乱、カナブンは虚空に消えた。6 ①
第11毛「乱、カナブンは虚空に消えた。6」
「――ふん、ふたりとも同時に相手をしてあげるわ。かかってきなさい」
ユーディの瞬動。ルビィとシディアを中距離から同時に対処しやすい位置をすばやく見極める。
ルビィ、彼女は炎を拳に纏わせながらシディアに駆けた。
シディアはルビィの駆ける速さに目が追いつかない、というよりルビィが自分に攻撃してくると微塵に思ってはいない。そして勇敢な顔でユーディに初級火魔法、火の粉を唱えた。アイアンロッドを振りかざし、杖の先から飛び散る火の粉魔法。ユーディには届かず、フケのような4粒ほど出てきた火の粉は風に飛ばされる。
シディアの魔法を見て、なぜその魔力で私に立ち向かうのだ。と思うユーディ。
駆けるルビィの炎の拳はシディアの顔面を狙う。ユーディははっとし、ふたたび瞬動。炎の拳からロッドを縦に構えて、シディアを守る。
ふたたび響き渡る協和音。シディアは初級土魔法、砂の粒を放つ。ロッドから放たれた一粒の砂はユーディの目に入った。
「――ぐっ」
右目に砂粒が入り、視界を一瞬奪われたユーディ。
「ボクの邪魔をするなああああ!」
ルビィの怒りの咆哮からの後ろ回し蹴りは、偶然にも視界の奪われた右半分から飛んできた。不協和音が響き渡る。煌びやかな桃色の髪は乱れ、汗が散り、痛苦の表情。身体は左方向へ吹き飛んだ。
ルビィの赤髪は光り輝き、吹き飛んだ先へ瞬動。ルビィのニ撃目。彼女を思い切り蹴り上げ、上空へ送る。
「ルビィちゃん! ピンクの人は私の相手だよっ! 手出しは無用だよ!」
「うるさぁい! 濁髪がボクに話しかけるな!」
シディアはルビィを歯牙にもかけない。そして、ユーディとの力の差を考えず立ち向かう。彼女は上空のユーディに向けて初級雷魔法、叔父の怒りを放った。シディアのくせ毛が静電気でふわりと浮いた。
ルビィは火球を大きくふりかぶって投げつけた。ユーディを包み込む炎。それは太陽のように辺りを照らす。
シディアの猛攻は止まらない。初級風魔法、疲れた人のため息を放つ。そよ風がピンとはねた髪を優しく動かした。
ルビィの猛攻は止まらない。上空のユーディに向かって飛び上がる。ユーディは桜色の魔力で包む炎を気合と共に吹き飛ばした。ルビィは腹に情熱的応援を撃ちこんだ。みたび、響き渡る協和音。輝きはじめた桃色の詠唱サークル。ユーディの腹を貫けず熱線は火花に変わる。ロッドを突くユーディ。頬をかすらせ血が舞った。ルビィはサマーソルトを繰り出す。ロッドを横に受け止めるユーディ。上空で近接格闘戦が始まる。それは互角。連続する魔力の協和音が紡ぐ旋律、共鳴衝撃和音は空気を激しく振動させた。その振動はふたりの唇を歪ませる。今のふたりはまるで歓欣鼓舞。音楽に身をまかせ流れるように踊り上がり、喜んでいるように見える。
シディアの額から汗が一筋流れた。もう魔力が少なくなってきた。相手は強い。しかも魔法が届かない。このまま長期戦になれば、ルビィちゃんを助けることが出来ない。シディアは不得意な近接戦闘に切り替えて迎え撃つと心に決め、ロッドを構えた。だが、ユーディは上空だ。降りてくるまで構えて待つことにした。
ユーディの額から汗が一筋流れた。もう魔力が少なくなってきた。相手は強い。魔力が足りず、ルビィ・スカーレットの魔法を解くことができない。気絶させるしかない。私は、近接格闘は得意ではない。負ければ、長期戦になれば、濁髪の魔法使いが傷ついてしまう。彼女は魔法使いを志しているのだ。それも魔力のない醜い髪にも関わらず、平民のくせに。その心意気は認めてやる。
