愛する人の作り方。1 ①
第13毛 「愛する人の作り方。1」
「なんで魔法が解けてないんだよぉ~~~~!」
ルビィの声はルチル宅の客室を揺らした。
「だって、私とキスをしたじゃない。はい、そこの本を持ってきて」
ふかふかの絨毯に寝転がっているユーディは本棚を指差した。ユーディの隣でシディアはたくさんのクッション使い、昼寝をしている。
「うわーん! ボクもごろごろしたいよぉ!」
「だめ、絶対」
ルビィの身体は自分の意志とは関係なく動き、本を優しく手に取った。
そして、小説を手に取り、ユーディに持って行く。
「ありがとう、読み終わるまでそこにいてね?」
ルビィは気をつけの姿勢をとり、涙。
「ふぇぇ。どうやったら魔法が解けるのぉ……?」
「えー。ひとつだけ方法はあるけど、ルビィ・スカーレットには無理だと思うわよ?」
ユーディは小説をめくり、驚愕。
「ええっ……。変なタイトルの本ね……」
「ユーディ~。ボクの話聞いてるぅ? 教えてよぉ……」
ユーディは本を読みながら、適当に答える。
「私とキスしたことを忘れるような恋をしたら、魔法は解けるわよ? うわ、なにこれ。地味な土魔法が題材の話……?」
「こ、恋……?」
「そうよ~。だから、男の子みたいなあなたには無理だって~。あ……面白い……私、好きだわ」
「む、無理じゃないもん! そ、そういう、ユーディは恋人はいるの?!」
ルビィはまんまるの顔を膨らませ、プンスカピー。ユーディの視線は本からルビィに変わる。
「……恋人、ねえ。……はは。男の人なんて信用してないもの。別にどうでもいいわ」
「――なになに? もしかして好きな人でもいるの~?」
ニヤニヤするルビィに、はっとするユーディ。
「い、いないわよ! だって私の髪色を見て『うわぁ……』って顔をする男性の方が多いのよ! ああもう、ふざけんな! もう私は22歳なのに、誰とも付き合ったことがないなんて! きっとあれよ、この世の男性は、私とキスをしたら一生尻に引かれるとでも思っているんじゃないかしら! たしかにキスをしたら操れるわよ、思い通りに。でもね、好きな人にそんなことするわけないでしょ! ホント腹が立つ!」
足をバタバタさせて悔しそうなユーディ。
「う、うん……ボクが男だったら、ちょっとユーディとは付き合いたくはないかな……」
部屋が騒がしくなり、シディアが目を覚ました。
「ふぁぁ……」
「……シディアぁ~~。ユーディに早く帰ってって、言ってよぉ」
ルビィはふたたび涙をダーっと流し、直立した状態でシディアに話しかけた。
「ん~。きっとユーディさんもここが気に入ったんだよ~」
シディアは眠気眼で目をこすり、クッションを抱いてふたりのやりとりと見ながらにこにこ。
「気に入ってないわよっ! ここにいるのは私の魔法が何故、ルチル・ゾンネンゲルブに効かなかったのかを、その理由を知るため!」
「ふぇ? もしかしてボクにかけた、許されざる心の理のこと?」
「ああそうよ! 渾身の魔法だったのに! ――なのに、ルチル・ゾンネンゲルブはウサピィと毎日どこかへお出かけ……夜に帰ってきたと思ったら、すぐにおねんね。あああああ! いつ聞けるのよ!」
「今、ルチル部屋にいると思うけど……今から聞きにいけば?」
「……うるさい! 下僕が命令するな!」
「……いや、聞きにいけばいいじゃん」
「詠唱サークルを持ってないのに魔法を使おうとする中途半端が、私に命令するな!」
ユーディはぷいっと、ルビィに背を向けて本を読みだした。
ルビィは直立した状態で、イラっとしたが『詠唱サークル』と聞き、ポンと閃いた。
「ユーディ、許されざる心の理をシディアにかけてみなよ。きっとシディアにも効かないよ?」
「え……?」
ユーディは驚いて、ついシディアを見た。彼女はふかふかクッションを綺麗に並べて、ふたたび眠ろうとしている。
「ねえ、シディア。詠唱サークルを開いてよ」
「……ぇ?」
シディアはルビィに言われゆっくりと身体を起こして、あくびをしながら詠唱サークルを開く。
