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野原の小さな魔女  作者: 高菜あやめ
第一部 野原の小さな魔女
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(8)

 雨がますます激しさを増していった。

 坂道を下っていたカリンはふと足を止めると、ふり返ってかたく閉ざされた城門を見上げる。降りつけてくる雨のせいで視界は悪く、前髪からぽたぽたと落ちる雫で視界がぼやけてしまうが、それでも城壁からこぼれる明かりを見つけることができた。

 大きな窓からせり出した、一際目立つバルコニーが、そこが特別にしつらえた部屋だと告げる……おそらく王子の部屋なのだろう。


 カリンが広場に戻ってくると、そこは先ほどまでの喧騒が嘘のように閑散としていた。まだ準備のととのっていない、テントだけ張りめぐらされた露店の屋根からは、先ほどからひっきりなしに雨水が流れ落ちていた。

 ずぶ濡れのカリンは、露店のテントに転がっていたホウキに目をとめた。かけよって拾い上げると、両手でぐっとにぎりしめる……それはなんの変哲もない、掃除用のホウキだったが、魔女のカリンにとっては掃除以上に意味があるものだった。


(これを使えば、バルコニーまでなら飛べるかもしれない)


 カリンはホウキを手にぱしゃぱしゃと石畳の広間を横切ると、城へとつづく坂道をとって引き返した。






 カリンが再び城門の近くまで戻ってくると、先ほどの守衛が相変わらず同じ位置で立っているのが見えた。守衛に気づかれないように、こっそりと城の裏側へと回ることにする。

 大雨のせいでぬかるんだ地面に、カリンは足を取られて何度も転びそうになった。しかし雨音のお陰で、足音に気づかれないだろう。少し離れてしまえば、闇夜と雨にまぎれて姿だって見えないにちがいない。

 城壁のまわりには堀があり、その水かさが増してごうごうと音を立てている。普通の人間ならば、きっと飛び越えることは不可能だろう。だがカリンは、ホウキを使えばなんとか飛び越えられるかもしれない、と思った。


 カリンは必死だったためか、もう恐怖もおぼえなかった。

 できるだけ体を軽くするためマントを脱ぎ捨てると、魔法薬を上着の中にしっかりとしまいこみ、さらにブーツも脱ぎ捨てて、濡れた素足をホウキの柄にからめた。


(……飛んで!)


 無我夢中で飛び上がると、身体はふわりと持ち上がった。かろうじて堀を乗り越えたとたん、よろけるように城壁の元にぱしゃん、と落っこちてしまう。着地を失敗したから、少しだけひざをすりむいてしまったが、寒さと緊張のせいか痛みは感じなかった。


(あとは、この壁を越えて上に行けばいいんだ)


 カリンは目の前にそびえる壁をにらむように見上げ、必死に涙をこらえた。もしかして泣いてたかもしれないが、それも雨ですっかり流されているだろうから気にならなかった。寒さで鳥肌の立つ細い腕をぐっと伸ばすと、ホウキの柄を両手でしっかりとつかみ、濡れた地面を力いっぱい蹴った。


 身体は再び宙にフワリと浮かび上がり、それから力をこめた手に呼応するように、空を切って上空へと引き上げられる。グイッ、グイッと、二、三度はずむように高く飛ぶと、やっとバルコニーのある高さまでたどり着くことができた。


 カリンは手と足でバランスを取りながら、バルコニーの端から窓をのぞきこむ。

 部屋の中央には大きなベッドが置かれ、ぐったりとした様子のイシュが寝ていた。そのそばには数人の看護婦らしき女性たちが、タオルを運んだり水差しをベッドの横に置いたりと、せわしなく動いている様子が見える。

 やがて中にいた看護婦の一人がカリンの姿に気づき、大きな金切り声を上げた。すると中にいた看護婦らは全員目を丸くして、ずぶ濡れでホウキに乗るカリンを見つめた。

 ベッドの中のイシュもカリンに気づくと、サッと驚愕とも恐怖ともつかない表情になった。


(早くホウキから降りないと……みんなびっくりしている)


 カリンはあわててバルコニーの手すりに足をかけたが、雨ですべってバランスを失い、もう少しで落ちそうになった。どうにかバルコニーの内側に降り立つことができると、同時にバンッと大きな音を立てて窓が勢いよく開かれた。


「魔女さん! こんなところまで、いったいどうしたの!?」


 そこには窓に手をかけたイシュが、青ざめた顔でカリンを見つめていた。






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