ルビィ・スカーレットは魔法使いを舐めている。国に尽くしたいと思っている。だが、国のために身を削り続けている高貴な魔法使い、自身の母親であるクンファ・スカーレットを軽蔑した。立派な母親を軽蔑するなど、許せるものではない。地上でこの私と闘うために勇敢な顔で、ちんけなロッドで待ち構えている濁髪の魔法使い……。役に立たず、名を知ってもらえない雑草のような彼女の方がひどく好感を持てる。親がいない苦しみを知らず、生まれながら高貴な血を持つこの小娘。許せるわけがない。私は高貴な彩髪の魔法使い。許してたまるか。
ユーディはルビィの前方回転かかと落としを額で受け止めた。頭蓋が割れないように最小限の防の魔力。旋律は転調、響く不協和音。血は滴り、額を赤く染めた。ルビィは防の魔力を貫けると思っていなかった。転調し、リズムが変わったことに即座に対処できない。ユーディの詠唱サークルは美しく輝き、ふたりの暖色の髪は桜色の魔力の疾風が激しく散らす。
ユーディは魔力を即座に練り上げ、ルビィの腹に掌底。桜色の魔力に包まれ、勢いよく落下するルビィは、屋敷の扉に正面から叩きつけられた。侵入者を拒む魔力扉はルビィを受け止めるがユーディの魔力に耐え切れず、不協和音と共に壊れた。ユーディの想いは、唇を、口を、喉を動かした。
「下属魔力音の転調に対処できない小娘。私の顔を見て、もう一度言ってみろ。『簡単』と」
才を持たないユーディは、才を持つルビィに言った。うさぎが亀に、強者が弱者に、天才が愚鈍を冷やかすような気持ちを無理やり作り、差別主義の彩髪が平民である濁髪を見下げるように言ってやった。
「魔法使いを舐めるな。……――お前のように、優秀な血族になりたい者は沢山いるんだ。いくら悔やんでも、うらやましがっても、血は変わらない、変わらないんだよ。創造神にいくら祈りを捧げても変えてはくれない。これは決まっていること。なれないものは、なれない」
ユーディは、ふらふらと起き上がり肩で呼吸するルビィを見て、自分の強さに酔った。
そして、鼻で笑う。
「――ふふっ。でもね、私は私でよかったって、この世と自分自身に感謝しているのよ?」
ユーディは血の滴る額を拭った。
「だって、この世は気合と努力でなんとでもなるんだから」
――これは彩髪であるにも関わらず、平民の濁髪のように醜いといじめられていた日々に対しての想い。
そして、いじめられっ子の彼女は国に認められて、絶対にいじめられないためにと低い魔力を何年もかけて、必死に磨いて上位魔法使いの地位を築き上げた、私の生き様は間違ってはいないと証明するためのふたつの想いが紡ぎだした言葉だった。
ふたつの想いが混じり合い、彼女の桃色の髪は強く光り輝いた。
立ち上がり、ルビィに向かって滑空するユーディ。強くなった自分へ贈ったドラゴンロッドに魔力を纏わせ、ルビィの深紅の瞳を貫こうとする。
――瞬間。
「魔法防御璧!」
シディアがルビィにシールドを張った。それはコンタクトレンズのような、ドラゴンロッドの柄の先っぽ程のとても小さいシールド。だが、瞳を守るには充分なものだった。
――不協和音。すぐにシールドは割れた。ロッドは勢いを失ったが、ルビィの瞳をそのまま突き刺そうとした。しかしシディアは勇敢な顔をして、ルビィを突き飛ばした。
