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濁髪の魔法使い  作者: 網田めい
Episode:2「ヘアーサロンウサピィ、開店までの軌跡」
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愛する人の作り方。3 ①

第15毛 「愛する人の作り方。3」

 

 メインストリートを走るシディア。その手には美容室の設備デザインと間取りの書類。沢山の魔法使いをかき分けて、前へ進む。パスタ屋さんが見えた。大好きなスパゲティが頭に浮かんだが、今はそれどころではない。その向かいの建物に目を送る。『空き家』と張られていた紙は『売却済』と書かれていた。シディアは足を止めた。そして息を切らしながらつばを飲み、木扉に手をかける。何故か、鍵はかかっていない。


 ――シディアの目の前に広がる室内。壁は土壁。床の前面は木製。そして古臭くほこりっぽい。


 今日は快晴。扉の上部の小さい窓、奥の方の窓からは陽の光が差し込んでおり、暗闇でも室内を確認できた。


「わあ……!」


 奥の窓から差し込む光のすぐ隣に上へとあがる階段を見つけ、向かって歩く。途中、蜘蛛の巣が顔にかかり、びっくりするがすぐに払った。一階は三十帖ほどで、がらんとして何もない。異世界のウサヒコの店は大型店舗ではなく、自宅と一緒になっている小さな美容室になる予定だ。


 シディアはすぐに階段の目の前についた。階段の横幅は人がひとり通れるくらいの狭く、急なものだった。階段の先を確認する。暗闇で先が見えなかった。しかし、ひとつも怖くはない。わくわくしながら階段の一段目に足をつき、上がる。ゆっくりと逆の足を二段目に向かわせる。ぎしと聞こえた音。それよりもどきどきする心音の方が大きく聞こえる。


 上るごとに、徐々に階段の先が見えてくる。目を凝らし階段の先をみるは、行き止まりの壁。ここは三階建ての家屋で、三階で行き止まりの壁を面する場所は半帖ほどの踊り場だ。そして二階、三階の踊り場の左方から各階の間へと繋がっている。シディアはまず二階の踊り場から間を覗いた。


「キッチン……!」


 二階。リビングで水場があり、台所。

 彼女は紋様を木彫されたふたつ古びた扉に気がつき、自分から近い位置の扉を開けた。


「お風呂っ……!」


 ゆるく湾曲した西洋アンティーク調の風呂。ほこりをかぶって灰色になっていたが、磨けばきっと真っ白になるだろう。シディアはわくわくして、お風呂場の扉を思いきり閉めた。そして二階のリビングをどたどたと駆け、勢いよく残された扉を開ける。


 八帖ほどの部屋。そこには古びた部屋からは想像できない、綺麗な二段ベッドが置かれていた。


「きっとここが私とルビィちゃんのお部屋……!」


 ルチルが贈った綺麗な二段ベッドの一段目に座るシディアはずっとにこにこしている。南向きの出窓からは光が差し込み、糸くずのようなほこりはふわふわと楽しそうに踊っているように見えた。


 ベッドに勢いよく横になったシディア。この八帖ほどの部屋でこれからのことを想像し、更に顔をゆるませ、嬉しくなって足をバタバタした。


「~~~~~~!」

 

「――そうだっ、三階っ……!」


 扉を開けたままにして、階段を駆け上がる。

 シディアの予想に反して、三階は扉も何もなかった。15帖ほどスペース。あるのは古びた空間に似合わない、ルチルがウサヒコに贈ったであろう煌びやかなキングサイズのベッドだけ。


「ここはウサピィさんのお部屋……? あれれ? そういえばトイレがない……?」

「――お嬢さん、トイレは一階だよ?」


「ひゃあ!」

 

