第二幕 夏/水辺
巨大生物を追ってやってきた先は、大きな川でした。
巨大生物は水辺にたどり着くと、そのまま川の中に潜って行きます。そしてあっと言う間にその姿は見えなくなりました。
その様子を残念そうに女の子は見つめていました。
いつのまにか頭上高く輝いている太陽の光が川の水面に反射し、キラキラと光を放ちます。水はとても澄んでいて、あたりをひんやりと冷やすのです。
女の子は額に浮き出た汗を拭うと、手で顔を扇ぎました。
一息ついた女の子はあたりを見回します。自分が立つ砂利の川辺の反対側には、巨大な木々が織りなす密林が広がっており、その姿はさきほどの花の森とは比べ物になりません。鬱蒼とした密林からは鳴き声が聞こえてきます。その鳴き声は昆虫なのか鳥なのか判然とせず、高い音でピーピーと繰り返すのでした。
女の子は下流へと歩きながら散歩を楽しみます。川のせせらぎに耳をすませ、水のしぶきと太陽の熱を感じながら、鼻歌を口ずさむのです。
そうこうしていると、水辺に大きな睡蓮の葉のようなものが流れ着いているのを発見するのです。
女の子は葉っぱに歩み寄ると、それを仔細に観察するのです。葉っぱは円形でしたが、一部がV字に欠けており、まんまるとしたハート形のように見えます。葉っぱのふちはまるで折り曲げたかのように垂直に曲がっていて、その高さは女の子の腰のあたりまでありました。
女の子はにやりと笑うと、葉っぱを川へと押し出し、そしてそれに飛び乗ったのです。
女の子を乗せた葉っぱは水辺を離れ、川の流れに乗りゆっくりとすすんで行きます。
女の子は葉っぱのふちを手すりに見立てて頬杖をつき、ゆったりとした船旅気分を味わうのでした。
女の子は手を伸ばして水面に触れます。水はとても冷たく、ひんやりとして気持ちのいいものでした。水面を覗き込んでみると、深い川底になにやら青白くぼんやりと光っている場所があったのです。
不思議に思い女の子はそれを凝視するも、葉っぱが流れて行き、それがいったい何だったのか確認できませんでした。
気落ちした女の子はため息をつくと、耳飾りとしてつけていた花のおしべを取り、それを落ち込んだ表情で見つめます。そしておしべの綿毛に向かって息を吹きかけ、散らしていくのでした。
綿毛は風に乗って空に舞い上がって行きます。
女の子は綿毛の散ったおしべを川へ落とすと空を見上げ、綿毛が遠くなっていくのを見守っていました。
すると空の向こうから、こちらに向かって飛んでくる何かを発見します。
女の子は立ち上がると眉の上に手を水平に添えて、目を細めるのでした。飛行物体がこちらに近づくにつれ、その姿を明瞭にします。それはチョウチョのような巨大昆虫が羽を羽ばたかせているのです。
女の子は目を爛々と輝かせ、その優美な姿に見とれます。
なぜならその巨大昆虫の羽が、虹色に光っていたからです。それはさながら深海に生息する光る生物のようで、羽全体を淡い光で発光させ、葉脈を思わせるような模様をクリスマスツリーのように点滅させるのです。
見とれる女の子の前に巨大昆虫がやってきました。その大きさは女の子と同じぐらいで、流れる葉っぱに速度を合わせて並走します。
女の子はオカリナを取り出すとそれを吹き始めました。
しかし巨大昆虫は何の反応も見せず、ただ並走するだけです。
音に反応しないと悟った女の子はオカリナをしまうと、葉っぱの中央に立ちおじぎをします。そしてつま先立ちになると、左手をお尻へ、右手を頭上高く伸ばすのでした。
巨大昆虫の羽全体が警戒するかのように赤く光りました。
女の子はそれを見て微笑むと、つま先立ちのまま足を交差させ、両腕を水平にのばします。そして次の瞬間、両腕を大きく振ったかと思うと、右足をくの字に曲げ、左足を軸にその場でくるくると回りだすのです。
女の子の回転にあわせて、巨大昆虫の羽がめまぐるしく色を変えていきます。
女の子は何度か回ったあと、今度はつま先立ちのまま小刻みに足踏みをするかのようにして、移動し始めました。その間、両手は頭上で交差するようにして掲げられていました。
女の子は葉っぱのへりに着くと、片足を大きく上げます。それはもう垂直と言っても過言ではないくらい高く上げたのです。
そして女の子はその場でまたくるくると回り始めました。それを終えると先ほどと同じように両手を掲げてつま先立ちで移動するのです。
女の子は葉っぱの中央に戻るとそこでまた回り始め、そして先ほどとは別の葉っぱのへりに移動して回るという行動を繰り返し始めました。それは葉っぱを円卓の舞台と見立てて踊るバレリーナのようでした。
巨大昆虫の羽が女の子の踊りにあわせて色を変えていきます。女の子が移動している時はゆっくりと明滅し、回り始めると色を激しく変化させるのです。
女の子は移動しては回るという行動を何度か繰り返したあと、今度はつま先立ちでぴょんぴょんと飛び跳ね始めました。ジャンプにあわせて両手も大きく広げます。
何度かジャンプしたあと、片足を水平に持ち上げてその場で回りだしました。
それを見た巨大昆虫は、羽の模様を激しく点滅させます。
女の子は葉っぱのへりにそってジャンプで移動し、回転を繰り返すのです。そのたびに巨大昆虫は虹色の光を輝かせました。
葉っぱを三周したあと、女の子は葉っぱの中央に戻ります。するとその場でつま先立ちで小刻みにジャンプを繰り返すのです。
巨大昆虫の羽が期待するかのように黄色く光りだしました。
女の子は両足つま先立ちのまま回転し始めました。そして回転しながらくるくると縦横無尽に移動するのです。その動きはビリヤードの玉を彷彿とさせる動きでした。
巨大昆虫の羽が黄色から緑色に変わり、そして赤、青、緑の順番で光を繰り返し発するのです。
女の子は葉っぱの中央に戻ってくると、最初の時のようにつま先立ちのまま左手をお尻へ、右手を空へと伸ばします。女の子は空を見上げ、頭上に輝く太陽に向かって手のひらを広げると、太陽を掴むかのごとく力強く握りしめたのです。
女の子は息つくと目をつむり、しばらくそのままの状態で静止します。
巨大昆虫の発光が止まりました。
女の子は握った拳を広げると目を開けます。そして大きく息を吸うと、凛々しい顔つきに変わるのです。
巨大昆虫が再び光りだし始めました。
女の子は今まで見せた動作を組み合わせた複雑な踊りを始めました。舞台を飛び跳ねては回り、片足を大きく上げたかと思うと、つま先立ちで小刻みにステップを刻み、そして回りながらくるくると移動するのです。
巨大昆虫は女の子の踊りにあわせてネオンのごとく光ります。まるで女の子の踊りに魅了され、声援をあげているかのようでした。
しばらく踊ったあと、女の子は舞台の中央に戻りおじぎをしました。そして力つきたかのようにあおむけで大の字に倒れます。顔は汗まみれで激しく息を喘がせていました。
巨大昆虫が女の子の側にとまりました。そしてその羽をゆっくりと動かし、そよ風を女の子に送るのです。
女の子は気持ちのいい風にあおられ、背中の葉っぱ越しに伝わる水の冷たさを感じ、とても心地よい気分になりました。
疲れきった女の子はだんだんとうとうとしていき、やがて目を閉じると深い眠りにつくのでした。