シディアとユーディは目が合う。シディアの顔は勇敢なまま。ユーディは全うな精神を持つ魔法使いを傷つけてしまうと怯え、目を瞑ってしまった。ロッドはすでに止めようとした。だが、無情にも止まらない。手もとから伝わる嫌な感触に、嫌な音。彼女は気に食わない相手ではない。だからこそ、嫌な音、と感じてしまう。ユーディはおそるおそる目を開ける。シディアの肩に突き刺さり、ロッドから伝う血が見えた。
「ルビィちゃんは、ルビィちゃんは私が絶対に守るんだからっ……!」
ロッドを力なく引き、立ちすくむユーディ。シディアの姿と言葉にユーディの心が震えた。なぜそこまで私につっかかるのだ。魔力はゼロに等しい。なのに、怯えず私につっかかってくる。
「――ルビィちゃんを元に戻してよ……!」
シディアは初級水魔法を唱えた。水滴がユーディの目尻にかかった。それは一本の川となり地面に落ちる。ユーディは涙を流しているように見えた。
ユーディは水を拭わず、シディアに言った。
「――私を倒しても、ルビィ・スカーレットは元には戻らない」
シディアはその言葉を聞き、はっとする。
ルビィはうつむき呟いた。
「……ボクは、ボク達は、からっぽなんだ。辛いよ、ルチル。ねえ、どこいるの?」
ルビィは屋敷の中に入り、とぼとぼと正面の階段を目指した。
「――ルビィちゃん!」
シディアはルビィの後を追い、肩に触れる。
「濁髪のくせに、ボクに触れるなあ!」
シディアはルビィに突き飛ばされ、尻もちをつく。ルビィは正面の階段を上り、ルチルの部屋を目指した。
「……ルビィ・スカーレットとルチル・ゾンネンゲルブは、あなたをいじめていたの?」
「…………」
シディアは何も言わず、うつむいた。
「――どんな理由があって、仲良くなったか知らないけど。魔法を解くには気絶させるしかないわ。じゃあ、がんばってね」
辺りを見回し、巨大なシャンデリアに目を向けたユーディ。
「……しかし、ゾンネンゲルブ家はホント金持ちね。まあいいわ。ルチル・ゾンネンゲルブはここにいるんでしょう。案内してくれない?」
シディアは涙を我慢して、ルビィの後を追った。
「――ちょっ、濁髪の魔法使い!?」
シディアの後についてゆくユーディ。
だだっ広く、薄暗い廊下。ルビィは前方。シディアは自分が必ずルビィを元に戻すと心に決めた。
「――ったく。なんなのよ、急に走り出して」
「――ルビィちゃん、ありがとう。浮かんだよ、高位詠唱魔法! 私が必ず元に戻すからね……!」
「は……?」
シディアは目を瞑り、暗黒の詠唱サークルを頭上に形成した。
「――っ」
ユーディはメインストリートの時を思い出す。人ごみにまみれて、背の低いシディアの詠唱サークルは確認できなかった。そして息を飲む。濁髪の詠唱サークルの異質な色に。それは漆黒の闇の色。しかし、七色のプリズムで黒のサークルは綺麗に輝いていた。
サークルから細かくも温かく感じる小さな光の粒、星屑が現れた。薄暗い廊下で星屑たちは宙に舞い、輝く。
正面のステンドグラス調の窓から雨音を弾く音が聞こえはじめ、雷鳴が轟いた。
突然の豪雨。見た事のない詠唱サークルを輝かせるシディアの姿にユーディは唾を飲んだ。
宙を舞った、粉のような星屑は電の気に変化し、粉と粉、点と点を繋ぐように電の折線を作りだす。
「――我が心に眠る類まれなる希望の星光」
「人に傷つき、人に癒され、涙を流して、ようやく築いたその絆」
「過去の悲壮を断ち切る、剣とならん……」
「――短縮詠唱! 友情の星剣ッ!」
――バカな。濁髪が高位魔法を使うなんて……。ユーディはシディアの手元が光り輝き、雷属性の武器を具現化する様を見て、驚いた。