 背後から聞こえた声。シディアは驚き、振り向く。


「――ああ……僕が鍵を閉め忘れていたのが悪かったね。でも、人の家に勝手に入ってきたらダメだよ?」


 メガネをかけた濁髪(クラウディ)の男性。身体の線が細く、華奢な体つきで懐中時計を持っていた。


「ご、ごめんなさい……」


 彼は懐中時計の蓋をぱたんと閉め、懐にしまう。そしてため息をつき、シディアの持っている書類に目を向けた。


「――あ。その書類……。 もしかして、ウサピィさんから?」

 シディアは思わず、うなずいた。

「そっか。遅いと思ったら、かわりの人をよこしたのか……。ねえ、その書類を見せてくれるかな?」

 彼はシディアの返答を待たず、書類を取った。

「あっ……」

 そしてすぐにデザイン書をペラペラとめくる。


「――そうだ、自己紹介を忘れていたね。僕は『マサムネ・オカザキ』」

「マサムネ……さん?」

「あはは。苗字も名も変だよね。でも僕はこの名前が大好きなんだ。父がうちの店の創業者の名から取ったものでね。で、君の名前は?」

「シディアです」

「シディアちゃん、か。苗字は?」

「ないです」

「……!」

 マサムネは彼女に親、姓を名乗る血族がいないこと理解し、焦る。

「――み、苗字が無くても、大丈夫だよ! ほ、ほら、大人になったら苗字を自分で作れる! そーーーーだ! 今から僕と一緒にかっこいい苗字を作ろうか!」

 少女を傷つけてしまったのではないのかと、マサムネは焦っている。だが、シディアは苗字がないことを気にしてはいない。それは大人になれば、自分で自由に決める事ができる。濁髪のように死ぬまで一生変わらない身体的特徴ではなく、苗字は時間が経てば確実に名乗ることが出来るものだからだ。


 シディアは一度考えてから、元気よく返事をした。


「…………はいっ!」

「あ゛ーーー! さっそくかっこいい苗字を思いついたぞーーー! 『ビュシェルベルジェール』はどうだ!」

「嫌ですっ!」

「ああ、うん。――よしっ! こういう時はおいしいものを食べて、思い切り笑うのが一番だ! 僕と一緒に美味しいものを食べに行こう!」

 シディアは満点の笑顔で。

「はい! いただきます!」

「よぉ~し、僕の後についてこーい!」

「わぁーい!!!」

 マサムネは階段を走って下りようとシディアを先導するが、ずっこけてそのまま一階まで転がり落ちた。

「ああああああ!」

「きゃああああ! マ……マサ、マサチチさーーーん!」

 シディアは階段を駆け下りて、マサムネを心配する。

「――いてて」

「大丈夫ですか! マサチチさん!」

「――って、僕は乳じゃない! 胸だ! マ・サ・ム・ネ!」

「はい、わかりました! マサチチさん!」

「ちっがーーーう!!!」

「ああ! すみません! でも、胸も乳も同じ身体の一部じゃないですか?」

「だから、ちがっ……」


 シディアの笑顔がきらりんと輝く。……マサムネは彼女のすがすがしい笑顔に見とれた。そして思った。シディアは頭が弱いと。――もう、チチでもいいと思った。思ってしまった。それは彼女に苗字のことで傷つけてしまったからだ。苗字はとても大事なもの。自分を育ててもらっている大切な家の名。彼女にはそれがないのだ。

 僕は24歳、大人だ。彼女には家族はいない。ウサピィさんのつかいということは、きっと彼が面倒を見ているのだろう。大人が子供を支えなくてどうする! 僕も彼女の面倒を見る! マサムネは笑顔でシディアの手を引いた。


