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野原の小さな魔女  作者: 高菜あやめ
第五部 小さな魔女と神殿の主

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(6)

 魔法局の内部は、医務局と似たような造りで、大きく二つのエリアに分かれていた。

 ジョンストーンに案内された部屋には、同じような黒っぽいローブ姿の魔導師たちが、めいめい部屋の一角で何かに没頭していた。ある者はたくさんの本を積み上げた間で読み物に(ふけ)り、また別の者はたくさんの草花や薬品を並べて何やら調合している。


「ローヌ、こちらへ来なさい」


 ジョンストーンが呼びかけたのは、部屋の隅の開いた窓辺に座り、ひざにのせた分厚い本に没頭している人物だった。ローヌと呼ばれたその少女は、未練がましく本を閉じて立ち上がると、先刻まで座っていた椅子に重そうな本をドサリと置いて、入口に立つジョンストーンとカリンの元へやってきた。


「お呼びですか」


 カリンが緊張気味に立っていると、隣のジョンストーンが顎をしゃくって淡々と口を開いた。


「今日からここで働くカリンだ……西の森からきたそうだ」

「ふうん……よろしく」


 ローヌは顎の下で切りそろえた栗色の髪と、同色の瞳を持つきれいな少女だった。カリンより二つか三つほど年上だろうか。微笑まない代わりに、曇りの無い理知的な瞳を向けられた。第一印象は決して悪くなかった。


「カリンです。よろしくお願いします」

「うん。中を案内するよ」


 ジョンストーンの視線を背中に感じながら、カリンはローヌの後を追って部屋の奥へと進む。

 ローヌは棚の一つ一つ、部屋の端から端まで、ていねいに説明してくれた。だが周囲に点在する魔導師たちは、二人をまるで空気であるかのように無視をしていた。


「あいつら、みんな邪魔されたくない連中なんだ。間が悪い時にうっかり声掛けたら、呪い殺されちゃうかもしれないよ」

「ええっ!?」


 カリンが驚きと恐怖で青くなる中、ローヌは口の端を曲げて忍び笑いをもらした。


「一番マシなのが、あのジョンストーンときたもんだ。あれ、信じてない? あいつ誰にでもああいう態度だから、かえって分かりやすくていいよ。他の連中は、人によって態度を変えるからね」


 ローヌは奥の続き部屋へカリンを連れていくと、端にある小さなコンロでお茶をふるまってくれた。角砂糖を二つ入れた甘いお茶は、湯気の温かさと相まって、カリンの緊張を解きほぐしてくれる。小さな木製の丸椅子に腰を下ろした二人は、しばらく黙ってお茶をすすりながら、湯気越しに相手の顔を眺めていた。


「そんな暗い顔しないでよ。慣れたら王宮内で、ここより楽な場所はないよ? ちょっとしたルールさえ守れば、ずっと快適になるもんだから」


 ローヌの言葉に、カリンは小さく肩を落とした。医務局にはハイフナーもいる上、レイも威圧感があるが悪い人ではなかった。だが魔法局はどこも冷たくて、排他的な雰囲気がする。ローヌは親切だが、ずっとカリンについているわけにはいかないだろう。


「……私はここで、何をすればいいのかな」

「そんなの、すぐに分かるよ」


 お茶を手にポツリとつぶやいたカリンの弱音を、ローヌはすかさず拾ってくれた。


「でも私、魔法はほとんど使えないの……」

「とりあえずジョンストーンは、あんたにたくさん宿題出すよ。それをやってれば、あっという間に時間が過ぎる」

「宿題?」


 ローヌは飲み終えた自分のカップを、横の流しでさっと水洗いすると、小さなトレーに逆さに伏せて置いた。


「そう宿題。まずは神殿へ連れてかれるね。かけてもいい。そこであんたは、馬鹿みたいに長くて意味の無い儀式を見学する。もったいぶった祭司が、へんてこな箱やら杖やら石やら、あれこれ動かして、さも重要な仕事をしているように見せかけるんだ」


 この国には神殿が存在するが、いわゆる国教と呼ばれるものは存在しない。そこでは形式化された儀式が執り行われている。(あが)(たてまつ)る神もいない。

 神殿には、特殊な(ギフト)――カリンの知るところで、いわゆる魔力だが――を持って生まれた者が集う場所でもあった。そして彼らの不思議な力の前では、数々の神話も単調なおとぎばなしに聞こえてしまうものだ、とカリンは学校で教わった。


「うちの魔法局長によれば、力を持って生まれた者は、正しい力の使い方を学ぶべきなんだと」


 ローヌはもったいぶらずに、先にできる限りの情報を、限られた時間内で与えるつもりのようだ。話好きの雑談とはまた違う、事務的な響きが口調にも現れていた。


「学びもせずに力を使ったら、力そのものの品格を貶めることになるそうだよ。その筆頭が地方の田舎で生まれた『魔力持ち』なんだって。彼らが使う力は『魔力』と呼ばれて、一時は迫害された歴史もあるんだよ。だから彼らは、世界各地の深い森に身を潜めて表舞台から姿を消した。もちろん数もずいぶん減ったみたい。だから今では『魔力持ち』が現れたりすると、国で保護するようになったんだ。まあ、たまにあんたみたいに、大きくなって森からひょっこり現れる『魔力持ち』もいるんだよね」


 カリンは目を丸くした。たしかに西の森にも、近くの城下町にも、カリンと母親以外に魔力を持った人間はいなかった。学校でも、魔女は珍しがられた。

 魔力があっても、カリンたち魔女は大したことはできない。せいぜい魔法薬を調合し、ホウキで空を飛ぶくらいだ。森全体に結界を張ったり、ドラゴンや動物を操ったりできるのは、ユーリウスのように大魔導師と呼ばれる、ほんのひと握りだけだろう。そう考えると、母のエリヴェルも相当な魔導師だったと言える。


