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第三幕 秋/密林

 女の子が目を覚ますと、空は夕日で真っ赤に染められていました。


 女の子はあくびをしながら上半身を起こすと、目をこすりながらあたりを見回します。目の前には密林が広がっており、どうやら眠っている間に向こう岸に乗り上げてしまったようです。一緒にいた巨大昆虫の姿はありませんでした。


 女の子は立ち上がり伸びをすると、葉っぱから下りて地面に足をつけました。


 目の前に広がる巨大な密林は、夕日によってまるで燃えているかのように真っ赤になっています。そのため女の子は、まるで山火事の現場に迷い込んだ小動物のような気分に陥ります。


 女の子はゆっくりと歩き出し、密林へと足を踏み入れました。そしてすぐにその異常な光景に気がつきます。よく見ると密林の木々の葉っぱは、夕日で赤く照らされているのではなく、本当に赤く染まっているのです。


 驚き顔の女の子は、自分の背丈の半分もある枯れ葉を拾い上げ、その感触を確かめます。枯れ葉はみずみずしく、曲げてもボロボロになる様子はありません。


 女の子は不思議に思いつつ葉っぱを捨てると、どんどんと密林の中へ進んでいきます。小さな女の子にとってその道のりは険しく、起伏の激しい山道のような困難さです。


 しばらく進んだところで、不意に石のモニュメントらしき物体に遭遇します。それは女の子の五倍近い大きさの長方形の物体で、真ん中がアーチ状にくりぬかれており、まるで門のようでした。


 女の子は近づき仔細にその物体を観察します。物体の表面には何かしらの装飾の痕跡がありましたが、おそらく途方もなく長い間放置されていたらしく、雨風で表面は削り取られ、苔が生えてしまっているので、それがいったい何を表現していたのかわかりません。


 女の子は門を見上げながらゆっくりとそれをくぐり抜けると、前に視線を向けます。すると同じような門が、いくつも道しるべのようにして点々と続いていたのです。


 女の子は驚き入った様子でそれを見つめると、歩き出しました。そして次々と門をくぐっていくのです。


 導かれるようにして女の子は密林を進んでいきます。途中、巨大な木の根に飲み込まれてしまった門もありましたが、門の道しるべが絶える事はなく、あたりを見回せばすぐに次の門が見つかりました。


 こうして女の子は門の誘いに応じて、密林の奥へと進んでいきました。


 そしてあたりが薄暗くなる頃、女の子は最後の門をくぐり抜け、巨大建築物に出会うのでした。それは巨大な木々の三分の一ほどの高さを持つピラミッドでした。その大きさは女の子にとっては途方もない大きさです。


 女の子は唖然とピラミッドを見上げました。


 ピラミッドの表面はコケに覆われているものの、その異様な姿から明らかに人工物だとわかります。そのうえ、ピラミッドのまわりにはいっさいの木々が生えてません。しかもコンパスで描いたかのように、ピラミッドを五個並べた横幅分だけに木々が生えていないのです。そこから先は、木々が円を描くようにしてピラミッドを見下ろしていました。


 女の子は畏敬の念を持って歩を進めます。コケの生えた地面の感触は硬く、まるで硬質の石材か何かを使っているかのようでした。そのため女の子の足音はコツコツと響くのです。


 ビラミッドが女の子の眼前に迫り、女の子は足を止めてそれを観察しますが、あたりが薄暗くなってしまったため、その詳細な姿がよく見えませんでした。


 女の子が懸命に目を細めていると、急に頭上から光が射し、あたりを照らすのでした。


 驚いた女の子が顔を上げると、そこには川で出会った光るチョウチョと同じ種類と思われる、巨大昆虫が羽ばたいていたのです。


 女の子がうれしそうに巨大昆虫を見つめると、それが川で出会ったそれと同じなのか確かめるべく、その場で回転し始めました。


 するとどうでしょう、女の子の回転にあわせて巨大昆虫もまたたくのです。


 女の子はにっこりと笑い手を振りました。そしてその明かりをもとにピラミッドを観察し始めるのです。


 ピラミッドの表面はコケに覆われており、たどってきた門と同じく装飾はされていますが、それが何なの判別がつきません。


 女の子はピラミッドの外周にそって歩き出します。そのあとを追うかのように、巨大昆虫もついてきました。


 半周したところでピラミッドの外壁部分が、階段状になっている場所を発見するのです。


 女の子が階段をのぼり始めました。巨大昆虫の明かりを頼りに、しっかりと足下を確認しながら一段一段のぼっていくのです。


 そしてようやくピラミッドの頂上にたどり着きました。ピラミッドの頂上は四角錐の先端部分を水平に切ったかのように平で広く、そこには神殿らしき建物がありました。その神殿には壁はなく、あるのはたくさんの柱だけで、それが寄せ棟型の屋根を支えているのです。


 女の子は柱の間をすり抜け神殿の中へと入っていきます。あとに続いて巨大昆虫も神殿の中に入り、その中を飛び回りました。


 女の子は神殿の中央へと足を運びます。そこには石造りの棺が置かれていました。その棺には植物をかたどったような装飾がされていましたが、そこに彩色されていたであろう塗料ははげ落ちわずかに残っているだけで、その麗しいもとの姿を見る事はできません。