見慣れぬ黒の詠唱サークルを見たユーディはふたたび、ごくりと唾を飲んだ。
「ふぁぁ……はい、ルビィちゃん」
「うん、ありがとうシディア。ほらユーディ、試してみなよ」
「――いくわよ。どうなっても知らないからね?」
「大丈夫だって。ルチルに効かなかったんだから、シディアにも効かないもん」
ユーディは『効かない』と言うルビィに青筋を立てながら、魔力を練るために桃色の詠唱サークルを展開する……。
「――短縮詠唱、許されざる心の理!」
シディアの足元から黒みがかかった桜色の魔力の掌が飛び出る。
「シディア。適当に魔力を練ってみて?」
シディアは目を瞑り、ゆっくりと魔力を練る。黒の詠唱サークルから星屑が舞いはじめた。すると不協和音が鳴り響き、魔力の掌が砕けた。
「――な、なんで!?」
「――詠唱サークルってさ。魔力を磨くもので想いをきちんと貫けるように補助するものでしょ? 魔力を練るためにサークルを展開したら、想いがぶれにくくなるんだから、精神魔法は効きにくくなると思うけど……もしかして、自分の魔法の特性を知らなかったの……?」
……ユーディの目は泳ぎ、本をうちわのようにあおぎだした。
「……し、知っていたわよ? ただあれよ。戦いに夢中になっていたから、別に勉強不足とか、魔法使いと戦うのが初めてだったとか、そういうんじゃないんだからね?」
「……ふぅ~ん」
焦るユーディに、どうでもよさそうにするルビィ。
「……えーと、じゃあ。私は忙しいから、帰るわね!」
――シディアの舞った星屑たちは桜の花びらに変化し、部屋に吹雪いた。
「あれ、シディア? 何してるの? もう……」
「――浮かんだよ。高位詠唱魔法」
『えっ……?』
「――我が心に眠る類まれなる希望の星光」
「胸がどきどき、頭はぽっぽー。あらまあ、どうしましょう。……そう、愛は世界を救います」
「色んな人をもっともっと好きになりましょう!」
「――短縮詠唱、人が好きでたまらないっ!」
「みなさーん、わたくしはこれからおにいちゃんと、外に……」
無数の桜の花びらは、部屋に入ってきたルチルを包み込んだ。
「あっ……ルチルに魔法が……でも、なんでルチルを……?」
ユーディとルビィはきっとルチルなら大丈夫だろうと思い、何食わぬ顔で疑問に思った。
「……勝手にふさわしい相手を選ぶ、自動認識、追尾型の魔法じゃないかしら。精神補助の詠唱サークルを持っていないのはルビィ・スカーレットだけど、神経掌握はすでに私がしている。精神魔法は同時にふたりの術者のものにはならない。つまり、魔法はかからない。今、ルチル・ゾンネンゲルブは詠唱サークルを展開してないから防御不能……つまり」
「……つまり?」
ルチルを包み込んだ無数の花びらは、すうっと消えた。
「――ああん! おにいちゃん大好きっ!」
「こういうこと」
「なるほど」
「――ああっ! ルチルちゃんごめんなさい!」
「しかし、可愛らしい魔法ね。対象の感情を肥大させるならもっと残虐な部分を肥大すればいいのに」
「ボクはシディアがユーディみたいな魔法を覚えたらダメだと思うなあ……」
「ああん、好きっ好きなのっ! おにいちゃん……!」
ルチルは鼻血を飛び散らかしながら、恍惚な表情でぷるぷると震えている。
「……しかし、濁髪の魔法使いまだまだ未熟ね」
シディアはルチルに魔法をかけてしまい、あたふたしている。
「うん、まあ。でも今回はめずらしく成功してるんじゃないかな……」