「――よし! 胸でも乳でもどちらでもいい!」

「はいっ!! マサチチさん!」

「――でもね、マサ『チチ』のチチは胸のチチじゃない! お父さんの方の『チチ』という意味だ!」

「え?」

「シディアちゃん、僕のことをお父さんって呼んでいいからね!」

「……嫌ですっ!」

「――今、心に決めたよ。絶対にお父さんと呼んでもらえるように僕は頑張る! 頑張るから!」

「それは絶対に無いと思います!」

「さあ行こう! 僕は君のお父さんだ!」

 マサムネはメガネをクイっとして、シディアの手を引いて空き家を出た。外は快晴、気持ちがいい。

「シディアちゃん、雲一つない快晴だね。お父さんは気持ちがいいよ!」

「そうですねっ! 自分で歩けるので手を離してもいいですか!」

「迷子になったら大変だから、ダメ!」 

 ニヤニヤと父親面をするマサムネの姿はまるで誘拐犯のように見えた。


「――おい。何やってンだよ、マサムネ」

 服装はツナギ。そして(だいだい)の髪。ニワトリのような、ソフトモヒカンの青年がマサムネに気がつき、心配そうに話しかけた。


「うるさいなあ、カコク。君は花壇の土でも売ってなよ」

「すでに売ってるしッ! 誰も買わねえしッ! ってか、何で少女を誘拐してンだよ」

「違う。僕は父親だ」

「――なッ!? てめえ、いつの間に……!」

「ははは、僕は甲斐性がない男じゃないからね」

「嘘付け、オレは騙されンぜ。何歳の時の子供なンだよ。正直に言えよ、誘拐したんだぜって。……な?」

「いや、事実だよ。僕はこの子の父さ」

「えーと、マサチチさん……?」

「うわ、本当だ。マサ(チチ)って呼ンでる。――しかし、水臭ぇぞ。オレに子供がいるって黙っていたのかよ?」

「たった今、父になったんだよ」

「なんだ、たった今か。なるほど」


 カコクはシディアをまじまじと見る。首をかしげた時、カコクの耳のピアスがジャラリと音を立てた。


「う~ん? ああ……なるほど、な。最近の子供は一日でこンなに成長するンだな。見た目はもう10代前半くらいじゃねえか。子供は成長が早いと聞くが、こいつぁすごいぜ」

「なんだろう。冗談に聞こえるけど、それは本気で言ってるんだよね。あと、相変わらず喋り方がうざい。本当、昔から変わらないよなあ。カコクは僕の癒しだよ。いつもありがとう」


 カコクはマサムネを抱きしめる。


「どういたしましてだぜ……! マサムネの癒しである事が俺は嬉しいぜ! 俺たちは死ンでも親友だ!」

「ああ……! もちろん!」

「――よし、子供が出来たンだ、めでたいからなんか奢れよ。……な?」

「……普通、逆じゃないかな」

「あのマサチチさん、この人は……?」

「この人は『カコク・クセーノ』。僕の友達でウサピィさんのお店の隣にある、花壇の土屋の店主だよ」

「おう。24歳でただのナイスガイのカコクだ、よろしくな」

「シディアです、よろしくお願いします!」

「おっ。いい名前だな。気にいったぜ!」


挿絵(By みてみん)


 カコクはシディアの頭をくしゃくしゃと撫でた。


「――じゃあ、僕はシディアちゃんと一緒にごはんに行ってくるよ」

「ああ、奢りだよな? だからオレも一緒に行く。よし、今日は店じまいだ、どうせ客はこねえ!」

「ああもう。わかったよ。奢ってやるから、早く準備してよ」


 カコクはマサムネに親指を立ててニカッと笑い、花壇の土屋の入り口に鍵をかけに走った。


「シディアちゃん。ああいう大人になったらいけないよ。仕事はきちんとしようね」

「はいっ!」

「――よっしゃあ! 飯だ飯!」


 カコクは毒気のない笑顔でシディアのもう片方の手を繋いだ。カコク、マサムネと手を繋いだシディアは、ふへへとニヤけるメガネ男に、ツナギ姿でソフトモヒカン。妖しい色のピアスをジャラジャラさせる気味の悪い二人に、本当に誘拐されているようにしか見えない。

 道行く人々から静かに誤解された場面もあったが、マサムネとカコクのやりとりを見てシディアが楽しそうに笑っていたので、運よく女王直属護衛竜騎士団(ドラゴン・スクトゥム)に通報はされなかった。


 シディアは父親面をしているマサムネを見て、嬉しく思った。

「お父さん、かあ……」

「んん? シディアちゃん、早かったね。そう、僕は君のお父さんさ!」

 マサムネはシディアに優しく笑顔を返した。

「あははっ。楽しいからいっか、おと~さん!」

「おい、マサムネ。楽しそうだから、俺もお前の子供にしてくれ。パパー。一万イェンちょうだいー」

「うるさい! カコクは土でも売ってろ!」


 晴れた空の下。雷鳴がメインストリートを行き交う人々の耳に聞こえた――。


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