第四幕 冬/雪原
トンネルを抜けるとそこは雪原でした。夜空には数多の星々に混ざって、二つの月が輝いていたのです。
女の子は月光でダイヤモンドのように輝く雪原に足跡を付けて進んでいきます。途中振り返って壁を見るも、その巨大さのため、その向こう側にあるはずの密林の姿はうかがう事は出来ませんでした。
女の子は意を決したかのように雪原を進んでいきます。雪原に足をとらわれ苦戦しながらも、額に浮き出た汗を拭いながら歩き続けるのです。
女の子が長い足跡を付ける頃、それは現れました。巨大生物の死骸です。しかもそれは何者かに全身の血を吸われたかのようにミイラ化しているのです。
女の子はぞっとしながらも、ミイラに近づいていき、それを観察します。
巨大生物のミイラ、それは二階建ての家ほどの大きさで、屋根に雪が積もるかのように、ミイラにも雪が積もっています。ネズミのような体型と長い尻尾に、魚のような水かきのついた両手足を持ち、その顔にはくちばしのように突き出した口と鼻の穴だけがあり、目らしきものは見当たりません。体表にあったはずの毛はほとんど抜け落ち、今は点々とわずかに残っている程度です。
女の子は手を組んで目をつむり、祈るような仕草を見せました。祈りを終えたのち、また歩き出すのです。
しばらく歩いていると、今度はかまくららしき奇妙な物体と出会います。かまくらは円柱型をしており、その大きさは人が四、五人に入れるほどでした。そしてその入り口から淡い緑の光が漏れているのです。
女の子はかまくらの入り口から中を覗き込みます。かまくらの中は洞窟のようで、急な坂道になっており、どうやら地下へと続いているようです。洞窟の中の地面や壁や天井には蛍のように緑色に光るエメラルドのような鉱物がたくさん混じっており、それが洞窟の中を淡い光で照らしているのです。
幻想的な光に包まれながら女の子は洞窟の中を下り始めました。転ばぬよう慎重に進んでいると、だんだんとその傾斜が緩くなってきます。やがて平坦な道のりになりました。
平坦な道を進んでいると、壁に妙な模様らしき物を見つけました。それはアメジストのように紫色に光る拳大の鉱物の集まりで、しかもなんらかの言語のように規則正しく並んでおり、明らかに人口的な物であるとわかります。
L字に配された物や、コ型の中に丸が付いたもの、四角やV字もあります。これらの文字が点々と壁画のように洞窟の奥へと続いているのです。
女の子はその文字を追うようにして洞窟の奥へと進んでいきます。壁に刻まれた言葉は読めませんでしたが、女の子はその文字を見るたび空想に思いを馳せ、顔を輝かせるのです。
やがて開けた大きな場所に出ました。そこには大量の石盤のモニュメントが墓場のように並び、そのモニュメントにも壁画と同じ言葉が綴られています。刻まれている言葉はひとつひとつ違っていました。
女の子はその光景に圧倒されながら歩を進めていると、一体の白い銅像に出会いました。その銅像は人の姿をした男性のようで、服装は腰布だけで上半身は裸でした。まるで人間のようでしたが、その背中からは翼が生えていたのです。
女の子は近くまで歩み寄り、まじまじとその銅像を見つめます。
銅像の顔は大人の男性のようで彫りが深くて凛々しく、その鋭い目付きはまるで墓場を守る守り人のようです。その筋骨隆々とした肉体は力強く、右手で上を指差していました。
女の子は銅像が指し示す天井を見上げました。するとそこには天井はなく、円柱状にぽっかりとくりぬかれた吹き抜けで、その先には二つの月が夜空に輝く星々と一緒に、こちらを見下ろしていたのです。
吹き抜け部分の壁には、コハクのように金色に輝く鉱物で描かれた、翼の生えた人々の姿がありました。たくさんの人々が翼を羽ばたかせ、空へと向かって飛んでいく姿は圧巻で、天使達が神の住む天界に帰る姿を彷彿とさせるのです。
女の子が感じ入った様子で見上げていると、月を横切る黒い影を見つけます。その影はどんどんと大きくなっていくのです。
気になった女の子は目を細めて観察します。
その影はどうやらこちらに向かって近づいているようで、その姿が明瞭になるにつれて、翼を羽ばたいているのが確認出来ました。
女の子は銅像を一瞥すると、羽ばたく何者かの姿を捉えようと必死に凝視します。
羽ばたきながら洞窟へとゆっくり下降してくるそれは、大きな羽を持つ巨大な鳥でした。その鳥は全身真っ白で、桃のような色をしたクチバシにはたくさんの大きな花がくわえられていました。
鳥は女の子の前に降り立つと、その姿をじっと見つめています。
女の子は自分よりも二回り以上大きな鳥に見つめられ、思わず微笑みました。そしてオカリナを取り出すと音を奏でるのです。
鳥は首を傾げると、興味がないといった様子でその場を立ち去り、洞窟の奥へと歩いていきます。
女の子はむすっとした表情でそのあとを追いました。けれどその鳥が歩くたびに首を前後させるので、その動きが面白くて笑ってしまいます。女の子はその鳥のマネをしながら一緒に奥へと進んでいきました。
洞窟の突き当たりにたどり着きました。そこには中が空洞の球体を半分に切ったかのような鳥の巣があったのです。鳥の巣は植物の茎を器用に編んで作られた物で、その中は花の花弁で埋め尽くされていました。
鳥はくわえていた花々を地面に下ろすと、クチバシと足をうまく使って花びらを取り、それを巣の中へとせっせと運び込むのです。
女の子は感心した様子でその作業を見守っていました。
鳥は花びらをむしり終えると、残った茎を使って巣を補強していきます。それを終えると巣の中に入り毛繕いを始めました。
女の子は鳥をねぎらうべく、オカリナを吹き始めました。
鳥はその音色に対して、ピーピーと甲高い非難の泣き声を上げてかき消します。
女の子はしょんぼりした様子でオカリナをしまうと、つま先立ちでポーズを決めました。そして踊りだすのです。
しかし鳥は女の子の踊りを尻目に毛繕いを続けていました。
無視されようが女の子は踊りを踊り続けます。
鳥は迷惑だと言いたげに泣き声を上げると、女の子をクチバシでつまみ上げるのです。
突然の出来事に女の子はパニックになります。手足を懸命にばたつかせますが、あまりの大きさの違いに、無駄なあがきに終わりました。
鳥はつまみ上げた女の子を巣の中へ落とすと、再び毛繕いを始めました。
巣の中へ放り投げられた女の子はきょとんとしながら、鳥を見上げています。あたりには花弁が敷き詰められ、甘いニオイが漂っていました。
毛繕いを終えた鳥が体を前後に揺すって巣を揺り動かします。それはまるでロッキングチェアのような動きでした。
これには女の子も大喜び。花びらを舞い散らせながら巣の中を転げ回るのです。
鳥はひとしきり女の子をあやしたあと、羽を広げて女の子を自分の懐へと引き寄せました。そしてゆっくりと羽をあおぎ、そよ風を送るのでした。
はしゃいでほてった体の女の子にとって、その風はとても心地よく気分のいい物でした。女の子は花弁の香りに包まれながら、淡い緑色に光る洞窟を見つめ、鳥が揺り動かす巣の中で眠りに誘われるのです。
女の子は重たくなったまぶたを閉じました。
それを見た鳥は、自分の羽で女の子をやさしく撫でてあげます。そして小さな鳴き声で子守唄を歌うのです。
女の子は赤ん坊のような安らかな笑みを浮かべながら寝息を立て、深い眠りに落ちていくのでした。