(その娘である私は、ほとんど魔法が使えないのに……)


 ただユーリウスは、カリンの魔力は『封じられている』と信じているようだった。また先ほど会ったベイゼルも、カリンに『少しでも魔力を解放できる術を習得してもらう』と言っていた。

 いざ『封じられた』魔法を解放してみたら、どうなるだろうか。たいした魔力ではなく、皆が失望してしまったら、と想像すると、胃が痛くなりそうだ。


「本当に私、ちっとも魔法が使えないの……せいぜいホウキで飛べるくらいで、魔力の無い人たちとぜんぜん変わらないもの」

「魔力の無い人たちから見れば、ホウキで飛べることだけでも、すごく『違う』ことだよ? まあ、あんた森から出てきたばかりみたいだし、しばらくはジョンストーンの『魔力の正しい使い方』についての長話に付き合ってやるんだね」


 ローヌが自分の仕事に戻ってしまうと、カリンは手持ち無沙汰で魔法局を見回した。思いきって近くにいた青年二人に、何か手伝うことはないかと声を掛けたら、奥の流しに放置された魔法薬を調合した器具の片づけを言いつけられた。

 カリンはやる事が見つかって、安堵の気持ちで片づけを行っていると、背中から不機嫌な声が響いた。


「……何をしている」

「ジョンストーンさん。あの、ここの片づけを……あっ!」


 ジョンストーンに手首をつかまれ、そのまま流しから引きはがされてしまう。カリンの手から泡とともに滑り落ちたガラス瓶が、流しの台に当たって鋭い音を立てた。


「素手で、か」

「あ、あの」

「愚か者め。何の薬品か知らんが、下手すると皮膚がただれてしまうぞ? そんなことも分からないのに、下手に手伝いなんぞするんじゃない」


 きつい口調で叱られ、カリンは項垂れてしまう。ジョンストーンはローブの内ポケットからハンカチを取り出すと、カリンの濡れた手を泡ごとふき取った。手つきは乱暴だが、親切な行為に変わりはない。カリンは小さくお礼を述べた。


「では、これから神殿へ案内する」

「はい」


 ローヌに言われた通りだ、とカリンは心の中でつぶやく。反応が薄いカリンに、ジョンストーンは一瞬眉を寄せたが、踵を返して歩き出した。ついてこいという意味だろう。

 部屋の最奥にある裏口を通って、裏庭へと続く回廊を抜けると、右手に断崖絶壁、左手に小さな石造りの建物が見えた。その建物こそ神殿らしい。

 神殿の周囲はさえぎる建物も木々も無い。見晴らしがよく開放感があるはずが、どこか他者を拒絶するような、近寄りがたい雰囲気を漂わせていた。実際、辺りには人影もない。孤立した建物は、独特な存在感を放っていた。

 建物は外壁が無い代わりに、太く丸い石柱でぐるりと取り囲まれていた。柱の間からは、白い衣姿の人々が音もなく(うごめ)いている。まるで柱と柱の間に見えない壁があるかのように、誰も外へ目もくれず、出ようとする者はいなかった。


「神職についている者は、外へ出ることを禁じられている」

「ずっと、一生ですか……?」

「多くの場合、神職の任期は最大三年とされている。祭司や上層部の人間になると、十年もしくは一生という場合もあるがな」


 カリンはもう一度、柱の奥を見つめた。一生この建物に閉じ込められて過ごすとは、どんな気分だろうか。いや、閉じ込められて、と言うには語弊があるだろう。彼らは『望んで』……もしくは『納得』してここにいるに違いない。


「でも、皆さんあの建物で暮らしているんですか。あんなにたくさんの人が……」

「地上はあくまで、特別な儀式をおこなう為に設けられた場所だ。普段は地下で暮らしている。そんな事も知らないのか」

「すいません……」


 ジョンストーンは小さく舌打ちすると、神殿の柱と柱の間に体を滑り込ませた。カリンもそれに習うと、目の前に地下へと続く階段が現れた。

 階段は左右に長く伸びていて、神殿全体をぐるりと取り囲むつくりとなっていた。これでは神殿の地上階にいる人々は、階段を飛び越えない限り、柱をすり抜けて外へは出られないだろう。


「いくぞ……暗いから足元に気をつけろ」


 長い階段を降りると、地上階とは比べ物にならない広い空間に出た。そこには地上よりさらに多くの人々が、同じ白い衣をまとって列を組み、一方の方角へ向かってじっと立っていた。どうやら何かの儀式の最中のようだ。

 ジョンストーンは彼らの後方を滑るように歩き、細く長くのびる通路へと向かう。二人はまるで迷路のような道をしばらく進むと、やがて小さな部屋にたどり着いた。そこでも広間で見たような、だがもっと小規模な儀式が行われているようだった。


「彼らは規律を重んじて、日に数度の儀式をおこなう。そうすることで体内の力を安定させ、コントロールの仕方を学ぶ準備が出来るのだ」

「体内の力……」

今日(こんにち)でも、お前のようにごく稀に、力を持って生まれる人間がいる。しかし然るべき教育も受けられないまま、我流でむやみやたらに力を乱用する。多くは大した力ではないから、それほど実害は無いが……(なげ)かわしいものだ」


 ジョンストーンは忌々(いまいま)しそうにカリンをにらむと、吐き捨てるようにつぶやいた。


「だから私は、お前のような無知なくせに、無駄に力を持っている魔女とやらが嫌なんだ。本当に嘆かわしい……せいぜいベイゼル様に鍛えてもらうんだな」






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