「いや、この魔法は失敗ね。『我が心に眠る類まれなる希望の星光。胸がどきどき、頭はぽっぽー。あらまあ、どうしましょう。……そう、愛は世界を救います。色んな人をもっともっと好きになりましょう!』って詠唱だから、不特定多数の人を好きになる魔法のはず。でもルチル・ゾンネンゲルブは、ウサピィの事ばっかりを想っている。つまりはひとりだけ、不特定多数ではなく、個人。それも一番好意を持っている人間を愛している。好意を持っている人をもっと好きにさせる感情操作は精神魔法で一番簡単なの。高位魔法ではないわ。下位。だから失敗。――そう、私も昔はこうだった……ああ。思い出すわね。それは5年前、はじめて高位詠唱魔法を覚えた時のこと。そうあれは嵐の日だった……あの時の私は豪雨の中、ひとりでアイアンロッドを振り回し、魔法の練習をしていた。そろそろ帰ろうかな。でも、もっともっと練習しなきゃと思って、ロッドを振った。でも雨で手元が滑り、すっぽ抜けたの。私はロッドを拾いに走った。すると、目の前で寂しそうにしていた子猫がいたの。とっても可愛くて、私は思わず子猫を抱いた。子猫の体温はほんのりと温かった。そう、私の冷え切った心を温めてくれるような、慈愛のぬくもりを感じたの。でもね、その子猫は人の事が嫌いだったようで……胸の中で暴れて、私の顔をひっかいた。ひどいわよね。お持ち帰りしようとしたのに引っ掻いたのよ? 子猫は嵐の中、私の元を離れた。それで……年増の水魔法使いが私を見て、ぷっと笑ったの。それで腹が立って、高位詠唱呪文が脳裏に浮かんだ……それで、それでね?」
ユーディはこの台詞を約20秒で流暢に言った。
「あっ。うん、そっか。もういいよ」
「……なによ、最後まで聞きなさいよ。スカーレット家のくせに冷たいわね」
「だって、ユーディの言葉は早くて聞き取れないもん」
シディアたちは、ユーディと和解し一緒に過ごして3日目。すっかりユーディは彼女たちのほのぼのした雰囲気に溶けこんでいた。ルチルはユーディがルビィとシディアを一方的に傷つけていたと思っていたが、シディアが傷を治してくれたユーディに気がつき、弁解した。ただ「このピンクの人は悪い人じゃないです」と言っていただけだが。
そして、ルチルはルビィに怒った。「どうして、冷静に話を聞かなかったの」と。ルビィは「ピンクの人がケンカを売ってきたんだよ?! それにカナブンの敵を取りたかったんだもん!」と、プンスカピーと怒ったが、顔がぼこぼこに腫れたガーディアンと、荒らした庭、壊してしまったメルベルの橋のことを言われ、しゅんとした。
この世界でも、お金の力は偉大のようだ。情熱的応援で壊したメルビルの橋はゾンネンゲルブ家が建て直すかわりに、ルビィを罪人にしないでくれと提示し、解決したらしい。ルビィはルチルに深く感謝した。しかし、きっちりしているルチルは「そのかわり、橋の建築を手伝ってください。手伝わないなら、お金を払ってもらいます。金額は1億5千万イェン」と言われ、ルビィの顔は真っ青。手元には1000イェンしかなく、自分が犯してしまった事の重大さを金額で知った。
そして、ルビィは平日、橋の建築を手伝っている。ちなみに習得した魔法、情熱的応援をギルドに書類提出をしたルビィはギルドからもひどく怒られた。むやみに魔法を使うな、危険だからと。魔法を使いたかったら魔法使いになりなさいと言われたが、ルビィは断固拒否した。その後、ルビィはニシシと笑いながら「ボクは必要なときに魔法を使うよ。たとえそれがいけない事でも。だって、まだまだ人を救うには、魔法の力が必要なんだもん。でも、魔法使いには絶対ならない。ボクは薬師なんだから!」とウサヒコに誇るように言った。
ウサヒコは怒ろうとした。だが、その『人を救うには』という言葉にひっかかり、ルビィの髪を切った時のことを思い出した。それはきっと、彼女はこれからもシディアの、ルチルの、親友の為に魔法を使おうと彼女は考えている。ルビィはまだまだ薬師として目立った活躍もしていないし、腕も未熟。だから、理解はした。彼女は何が何でもその身を誰かの為に尽くせるような人物になりたいのだ。しかし、薬師の腕はまだまだ。だから、今は魔法に頼るしかない。魔法に頼ることは内心嫌なのだろう。でも、誰かの為に、大切な人の為に使うという気持ちが勝って、彼女は躊躇なく思い切り魔法を使う。それがたとえ国が定めた法を逆らっていても。それはこの世界の掟を破っているが、少女の真っ直ぐで清い想いは大事にして欲しい。ウサヒコは「早く薬師の腕を上げろ。魔法を使っている所を誰にも見られるな」と言うしかなかった。