シディアは微笑んだ。その顔は青空のように清々しく、勇ましい。そのまま得物を片手で振り、ルビィに対して構えを取る。
「……いや、間違いない。バカね」
シディアががんばって具現化した魔法武器。
とても短くて使えるような代物ではなかった。それを例えるならば、光のつまようじだ。
「――それで、ルビィ・ルカ―レットを気絶させるの?」
「はいっ! でも、もうだめです。魔力がなくなりました。それに貧血で……」
シディアは満点の笑顔のまま倒れた。
「……本当にバカ。なんなのよこの子、怪我をしているのに」
前方のルビィも力尽き、倒れた。
「……あっ、気絶した?」
ユーディはルビィを確認しに近寄る。心地よさそうな寝顔。魔法が解けたとホッとするユーディ。ただなんとなく、ひとりで寂しそうに思えたのでシディアの近くで寝かせてあげることにした。でも、腹が立つからシディアにだけ、初級簡易治癒魔法を使い、傷を癒してあげた。
ユーディは後方の強大な魔力に気がつく。
「――さて。本命のお出ましね」
ユーディはふたりの親友である、ルチル・ゾンネルゲルブに身構える。
ルチルはふたりの倒れた姿を見て、静かに激怒する。凛とした瞳で敵とみなしたユーディを見つめた。
桃色の髪をなびかせ、唇を歪ませるユーディは桜色のオーラを纏う。真っ直ぐで、凛とした金色の瞳に心をイラつかせながら。
「…………」
金色の髪をなびかせ無機質に電の気を纏わせる。空気を揺らす、真珠の色に覚醒した魔力。ユーディはルチルだけを見つめた。
「――ルチル・ゾンネンゲルプ。……ちょうどいい。ルビィ・スカーレットと、濁髪のついでよ。次は貴方を痛めつけてあげる」
ユーディは親友思いのルチルを怒らせる。ただ思い切りルチルを痛めつけたい。群衆の前で恥をかかされた、その恥を拭うために。エゴだなんてわかっている、当たり前だ。だが、プライドを守れと私の身体も心も止まらない。これは止まってはならない、止まらせてはならないのだ。これが、私が私である一番の正義。一番好きな自分の姿なのだから。
――気持ちが良い。ふたりに出会えてよかった。なぜか心が青空のようにすっきりした。任なんてもう、どうでもいい。ルビィ・スカーレットの事だ。どうせ提出を忘れただけだろう? ただ何かに激情して橋を壊してしまっただけだろう? 今の私はただ目の前の腹立たしい女を思い切り痛めつけてやりたい。私は私らしく思い切りやるだけだ。かかってこいよ。お前の本気を見せてくれよ。
「何? お友達がやられて悔しいの? おあいにくさま。ルビィ・スカーレットは罪人よ。危険な魔法を生み出したにもかかわらず、魔法ギルドに報告しなかった。私が直接、登録書類を渡したのに嫌がり、暴れた。これは立派な公務執行妨害。私に刃向った汚い濁髪もね」
ユーディはルチルの言葉を耳に残さず無視をしてロッドを構えた。
対峙するふたり。
ウサヒコの突然の励ましの叫び。それがやけに耳に残り、ユーディは唇を歪ませた。なんだ、あの濁髪も、そこで転がっている濁髪の魔法使いと同じ。人の良さそうなやつじゃないか。しかし、人の心配をして甘いやつだ。バカなやつだ。くだらないやつだ。他人よりも、自分を大事にしろ。人は牙を剥くものなのだから、大事にするなんてありえない。なあ、そうだろう? そうだよな? そうに決まっている、そうなんだよ。だから私は誰にも苛められないために自分を強いと信じて、貫いて、高貴な魔法使いになったんだ。
――さあかかってきな、糞女。




