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野原の小さな魔女  作者: 高菜あやめ
第四部 小さな魔女と森の魔導師

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(3)

 二人がホウキに乗ってやってきたのは、山間(やまあい)の小さな村だった。

 美しい白絹織のローブに身を包んだユーリウスがホウキからヒラリと飛び降りると、すでに集まっていた村の衆から小さな歓声が上がった。当然ながら、一歩遅れて着地した黒いローブ姿の小さなカリンなど、誰も目をくれようとしない。


「大魔導師様、お待ち申し上げておりました! ささ、どうぞこちらへ……」


 出迎えてくれた村人たちに案内された先は、周囲の家々より少しばかり大きな家だった。どうやら村長の屋敷らしい。門には年老いた主人が杖を頼りに立っており、ユーリウスの姿を見つけるやいなや深々とおじぎをした。


「大魔導師様、よくぞお越しくださいました! ああ、やはり王宮へ通達を出してよかった……こんな早くにおいで下さるとは、本当にありがたいことです」

「それで、問題のドラゴンは?」

「納屋の方です……まだ小さいんですわ。羽根を痛めているようで、つい放っておけなくなりまして……野生のドラゴンは、やっかいだと分かっちゃいたんですがね」

「とにかく様子を見てみましょう」


 村長の先導で向かった納屋は、昼間でも薄暗かった。奥まった場所に、大きな何かがうごめいている。村長が差し出したランプを辞退したユーリウスは、魔法で手のひらから光の玉を出して、あっという間に納屋全体を外と同じぐらいに明るく照らた。その見事な魔法に、村民たちはますます羨望の眼差しをユーリウスに向ける。

 後ろからついてきたカリンは、ユーリウスの魔法に驚きつつも、奥に潜む大きな塊の正体を見極めようと目をこらす。それは大きくて、ピンク色に輝いていた。


(あれが、ドラゴンの子なんだ……)


 姿かたちはドラゴンだが、不思議とピンク色に輝いている。その不思議な姿に、カリンが釘付けになっていると、前に立つユーリウスが「なるほど」と何か納得しているようだった。


「アルビノ……先天性白皮症、か。しかもウロコがほとんど無い。これは目立つな」

「そうでしょう? あのけがも、おそらく仲間のドラゴンにやられたんですよ」

「まあ、十中八九そうでしょうね」


 二人の会話を耳にしたカリンは、途端に小さなドラゴンが不憫に思えてきた。


「突然変異なんでしょうな。色素がまったくないから、身体中の血が透けてピンク色に見え、悪目立ちしてしまう。せめてけがが治るまで世話しようと思ったんですが、他のドラゴン達がコイツの臭いを嗅ぎつけたようでして……最近では、しょっちゅう村の上空を旋回しております。このままでは、村人がドラゴンに襲われるのも時間の問題だと皆おびえてましてな」


 村長の言葉に、ユーリウスはほんの少しだけ眉を上げた。完璧なポーカーフェイスだが、カリンにはどこかユーリウスが怒っているように見えた。


「ドラゴンは己の身の危険を感じない限り、むやみやたらに人を襲ったりしません」

「そうはおっしゃられても、このままではおちおち子供たちを外へ遊びにやれません。野性のドラゴンは、一度暴れだすと手に負えないものですから」


 まだ小さいと言われても、目の前のドラゴンは人間の大人の二回りはある。カリンはその大きさに圧倒されて、思わず息を飲み込んだ。隣に立つユーリウスは、ちらりとドラゴンに視線を向けた。


「事情は分かりました。私が連れて行きましょう。けがを治し、群れへ帰します」

「おお、ありがとうございます! 大魔導師様なら、きっとなんとかして下さると思いました。これで他のドラゴンも、村にやって来なくなりましょうぞ」

「念のため、納屋に残っているドラゴンの血や臭いを清めておいた方がいいでしょう。近くに教会があれば、すぐに聖水をお作りしますが……」

「いやいや、それには及びません。もうじき王宮から派遣された、治安部隊がやって来るはずなので、後の処理は彼らに任せようと思います。わざわざ大魔導師様の、お手をわずらわせることもありますまい」