――ルチルはシディアの肩を思い切り揺らしていた。真っ赤な顔で。
「ああっ! シディアさん! わたくしはおにいちゃんの事が大好きなんです! この気持ちは一体どうしたらいいんでしょうか!?」
「えっと……や、やっぱり、こ、告白、かな……?」
シディアは『告白』と言ったあと、顔を真っ赤にした。
「こ、告白……?」
ルチルはシディアから手を離し、悶えながら頭を悩ませる。
「そそそ、そんな……告白なんて……」
「大丈夫っ! ルチルちゃんならウサピィさんのハートを射止めることできるよ!」
シディアは根拠のないことを言う。キリッとした表情で。そこに。
「――む、無理だよ、無理無理! ルチルには絶対に無理だね!」
ルビィは手を組んでぷいっとしながら、ルチルとシディアの話に入る。おもわずルビィはふたりの方に身体を向けていた。
「そうですわ……あんな素敵な方……わたくしには高嶺の花……どうしたら……」
ユーディはルビィに動かないようにと命令した。しかし、今は動いている。彼女は魔法が解けかけている事に気がつき、微笑んだ。そして。
「――ルビィ・スカーレット。この本、片づけてくれない?」
本をひらひらと見せながら、ルビィを確かめるように命令する。ルビィの足は勝手にユーディの元へ動きだした。
「あわわ……。もう! 他に魔法を解く方法はないの!?」
「……ないわねぇ。恋をしないと、絶対に解けないわ」
ルビィはユーディの手から本を受け取り、本棚へ。
「――濁髪の魔法使い、ルチル・ゾンネンゲルブにかけた精神魔法は見た所、時間制限のようだけど効果盟約は?」
「えっと、二時間経つか、眠ることです!」
「うわぁ……二時間か眠りとか。ホント甘ちゃんねえ……まあいいわ。ルチル・ゾンネンゲルブ。告白しても大丈夫よ。魔法のせいにしてしまえば、告白に失敗しても言い訳にできるじゃない。だから好きなら、思い切って告白しなさいよ」
ルビィはプンスカピーと顔を真っ赤にさせながら、ほっぺを膨らませる。
「ダメぇ! とにかく絶対にダメ! ダメなの!」
「……?」
シディアはルビィがなぜ怒っているのかわからなかった。ユーディはにやにやしながらルチルに近づき、手をひっぱる。
「ゆ、ユーディさん……?」
「大丈夫よ。さあさあ、告白しに行こっか! ルビィ・スカーレットはそこから絶対に動いたらダメよ? さあ、濁髪の魔法使いも一緒に行きましょ?」
「えっ、えっ?」
何がなんだかわからないシディアと顔を真っ赤にさせるルチルを連れて、ユーディはルビィを置いて部屋の外に出た。
「――あっ」
ルビィは動けずひとり残され、むずむず。うずうず。
「なんだよ……。ルチルがウサピィに告白して、付き合えるわけないじゃないか! えっと、ほら。ルチルはボクと違って、スタイルがいいし、しっかりしてるし。お金持ちだし……。上位魔法使いですごいし……………あれ? ルチルって……すごい人なのかも……も、もしルチルとウサピィが付き合ったら……」
ルビィの脳裏にルチルとウサヒコが幸せそうにしている姿が浮かぶ。えくぼを作り、手を振るルチルに、それを応えるウサヒコ。ふたりは誰もいないプリウス海岸で名前を呼び合い、スローモーションで追いかけっこをしていた。キラキラと輝くふたりだけの世界。そして、「ルチル……」「おにいちゃん……」ふたりは夕焼けの海岸で見つめ合い、手を握り……。
「――やだ、やだよ! そんなの絶対にいやだ! 」
頭をぶんぶんと振って、脳裏に映ったふたりを無理やりかき消した。
「ああもう! 絶対に認めないもん! 絶対に止める! 阻止してやるっ!」
――ルビィの胸から桃色の魔力が飛び散って、不協和音が鳴り響いた。
「あ、あれ? 動けるようになった……? でもなんで? いやいや、恋なんてしてないもん……いや、でもまさか……?」
ルビィは顔を真っ赤にする。海岸でウサヒコと一緒に追いかけっこをする妄想を、頭をブンブンと振ってかき消してから。
「――そうだ、これは気合だ!」
気合で魔法を解いたことにした。




