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野原の小さな魔女  作者: 高菜あやめ
第四部 小さな魔女と森の魔導師

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(7)

 空が白みかけてきた頃、玄関の扉がそっと押し開けられた。

 わずかな音だが、それに反応して飛び起きたカリンは、玄関へと駆けつける。そこには、顔にいくぶん疲労をにじませて立つユーリウスの姿があった。


「おかえりなさいっ……!」


 出迎えを受けたユーリウスは、意表を突かれた顔ををして、玄関先に立ち尽くした。

 カリンは、ユーリウスの無事な姿に、安堵のため息をつく。


「すぐにお茶入れますね。それから疲労回復に効く魔法薬を、いくつか作ってみました……あの、よかったら使ってみてください」

「……」

「あ、その前に少し休みますか? それとも朝食を……」

「君こそ顔色悪いよ。まさか一晩中、起きて待っていたの?」


 ユーリウスは手を伸ばすと、カリンの頬をそっと撫でた。心配そうなユーリウスの視線に、あせったカリンは早口で弁明する。


「でも、ちょっとだけテーブルで、うたた寝しちゃいました」

「……」

「だって、いつユーリウスさんが帰ってくるか分からなかったから。何かあった時の為に、起きていたほうがいいと思ったんです」

「……」

「それから万が一の為に、傷薬と、疲労回復、湿布薬と、それから……あの、私のお薬、西の森ではけっこう評判なんです。普通のお薬より効き目が早いって、モズおばさんも……」


 ユーリウスはゆっくり屈みこむと、カリンと同じ目線になった。そして口元を緩ませ、やさしい瞳でカリンを見つめる。


「君はいい子だね」

「え」

「イシュが夢中なわけだ。本当にいい子だ……」


 ふいにユーリウスの瞳から涙がこぼれた。カリンはびっくりして、あわててハンカチを引っ張り出すと、濡れた頬をぬぐった。


「どこか痛いんですか? なにかお薬を……」

「そうじゃないんだ。こういうの、久しぶりだから……」


 ユーリウスはそっと首を振った。


「そうだな……痛いのは心かもしれない」

「心、ですか」

「そう、傷口にしみるような痛み……って言えばいいのかな」


 ユーリウスは儚い微笑を浮かべた。部屋の隅ではドラゴンの子が、ピンク色の体を丸めて、穏やかな寝息を立てていた。






 その日の午後、イシュがカリンを迎えにやってきた。

 あっという間の三日間だった。カリンはほっとするような寂しいような、複雑な気持ちだった。ここに来たばかりの時に感じた不安を思い出すと、今の自分の心境の変化が嘘のように思えた。

 出発までまだ時間があるからと、カリンたってのお願いで、ピンクドラゴンを連れて森へ出掛けることにした。


「ドラゴンは綺麗好きだからね。この先に湖があるから、そこで水浴びさせておやり」


 ユーリウスの言葉に、カリンは小さく返事をした。けっきょくドラゴンは、ユーリウスの家で預かる事で落ち着いた。ドラゴンの世話は難しい上、西の森で人目に着くのは危険だと、ユーリウスに諭されたのだ。


「いくら猫みたいに小さくても、ドラゴンだからね。普通の人が見たら、きっと警戒するだろう」


 すっかりドラゴンを気に入っていたカリンだったが、また会いに来ればいいと言われて、残念だが承知した。


「じゃあ、行ってきます」

「こっちの扉から出かけるといいよ……その方が近道だから」


 ユーリが窓の隣を指し示すと、そこにはあっと言う間に扉が現れた。まだユーリウスの魔法に慣れてないカリンは、ドラゴンの子を抱え、おっかなびっくり扉をくぐった。

 こうして湖へと出かけたカリンだが、道の途中でうっかりタオルを忘れたことに気づいた。


(しまった、拭くものがないと風邪引かせちゃう……)


 特にうろこがほとんどない、小さなドラゴンなので、濡れたままでは病気になってしまうかもしれない。カリンは急いで来た道を引き返す事にした。

 ぐずぐずしていたら出発の時間になってしまう……そうしたら、ドラゴンの子とはしばらくお別れなのだ。

 そんな事を考えながら走っていると、ユーリウスの家が見えてきた。窓の隣にある扉に駆け付けた、その時……中から不穏な会話が聞こえてきた。


「……それで、カリンの母親の消息はつかめたのか」


 扉の向こうから聞こえてきたユーリウスの言葉に、カリンの身体は凍りついた。


「いや、まだだ」


 続くイシュの言葉も、カリンに衝撃を与える。


(私の母さんのこと……?)


 カリンは扉の前で息を殺した。立ち聞きなんて良くないことだと知っていたが、聞かずにはいられなかった。


「君の足のけがに、あの子の魔法薬が効いたと……そう君から知らせを受けて気づいたんだ。君の足にかけられた呪いは、恐らくあの子の母親が創り出したものだろうってね。どうりで僕の魔法薬が効かないわけだ」

「同じ系統の魔力を使わないと、解くことはできないなんて……ずいぶんと念の入った呪いだな」


(まさか、私の母さんの呪いで……イシュの足が?)


「イシュ、あの子の母親の事だが。君があの子に出会った二年前、すでに亡くなっていたと言ってたな」

「ああ、崖から転落したそうだ」

「だが、この呪いが解けてないところを見ると……まだ生きている可能性が高い。大抵の呪術は、その術をかけた魔法使いの死と共に、解けてしまうのがほとんどだからね」

「たしかにウルカも、その点は同意していた」


 カリンの両膝がガクガクと震えだす。呼吸が上手く吸えない……これ以上聞いてしまったら、カリンは自分がどうなってしまうのか、知るのが怖かった。


「ウルカって、あの魔法陣の魔女か?」

「ああ、それに彼女の魔力を見抜く力は確かだ。以前、離宮で彼女とあの子に引き合わせた時、彼女は瞬時に見抜いたんだ。僕の足の呪いと、あの子の魔力の波動が一致するって」

「そうか。ならばやはり、あの子の魔力を使えば、君の足を治せる可能性が高い」


 カリンの瞳が大きくなった。


「しかしユーリ……正直僕は、まだ迷っているんだ。あの子の封じられた魔力を解放すれば、それを阻止しようとする手が伸びるだろう。現に今朝だって、結界が破られたじゃないか。君に再三頼まれたから、あの子をここまで連れてきたが……」

「たいした敵じゃない。結界だって、今まで以上に強化する。確かにあの子の母親が何年もかけて張った野原の結界は、手が込んでいて強力だが、僕だって少し時間をかけさえすれば、その程度のものは可能だ。来年には準備できる」

「そうか……」

「それに僕も、あの子のそばについているのだから、あまり心配するな」

「だが、僕は……」


 カリンはそれ以上、聞いていられなかった。フラフラとおぼつかない足取りで、再び湖の方へと向かう……喉は張りつくように乾き、握り締めた手のひらからは汗、がしたたり落ちていった。






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