 女の子は棺に手を触れるとそっと撫でます。そして両手を添えると棺のふたを押すのです。しかしびくともしません。女の子はもう一度力強く押すも、無駄な努力に終わりました。


 女の子はあきらめのため息をつくと天井を見上げます。するとなんと言う事でしょう。そこには壁画があったのです。


 女の子はお宝を見つけたかのように目を輝かせ、それを見つめます。


 天井の内側に書かれ、雨風をしのいだのが功を奏したのか、その壁画の塗料はわずかに色あせているだけで、その姿を保っていたのです。


 天井に描かれていたのは数々の天体の図でした。真っ赤な太陽を賛美するかの如く、そのまわりには植物のツタらしき物が描かれ、金色の花を咲かせているのです。すべての生命に命の光を与える太陽を崇拝していた証でした。


 太陽の壁画の反対側には、二つの月が描かれていました。青白く光る二つの月の大きさは同じで、そのまわりには太陽と同じようにツタが這い、青と赤の花を咲かせているのです。


 その他にも月の満ち欠けの様子や、星々の位置関係を示した壁画などがありました。まるで古代のプラネタリウムのようです。


 女の子がプラネタリウムを見上げていると、光源であるはずの巨大昆虫が神殿から外へと飛び出してしまいました。


 女の子はあわてて後を追いました。


 驚くべき事に、巨大昆虫はピラミッドのへりの数歩先の何もない空中で動きを止めて静止し、羽を休ませていたのです。


 女の子は我が目を疑いました。いぶかしげな顔つきで近寄ってみると、その奇妙な現象の理由がわかったのです。


 巨大昆虫は空中で静止していたのではなく、そこにある物体にとまっていたのです。それは黒いロープのような物で、暗くなってきたためよく目を凝らさないと見逃してしまいます。


 女の子はそのロープに触れてみると、硬い鋼鉄を思わせるような感触でした。あたりをよく見てみると、すぐ近くにもうひとつのロープを発見します。その間隔はちょうど女の子が両手を広げたくらいでした。


 女の子ははっとした表情になると、顔を下に向け目を凝らします。そして二つのロープをしっかりと握りながら、おそるおそる虚空へと足を踏み出したのです。


 するとどうでしょう、女の子は一歩また一歩と空を歩き出したのです。どうやらこれは吊り橋のようです。


 女の子は巨大昆虫とともに吊り橋を渡っていきました。吊り橋はピラミッドから密林の奥へと伸びていました。


 最初は慎重に進んでいた女の子でしたが、思いのほか吊り橋がゆれないため、だんだんと歩くスピードが速くなり、やがて手を離して普通に歩くようになっていました。


 吊り橋が木にぶち当たると、吊り橋は木の外周に沿うようにして迂回し、そしてまた空中へと伸びていきます。


 しばらく進みまた障害物にぶち当たりました。しかし今度は木ではなく巨大な灰色の壁です。その大きさは凄まじく、この密林の木々よりも高く、そしてその横幅は果てしなく続いているのです。まるでこの密林を分断するかのようでした。


 女の子はあんぐりと口をあけ、その異様な壁を見つめます。その表面には真っ平らで何の装飾もなく、コケすら生えていませんでした。


 女の子は驚きつつも、壁にそって走る吊り橋を進み始めました。するとどうでしょう、どうやら吊り橋は下っていっているようです。


 女の子の目線がどんどんと低くなり、地表へと近づいてきます。そしてとうとう女の子は吊り橋を下り、地面に足をつけたのです。


 女の子はあたりの様子をうかがいます。ピラミッドの時と同様、周囲には木々が生えておらず、地面には硬い感触を覚えます。


 女の子は壁に向き直り、それを見つめます。すると壁の一部にまっくろい部分を発見するのでした。


 女の子が近寄ってみると、その正体がわかりました。それはトンネルでした。トンネルは奥深く、遠い先にぼんやりとした光が見えました。


 女の子は不安げな表情で巨大昆虫を見上げました。なぜならば、そのトンネルは女の子一人がやっと通れる大きさだったのです。おそらく巨大昆虫が通るのは無理でしょう。


 女の子の不安を察知したのか、巨大昆虫が女の子の側に降り立ちました。


 女の子はしゅんとした表情でうつむきます。


 巨大昆虫の触覚がぽんっと女の子の頭の上に置かれました。


 女の子が今にも泣き出しそうな顔を上げます。


 巨大昆虫の羽がまたたきました。そして羽を羽ばたかせると、女の子に早くいけと言わんばかりに、強風を吹き付けるのです

 女の子は風に煽られ、思わず手で顔を隠します。指の隙間から見える巨大昆虫の姿に、思わず胸を打たれてしまうのです。


 女の子は浮かんできた涙を拭うと笑顔を繕い、巨大昆虫に向かって手を振りトンネルの中へと足を踏み入れたのです。


 女の子はトンネルを進み始めました。すこし進んだところで振り返ると、巨大昆虫が入り口からこちらをじっと見つめていました。


 胸がうずきましたが女の子は前に向き直り、トンネルを進みます。そしてしばらく進んだところで再び振り向くと、そこには巨大昆虫の姿はありませんでした。


 こうして女の子はさびしげな表情でトンネルを進んでいくのでした。

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