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野原の小さな魔女  作者: 高菜あやめ
第一部 野原の小さな魔女
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(4)

「文字を読む練習?」

「はい。この本、雑貨屋さんからもらったの」


 いつもの野原でカリンは薬草の籠に入れてきた辞書を取り出すと、かたわらに座るイシュに差しだした。イシュは本を受け取ると、パラパラとめくって「これ、僕も昔使った事あるよ」となつかしそうに話す。カリンは少しためらいがちに、おずおずと口をひらいた。


「母さんの書いた、魔法薬のメモから読んでみたいの……」


 カリンの母親は整理や掃除が苦手だったため、魔法薬の調合法等を書きとめたメモやノートがたくさんぐちゃぐちゃになっていて、それがいくつも箱につめられたまま物置にしまわれている。


「そうか。魔女さんは魔法薬の勉強をしなくちゃいけないんだね……それに楽しみだね。文字が読めるようになれば、お母さんの大事なメモも少しずつ整理していけるのだからね」


 カリンは小さく笑いながら、どうしてイシュはカリンが言葉にした気持ちの残り半分を言いあてる事ができるのだろう、と不思議に思うのだった。


「すごくむずかしい本も、たくさんあるの。でも、全部は読めないんじゃないかって思う……」

「今はそう思うだろうけど、一度読み方をおぼえてしまえばすぐに色々読めるようになるよ。大丈夫、魔女さんは小さいけどこんなにしっかりしているんだから。きっと良い魔法薬がたくさん作れるようになるよ」


 『でも』とカリンは憂鬱な気分になる……『作り方が読めるようになっても、本当に魔法薬を作れるようになれるかしら』

 魔法薬を作るには様々な材料が必要だが、中には植物以外に虫や爬虫はちゅう類が含まれることがある。蛙の足やトカゲの舌など手に入れるのも困難ならば、実際に手で触れてあつかうのも難しいものが、たくさんあるのだ。カリンはミミズもさわれないぐらい虫は苦手だし、蛙なんか足元に飛んできそうものなら逃げだしてしまうことだろう。

 中には猫のツメやネズミの歯などもあるが、小さい動物からそういったものを取り上げるなんてカリンはかわいそうでできそうもない。高度な魔力をあつえるようになると、材料に頼ることなく魔法薬を作ることも可能らしいが、カリンのようにまだ未熟な魔女はそういった材料無しではとても魔法薬を作ることはかなわなかった。

 空を飛ぶ練習も、十歳になるまでは母親の指導のもとで行なっていたが、近頃はとんとサボっている。それというのも、カリンの母親が事故で崖から落ちて死んだからだった。ホウキを持っていなかった母親は、足をすべらせて谷底へ転落してしまったのである。

 それ以来、カリンは高いところに恐怖を覚えるようになってしまい、しばらくの間は掃除するためのホウキすらさわれなかったぐらいである。


「イシュは、こわいものってある?」

「こわいもの? たくさんあるよ」


 笑顔でそう答えるイシュに、カリンは驚いて目を丸くする。カリンはてっきり、イシュみたいな大人の男の人はこわいものなんて無いと思っていたのだ。


「そうだな、魔女さんぐらいの年だった頃は父がこわかったかな。それからすぐ上の兄貴……気に食わないとすぐ殴るんだ。三つ上だから喧嘩じゃかなわなくてね……こわい、というより、くやしい気持ちの方が強かったけど」

「ケンカ、よくしたの?」

「年が近い兄弟だからね。姉や妹もたくさんいるけれど、女の子とは喧嘩するなって教えられていたし……なにより住んでいる場所がちがうから、めったに顔を合わせることもなかったんだ。でもたまに会う時なんか、よく遊んで仲良くしていたよ」


 どこか遠くを見つめるような瞳で空を仰ぎ見るイシュはきっと姉妹たちのことが大好きなのだろう、とカリンは思った。イシュのお姉さんや妹ならば、きっとイシュのように美しい容姿をしたやさしい人たちにちがいない、とも思った。


「今でも、遊んだりする?」

「うーん、皆遠くの国へお嫁に行っちゃったからね……いつの間にか、ほとんど会えなくなっちゃったかな。まあ手紙はときどき受け取るけどね」


 カリンには兄弟も姉妹もいないので、なんだかうらやましくなってしまった。他所の同年代の子達と話すのはこわいが、一緒に暮らしている姉妹だったら仲良くなれる気がした。


「会えなくて、さみしくない?」

「今は魔女さんがいるしね。小さい妹が出来たみたいで嬉しいよ」


 そう言って微笑むイシュにくしゃり、と頭をなでられ、カリンの顔はうれしくて顔がほてったように熱くなる……まるで湯気がふんわり立ちのぼる甘いお茶が満たされたカップのように、カリンの心もヒタヒタと温かくやさしい気持ちで満たされていった。






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