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綾乃さんと振り袖の日

 月に一度、各務家のお母さま、かおるさんはカガミ・コーポレーションに向かいます。家のことを取り仕切っている宮田さん(50代女性)も一緒です。


 かおるお母さまは、受付にニッコリすると、そのままエレベーターに向かいます。受付嬢も心得たもので、お辞儀をすると内線で連絡を入れました。


 内線を受けたのは、綾乃さんでした。受話器を置くと、専務室の拓也さんに声をかけます。


「専務、お母さまがいらっしゃいますので…」


「ああ、もうそんな時間か」


 拓也さんが、書類を片手に顔を上げました。


「今日はどこ?」


「お茶です。家元のお点前で…。その後、『たみや』でお夕食を」


 と、有名な料亭の名を出すと、拓也さんはうなずきました。


「わかった、迎えに行く」


 あいかわらず拓也さんはかおるお母さまと綾乃さんの運転手にされているようです。



 フロアの入り口のほうが賑やかです。ひょいと顔だけ出すと、かおるお母さんが、紫さんと話しながらこっちへ来ます。あ、綾乃さんに気がつきました。


「綾乃ちゃん!お待たせ~」


 かおるお母さんは、駆け寄ると、綾乃さんの手を取ります。そのまま手を引かれて、これから会議室です。そこで、お着替えが待っているのです。


「す、すみません。失礼します!」


 営業フロアのみんなが、温かい目で見送っています。紫さんは、口だけで「がんばれ」って言ってくれてました。

 予約してあった会議室に連れ込まれると、宮田さんの出番です。手にしていた風呂敷を解くと、振袖一式が出てきました。昔かおるお母さんが着ていたものですから当然一級品です。

 かおるお母さんが見守る中、宮田さんはすばやく綾乃さんに着付けます。着付けの後は、髪結いです。紫さんは、肩の下まで伸ばしているので、大き目のシニヨンにして、花飾りを刺します。大和なでしこの完成です。


「さあ、行きましょう!」


 ご機嫌のかおるお母さんに連れられて、いざ出陣!な気分の綾乃さんでした。


 かおるお母さんは、月に一度、綾乃さんをこうして振袖姿にして連れ出すのです。行き先は、ご自分のお稽古。お茶、お華、時には社長夫人の集いなんかにも。高校生で各務のおうちにお世話になった頃からなので、ご一緒する方達とも、すっかり仲良しです。社会人になったのを機に、お断りしようと思ったら、社長も専務の拓也さんも、営業のプラスになると、推奨する始末。

 振袖を着て、社内を歩くのも、もはや恒例行事です。


 受付に会釈をして、ビルを出、待っていた車に乗り込みます。人の目なんて慣れましたとも、ええ。綾乃さんはちょっと遠い目をするのでした。


 車が純日本のお屋敷の門に吸い込まれると、サ・日本な庭園と家屋が綾乃さんを待っていました。

 素晴らしいであろうお庭は目にはいらず、お家元のお点前と言う緊張の時間をやり過ごし、その後の歓談ではなにをしゃべったのか綾乃さんは覚えていません。おいとまのご挨拶をして車に乗り込み、門を出たところで脱力しました。


「はあああ~、緊張しました~」


「あら、綾乃ちゃん、堂々としてたわよ」


 かおるお母さんは、コロコロと笑っています。綾乃さんは本当はすぐにでも着物を脱ぎたかったのですが、この後には料亭の美味しいお料理が待っているのです。さっきまで一緒にお点前をいただいていたおばさまたちとの会食です。綾乃さん、大変可愛がられておりまして、おばさま達の若者情報源となっております。


 すっかり馴染みになった女将さんに迎えられて、綾乃さんとかおるお母さんは、お部屋に案内されました。先に着いていたおばさまたちと、とりとめのない話をしているうちに、全員揃ったのでお料理が運び込まれました。


お茶会の後らしく、お懐石です。若い綾乃さんにはちょっと物足りないように思えますが、帯でぎゅうぎゅうにされた今の綾乃さんにはちょうどの量でした。


 水菓子も食べ終わり、あ~、鴨おいしかった!松茸の土瓶蒸しも。などと余韻に浸っていたら、お迎えが登場しました。拓也さんです。

 さりげなくおばさま達にご挨拶をして、綾乃さんとかおるお母さんの荷物を持ちます。


「綾乃、忘れ物ない?」


「ん、大丈夫」


 二人のやり取りに、おばさま達は、ウフフと楽しそうです。きっと二人が帰ったら、若いっていいわね~、なんて話で盛り上がるのでしょう。


 こうして、綾乃さんは拓也さんにエスコートされて帰っていくのでした。

綾乃さん、有給使って午後は半休です。

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