紫さん心配する
綾乃さんは一晩かけて心の中を整理しました。婚約は受け入れます。断れない話ですし、八方丸く収まるからです。お見合いだと思えばいいのです。
拓也さんに関しては、今までと同じ関係でいようと決めました。愛情の押し売りはしたくありません。
綾乃さんは普通にしていたつもりだったのですが、翌朝みんなにいたく心配されました。どうやら夕食の時にかなり上の空だったようです。
拓也さんにも、いきなりで悪かったな、と謝られたくらいです。
その晩、各務のお父さまお母さまと拓也さんから改めてお話があり、綾乃さんは「わかりました」とお答えしたのでした。
週末、拓也さんが泊まりがけで出張だったので、綾乃さんは紫さんのおうちにお泊まりに出かけました。
紫さんの旦那さんの蘇芳さんは拓也さんの親友で経営企画室係長、今回の出張に同行してます。
綾乃さんも友達が少なくない方ですが、カガミの内情がからんでいるので、話をできるのは事情を知っている紫さんだけです。
紫さんは、高校の1年先輩で、よく各務のおうちにも遊びに来てもらっていました。会社でも同じフロアで、各務のこともカガミのこともよくわかっているのです。
ご飯も食べて、お風呂も入り、ワインとおつまみを用意して、さぁガールズトークの始まりです。
「綾乃ちゃん、婚約のことに蘇芳さんから聞いたわ」
「あ、拓也さん話したんですね」
「綾乃ちゃん、いいの?」
「もう、決まった話ですから」
綾乃さんはふっと笑いました。紫さんの眉が下がります。
「大丈夫ですよぉ。今とほとんど変わらないし。会社は辞めることになるけど」
「綾乃ちゃんの気持ちは?専務室に閉じ籠った日、本当はこの話をしたんでしょ?嫌だったんじゃないの?」
「突然だったから、びっくりしちゃったんです。それに嫌じゃないですよ」
綾乃さんはふんわり微笑みます。
「ホントに?」
「はい。紫さんとこみたいにラブラブじゃないけど、友達夫婦になれればなぁって」
「綾乃ちゃん~」
うるうるおめめの紫さんが、綾乃さんに抱きつきました。いつの間にか、ワインが空です。紫さんは、お酒にあまり強くありません。
まずいと思った綾乃さんは、さりげなく紫さんのグラスにウーロン茶を注ぎます。
綾乃ちゃんは幸せにならなきゃダメ!を繰り返す紫さんをなだめる綾乃さん。やがてソファーで眠ってしまった紫さんに布団をかけると、客間のベットに転がりました。
幸せになれるかなぁ。
綾乃さんは、1つ息を吐くと、夢の世界に旅だったのでした。
翌日、昼過ぎに蘇芳さんは帰ってきました。紫さんが、嬉しそうに迎えます。
綾乃さんがいいなぁと眺めていたら、蘇芳さんの後ろから拓也さんが顔を出します。
「あら、拓也さん。いらっしゃい」
「すまないな、休みにこいつ借りて」
「そうだぞ、まだまだ新婚なのに!」
「あらあら、お仕事でしょ」
じゃれ合う拓也さんと蘇芳さんに突っ込む紫さん。綾乃さんもクスクス笑ってしまいました。
出張土産でお茶をしてからお暇しました。拓也さんの車で各務のおうちまで帰ります。
「本当にラブラブだよね、あの2人」
「結婚したらおさまるかと思ったが、ぜんぜんだな」
「ふふ、でもちょっとうらやましいかも」
「あれがか?」
「うん、女子としてはね。自分がするかどうかは別にして」
「そんなもんか」
「そんなもんです」
いまいち納得いかないといった拓也さんの横顔を見ながら、前と同じように話せてることにホッとした綾乃さんなのでした。