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野原の小さな魔女  作者: 高菜あやめ
第一部 野原の小さな魔女
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(6)

 その夜、ランプのあかりを手に、カリンは貯蔵庫に眠る数多くの本の中から、一冊の本を引っぱりだした。それは母親が生前よく開いていた、魔法薬の作り方が書いてある本だった。


 ――いいこと、カリン? お薬は痛みを止めるだけじゃ駄目なのよ。


 生前よく母親が口にしていた言葉だ。

 痛みを消すだけでは、病気やけがを治したことにならない。むしろ痛みを消すことで、その患っている部分を忘れてしまう……すると病人は本当に治そうという意欲に欠けてしまう、というのだ。

 カリンは痛み止めの項目ではなく、化膿止めと高熱を下げる項目を丹念に調べた。

 辞書を引きながらなので丸一晩かかってしまったが、なんとか探し当てたページの材料を紙に書き写すと、それを手にまだ朝霧の煙る森へと出かけていった。


 アサザミの花のエキスは花びらを押しつぶして抽出するのだが、その葉や茎までも細かいトゲにびっしり包まれているので、花弁を摘むのは至難のわざだった。何度もトゲで指を傷つけながら、それでもカリンは必死になって、なんとか十分な量の花弁を手に入れることができた。

 それからもっとイヤなのは、蛙の卵を探すことだった。もう夏も到来しそうなこの時期に、卵を探すのはとても時間がかかった。しかも蛙どころか、生きた魚もつかめないカリンにとって、川の中に入って行なうこの捜索は恐怖体験そのものだった。


 怖い、つらい、と思うたび、カリンはベッドの上で苦しむイシュを思い浮かべ、くじけそうな心を叱咤(しった)する……きっと今ごろ、ものすごく痛くて苦しい思いをしているにちがいない。早く元気になって欲しい、またあのやさしい空気に包まれたい、とカリンは切に願った。


(たとえ会えなくても、元気にさえなってくれれば……)


 遠くにいても、もうあの野原で会えなくても、元気でさえいてくれれば……そう思うだけできっと、しあわせな気持ちになれる。カリンは自分の母親が亡くなった時のことを思いだしていた。

 あの時は『母さんは旅に出ていて、きっとどこかで元気に暮らしているんだ』と思っては、悲しい現実に心が耐えられるようになるまで自分自身を慰めていた。


 でも今回はちがう。イシュは生きているのだ。生きて苦しみと戦っているのだ。カリンは額の汗をぬぐった……こんなのつらくも何でもない。


 材料を集めるのに時間がかかり、しかも調合に五度も失敗したが、なんとか満足いく化濃止めと解熱の効果が期待できる魔法薬ができあがった。

 それからカリンはいつもの長いマントをかぶると、その内側のポケットに作ったばかりの魔法薬をしっかりとしまいこんだ。

 玄関を出るとすでに日は傾いていたが、カリンはかまわず森を抜け、城下町へと急いだ。






 カリンが城下町に到着した頃には、すでに日はとっぷりと沈んでいた。

 町は祭りの準備の真っ最中で、騒々しいほどにぎわっている。たくさんの露店のテントがずらりと立ちならび、仕入れをしている人々は道を走ったり横切ったりと、せわしなく動き回っていた。

 カリンはそんな人々の様子を、しばらくの間おっかなびっくりながめていたが、やがて大きく深呼吸すると、慎重な足取りで大通りへ向かった。


(もしかしたら王子さまの病気が治ったから、みんな予定通りにお祭りの準備をしているのかもしれない)


 カリンはフードを目深にかぶったまま、行き交う人々を見回す。だがすれちがう人々の会話から、時折漏れ聞こえる「やっぱり延期かねぇ」だの、「仕入れた食材、来週までもちそうもないよ」という言葉に、やはり王子はまだ病床に伏せったままだと知って暗い気持ちになった。


「おい、おまえどこの子だよ?」


 突然すぐ隣から聞こえたぶっきらぼうな口調とともに、強く腕を引っぱられたカリンは、びっくりして転びそうになった。

 ふり返るとそこには、カリンよりほんの少し背の高い、大きな緑の目をした男の子が仁王立ちで立っていた。






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