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野原の小さな魔女  作者: 高菜あやめ
第四部 小さな魔女と森の魔導師

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(4)

 しばらく飛び続けていたユーリウスとカリンは、やがて人気の無い湖畔にたどり着いた。

 ドラゴンはよろめきながらクシャリ、とつぶれるようにして地上に舞い降りる。その後に続いて、カリンもホウキから降り立った。


「さて、と。お前の傷を見せてごらん」


 ユーリウスが近づくと、ドラゴンは大人しく首を地に押し付けて羽根を伸ばした。カリンは『ドラゴンって人間の言葉が分かるのかしら』と、ドキドキしながら様子を見守っていた。

 そこでふと、カリンはシェリマの事を思い出して口を開きかけたが、何だか触れちゃいけない話題のような気がして、言葉を飲みこんでしまう。その代わりに、別の事をたずねてみることにした。


「あのう、このドラゴンの子……仲間にやられたかもって村長さんが話してましたよね?」

「うん」

「じゃあ群れに戻ったら、またケガしちゃうんでしょうか」

「そうかもね」


 ユーリウスは治癒の手を止めずに、そっけなく答える。


「自然は厳しいんだよ。こうやって目立つ形で生まれてしまうと、生きていくのもままならない」

「でもそれじゃ……この子は、どうなっちゃうんですか」

「周りと『違う』個体は、どうしたって周囲の注意を引いてしまう。それは人間だって、同じことだ。必死に生きようとしない限り、やがて死んでしまう」


 ユーリウスの突き放した物言いに、カリンはショックを受けて立ちすくんだ。


「お願いです……助けてください」

「僕にどうしろって?」

「どうか、助けてください……お願いします」


 カリンの必死な様子に、ユーリウスは冷ややかな面持ちでつぶやく。


「ていねいに頼めって意味じゃないよ。僕にはどうすることもできない」

「せめて元気になるまで、かくまってあげられないでしょうか?」

「こんな大きなドラゴンを、どこにかくまえるの?」

「あの、例えば……魔法で小さくできないでしょうか」

「小さく?」


 カリンは口ごもるように、か細くつぶやいた。


「ユーリウスさんなら、できるかなぁって……その、すごい大魔導師さんだから」

「下手はお世辞はよしてくれないか」


 カリンは「そんなつもりじゃ」と両頬を真っ赤にすると、震える両手を合わせたままうつむいてしまう。


「……仕方ないな」


 ユーリウスの言葉にカリンが顔を上げると、次の瞬間あっという間にドラゴンが猫並に小さく縮んでしまった。

 カリンが顔を輝かせると、ユーリウスは顔をしかめたまま腕を組んだ。


「言い出したのは君だから、世話は君がしてよ?」

「はいっ! ありがとうございます!」

「じゃあ、もう家に戻るよ」


 ユーリウスは背を向けると、さっさとホウキに乗って上空へと舞い上がってしまう。カリンはみゅーみゅー鳴くドラゴンを腕に抱くと、ピンクの体に頬をよせて「よかったね」と囁き、ホウキに飛び乗った。

 並んで空を飛ぶユーリウスの銀髪が、サラサラと光の波を打って風にたなびいている。その耳朶がわずかに赤くなっていて、カリンは胸が温かくなっていくのを感じていた。






 ユーリウスの住む森に戻ると、日はすでに暮れかけていた。

 夜の森は、虫の涼やかな鳴き声と、草木を包み込む静粛感と相まって、神秘的な雰囲気に包まれていた。


「あのう、夕食作りましょうか」

「ああ……うん。適当にお願い」


 どことなく上の空のユーリウスに、カリンは具合でも悪いのかと心配になった。ドラゴンを操ったり、けがを治したりと、いろいろな魔法を一度に使っていたから、魔力が消耗しても不思議はない。

 カリンはリビングの隅に寝そべる、ピンク色の小さなドラゴンを見つめた。


(やっぱり助けたこと、後悔してるのかなあ)


 自分が頼んだこととはいえ、やっぱり野生のドラゴンを連れてくるなんて、軽率な行動だったのかもしれない。結果的にわがままを通してしまった事実に、カリンは少なからず落ち込んでしまう。


「あの、ご飯できたら呼びますから、それまでお部屋で、少しお休みになっていたほうが」

「別に、疲れてないから」


 ユーリウスはリビングのロッキングチェアーにドカリと腰を下ろすと、少し不機嫌そうな顔で分厚い本をめくり出す。


(怒ったのかな。でも、何に?)


 カリンには、なかなかユーリウスと打ち解けられず、もどかしく思う。イシュの友達と聞いたから、実はユーリウスに会うのを密かに楽しみにしていたのだ。魔法のこと以外にも、いろいろ話をしてみたかった。

 だが、そもそもカリンも人見知りする方だから、ユーリウスばかりに原因があるとは思えない。カリンは思い悩みながらシチューの鍋をかき混ぜていると、玄関の呼び鈴が鳴った。


「君、出てくれる? 扉はすぐ開けちゃ駄目だよ……扉に手を当てて、誰なのかちゃんと確認してからね」


 ユーリウスは、カリンにそう忠告すると、なぜか手にした本を放り出して、寝室に逃げこんでしまった。カリンは首をひねりつつ玄関へと急ぎ、その扉をまじまじと観察した。

 扉には薄くて、透明な膜のようなものがトロリとかかっていた。言われた通りに手をかざしてみると、スッと扉が半透明に透け、向こう側に立つ人物の姿が見えた。


「……シェリマさん!」


 扉の外に立っていたのはシェリマだった。


「ユーリウスに会いに来た。昼間会い損ねたからな……今、いいか?」

「あ、はい……ちょっと待ってて下さい」


 カリンは急いでリビングに戻ると、ユーリウスの寝室へ続く扉をノックした。


「あのう、お客様はシェリマさんです。ユーリウスさんに会いに来たそうです」

「……」


 カリンは昼間の一件を思い出し、もしかしたら会いたくないのかもしれないと思い至ったところで、扉の向こうからユーリウスの声が返ってきた。


「中に上がってもらって」


 カリンはもう一度急いで玄関に引き返すと、シェリマのために扉を開いた。


「あの、どうぞ……」

「夜分にすまないな」


 豊かな金色の髪をリボンでまとめたシェリマは、よく見るとスカートをはいていた。その女性らしい姿に、カリンは玄関先に突っ立ったまま凝視してしまう。

 シェリマはクスリと笑うと、カリンの頭をそっとなでた。


「任務の時以外は、こういう格好もするんだ。似合わないか?」

「そんなことないです、とてもきれい」

「そうか、ありがとう」


 そんなやり取りをしていたら、いつの間にか寝室から出てきたユーリウスが、リビングへ続く扉の前に立っていた。そして憮然とした表情で、シェリマに向かって小さく会釈をした。


「お久しぶりです、シェリマ様」

「ユーリ」

「どうぞ中へ」


 ややあってダイニングテーブルに着いた三人の間に、ちょっとした沈黙が落ちる。カリンはだんだん心配になってきた。


(もしかして、私は遠慮した方がいいかしら)


 そう思ったカリンが立ち上がりかけると、ユーリウスとシェリマに引きとめられたので、仕方なく座りなおす。そこでようやく、シェリマが口を開いた。


「魔女の娘がここにいるということは、弟に頼まれたのか?」

「ええ」

「それで、こちらで預かることにしたと?」

「そうですね。まだ基礎魔法の習得も不十分ですが、できれば来年辺りから本格的に指導するつもりです」


 ユーリウスの言葉に、カリンはびっくりして顔を上げた。


(私、来年から、ここで魔法の勉強をするの!?)






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