魔法使いのお仕事は全然ないので、ウサピィさんのお手伝いが出来てとっても嬉しいです!」


 シディアのちょっとダサい茶色のメイド用エプロンから懐中時計の音が鳴る。5つある懐中時計。どぎまぎ。


「え、えっと、このタイマーはどの席……」

「――シディア、3番さんのトリートメントを流す時間だ。シャンプーブースへお連れしろ」

「は、はい!」

「もう流せるよな? 失敗したら、丸刈りにして魔法を使えなくしてやるぞ?」

「だ、大丈夫ですっ!」


 シディアは深呼吸した。5つ並ぶ美容施術ブースは満席。入口から手前に数えて、3番目の席の女魔法使いに笑顔で話しかける。


「お待たせしました、トリートメントを流しますね。こちらへどうぞ」


 シディアはシャンプーブースへ人間(ヒューマン)の魔法使いを連れて、座席に座ってもらった。そしてお客さんの首筋を優しく持ち、座席を倒し、木製のシャンプーボウルに首を置いて、純白のハンカチを顔にかける。


 ふと、古木製の入口扉の小さなガラス窓を見ると、色んな種族の魔法使いのお客さんがズラリと並んでいた。


 今日も忙しくなる。シディアは頑張ろうと心に決めて、魔術式熱水発生装置のスイッチを押し、獅子の顔が彫刻された純銀のシャワーヘッドからお湯を出した。手のひらで温度を確かめて、お客さんの頭にかける。


「お湯加減は大丈夫ですか?」

「――大丈夫よ」


 ウサヒコはパーマロッドを選び終え、入口から数えて4番目の席に座る魔法使いの綺麗なストレートの長髪を素早くブロック分けをした。


 パーマロッドの直径と同じ幅のスライスを取り、老木魔物(トレント)の薄皮で出来た丈夫な紙を挟んでロッドに巻き始める。


 そして伸縮性の高いウェアウルフの腹の皮を加工した紐で、器用にロッドを止めていった。パーマロッドは骸骨剣士(スケルトン)の丈夫な骨を削り、表面をあらいやすりで目に見えない無数の粒のような溝を作り、ウサヒコが薬師に考案し作った特別なパーマ液が滴り落ちて薬液のムラが出ないようにと、武具職人に加工して作ってもらっていた。


「本当に大丈夫ですか? くせっ毛になると魔法が使えなくなるのでは……」

「大丈夫ですよ、魔法は使えます。お客様は生まれつき綺麗なストレートですので。スタイルを変化させるだけ。お客様の頭の骨格ではストレートはもったいないんです。パーマを当ててもっと魅力的になりましょう。そうする事で魔力は格段に上がりますよ」


 若い魔法使いはウサヒコの営業トークに心がときめいて、目はハートマーク。


「――はいっ! ウサピィさま、よろしくお願いしますっ!」

「ウサピィと呼ぶのは、やめてもらっていいですか?」

「きゃああああああ」


 シャンプーブースから聞こえてくる声。


「すすすすすすす、すみませぇええん!」


 シディアは髪を流す前に水を吸収するアクアローブをつけ忘れ、お客さんの首筋から水が滴りクロークがずぶ濡れになっていた。


「おろしたてのムーンクロークが濡れちゃったじゃないの! 施術前に言ったわよね? 髪を乾かす時に上からローブをかけたいって。これは熱に弱いから、乾かすことが出来ないのよ! これから魔物討伐に行かないといけないのに!」

「えっ、施術前に……? き、聞いてないです……かかか、風に当てて乾かせば……」


 ウサヒコは笑顔で青筋を立てて。


「シディアぁ……お客様にタオルターバンをして差し上げろぉ、そして今すぐ買ってこぉい。防具屋のおやっさんから領収書は忘れるなよぉ? おまえの給料から引かなきゃいけないからなぁ……」


 シディアはおぼつかない手つきで魔法使いの髪を、頭をタオルで包んで。


「行ってきまぁす……」


 シディアはとぼとぼとブースを横切る。

 ウサヒコは鏡越しでとぼとぼ歩くシディアを見て。


「走れっ! 髪が濡れたままだとお客様が風邪を引くだろう!」

「か、かぜを引くって、なんですかっ!? 風属性? を、ひ、引く!?」

「つべこべうるさい! 走れっ!」

「ご、ごめんなさ―――い!」


 シディアは急いで、アンティーク調のキャッシュレジスタから金貨を数枚取り出し、入口の扉を開けた。焦るシディアにつばの広いとんがり帽子をかぶっている老魔法使いが話しかける。


「おやおや、シディアちゃん。また失敗しちゃったのかい?」

「――えへへ、また失敗しちゃいました。今から防具屋のおじさんのとこへ行かなきゃ!」

「あらあら、頑張ってね」

「はいっ! 頑張りますっ!」


 シディアはレンガで出来た商店街の道路を走った。

 今日も快晴。気持ちが良い。

 空を見上げると女王陛下直属竜騎士団員の乗る翼竜が空を散歩していた。ご機嫌なキューンと聞こえる鳴き声はシディアの少し曇った心を完全に晴れさせた。


イラスト協力/えいちぜろな

Illustration/Eichi Zerona


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