8006E列車 夜
小学校3年生の夏。
「淳兄ちゃん遊んでよ。」
いつもは駿兄ちゃんにたかっているけど、駿兄ちゃんは今日でかけていて、家には来ない。
「はいはい。でも、遊ぶのはちょっと待ってくれよ。俺も見たいのがあるから。」
「見たいのって何。」
「プロジェクト○。この前「きたぐに」のことやったから・・・。お前も見たいだろ。」
「うん。」
「きたぐに」ってなんだろうって思ったけど、僕に振ってくるってことは電車のことなのだろう。もちろん。僕はそれがどんなビデオか知らないのだ。
淳兄ちゃんとビデオを見始めると、火事の描写が出てきた。あっ。事故のことでその救出劇なんだなということがここで分かった。萌もこのビデオは見ていたけど、萌はすぐに目をそらした。こういうこと苦手なのだろう。僕もこういうことは苦手だけど、見る分にはまだいい。体験するのが嫌なだけだ。
「・・・。」
「ピィィィィィィィィ。」
テレビから「きたぐに」の発車を告げる汽笛が流れてくる。その音を聞いた瞬間僕は一気に怖くなった。淳兄ちゃんの右手をつかんで、テレビ画面が見えないようにしがみついた。
(怖いんだな・・・。)
テレビ画面はどんどん切り替わって行くだろう。そして、数分経たない内に激しく燃え上がる火事の描写になった。僕はこの時画面に目をやっていたけど、さっきの汽笛が頭から離れなかった。僕は火事の怖さではなく、汽笛に怖さを植え付けられたのだ。この時淳兄ちゃんは一瞬テレビ画面から目をそらして、萌のいる方向を見た。多分、萌も淳兄ちゃんにしがみついているのだろう・・・。
テレビはそれから35分ぐらいたって終わった。
「はぁ。おい。二人とも。もう終わったんだからいい加減離してくれないか。」
「あっ。うん。」
萌は淳兄ちゃんから離れる。だけど、僕は淳兄ちゃんから離れることができない。あの汽笛は今でも僕の頭の中に響いていた。
「智。智。」
「えっ。何。」
「そろそろ離してくれないかなぁ。」
「あっ。ごめんなさい。」
「よっぽど怖かったんだな。あの汽笛。」
「えっ。うん・・・。」
「ナガシィ。そっちが怖かったの。」
「えっ。だって結果がわかると何かと怖いじゃん。あれ冷たすぎたもん。」
「ごめん、ごめん。見るなんて誘うんじゃなかったな。」
「別に淳兄ちゃんが悪いんじゃないし。」
「・・・今日寝れるか。怖いもの見ちゃったから。」
「寝れるよ・・・。」
とは言ったものの。その夜。
(クッ。なんで・・・。眠れない・・・。)
頭の中はずっとあの汽笛が響いている。それを思い出すたびに鳥肌になって、寝付くことができない。何度も何度も寝よう寝ようとしているのに汽笛がそれを邪魔した。
(あー。どうすればいいわけ。ちっとも眠れないよ・・・。)
するとドアが開いた。
「智。寝れるか。」
その声は淳兄ちゃん。あれ。家に帰ったんじゃなかったっけ。
「淳兄ちゃん。」
「やっぱり心配でな。」
「別にいいのに。来てくれなくても。」
「そうか。もう真夜中だっていうのに・・・。智。お前もうすぐで次の日になっちゃうぞ。明日学校内からよかったな。」
「もうすぐって・・・。今何時。」
「今11時53分。」
(ウソ・・・。)
布団に入ったのは9時だった。もうすぐで3時間もの間寝付くことができなかったことになる。
「どうする。」
「・・・。」
何も言わなかったけど、淳兄ちゃんは近くに来て、そのまま僕が寝るまでついていてくれたのだろう。
次の日。また寝ることができなかった。僕の死闘はこのあと数日続くことになって完全な寝不足となった。
ああ。怖かった・・・。実は私も同じ経験があります。