「治安部隊?」


 ユーリウスは一瞬、顔を曇らせた。すでに納屋の外からは、人声と足音がわらわらと聞こえてくる。


「おお、もう到着したようですな」


 納屋の扉近くに立っていたカリンは、そっと顔を出して外を様子をながめる。すると意外なことに、そこに見知った姿を見つけた。

 白い制服に金色の髪。どこかイシュに似た風貌……その視線がカリンをとらえ、一瞬驚いたように目を見開いた。


「魔女の娘ではないか。こんなところで何をしている?」

「シェリマさん! あの私、今ユーリウスさんと一緒に来てて」

「ユーリウスって……ユーリがここに来ているのか?」


 その時、少し離れた向こうの草むらから「シェリマ隊長、こちらへお願いします」と呼ぶ声が聞こえてきた。シェリマはカリンから視線を外すと、少々わずらわしそうな様子で舌打ちをした。


「すまん、少し待っていてくれ」

「あ、はい……」


 シェリマが踵を返した先が教会だったので、おそらく清めの聖水を用意しに行ったのだろう。聖水を作るには、水晶の原石さえもっていれば簡単に作れる。先ほどユーリウスと村長が話していたように、きっとそドラゴンの子が去った後の納屋を清めるに違いない。


(それにしても、シェリマさんとユーリウスさんが知り合いだったなんて)


 そういえば、ユーリウスは以前王宮の大魔導師だった。王宮に住むシェリマと、知り合いでも不思議はない。 

 カリンは首を引っこめると、再び納屋の奥に意識を向ける。ちょうどユーリウスが、床に敷き詰められたワラをさくさくと踏みしめて、ドラゴンへ近づいていくところだった。ピンク色のドラゴンは首を伸ばし、目の前に立つユーリウスの様子を警戒するようにうかがっている。

 しばらくの間、ユーリウスとドラゴンはお互い見つめ合っていたが、やがてユーリウスが踵を返すと、ドラゴンはよろけながらも身を起こした。


「きゃっ!」

「うわ!」


 思わず声を上げてしまったカリンと村長に向かって、ユーリウスは冷たい一瞥(いちべつ)を投げた。


「暗示をかけたから、人は襲いません。このまま私が村の外へ誘導します」

「おお! 噂通り、大魔導師様となるとドラゴンをも手懐けられるのですな。いやはや、ありがたい……本当に助かりました」


 ユーリウスはドラゴンを連れて納屋の外へ出ると、ようやくカリンに視線を向けた。


「僕が先に飛んでドラゴンを誘導するから、君はその後ろからついてくるといい。周りに注意を払って、もし他のドラゴンの姿が見えたら、すぐ僕に知らせること。いいね?」

「は、はい……あの」

「何?」

「さっき、ここでシェリマさんが……」


 カリンはそう言いかけたが、ユーリウスは無視するようにホウキにまたがり、あっという間に上空へと舞い上がってしまった。

 すると件のドラゴンが、ユーリウスの後を追うようにして、空へと舞い上がった。羽根を痛めているせいか、一瞬体のバランスが崩れかけたが、ユーリウスがちらりと振り返ると、なぜかその体が並行に保たれる。カリンは『きっと魔法を使ったんだわ』と目を輝かせた。


「カリン!」

「は、はい、今行きます!」


 ユーリウスに呼ばれ、カリンは急いで自分のホウキにまたがると、ユーリウスの後を追って空へと舞い上がった。飛びながら地上を見下ろすと、村長をはじめ、あちこちから見送りの村人らがカリン達に向けて手を振っているのが見える。そしてその中に混じって、じっと空を見上げるシェリマの姿があった。


(シェリマさん……)


 上空からシェリマの表情までは見えないが、その姿はまるでこうなることを知っていて、あきらめているようにも見えた。


(どうして? ユーリウスさんってば、まるでシェリマさんを避けてるみたい……)


 カリンは首をひねりつつも、ユーリウスとそれに続くドラゴンの後を追った。先頭を切って飛ぶユーリウスは、まっすぐ前を見据えたまま、ただの一度も振り返らなかった。






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