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野原の小さな魔女  作者: 高菜あやめ
番外編2 ある夏の日

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38/56

(後編)

 パティオに現れたのは、護衛のリートだった。鮮やかな黒髪からのぞく鋭い眼光に、ウルカは一瞬ひるみつつも反抗する。


「なんで来たのよ。迎えなんかいらないって、いつも言ってるでしょ」

「ご挨拶ですね、ウルカ様。こんな風に私の目を盗んで、勝手気ままに屋敷を抜け出されては困ります」

「ならばパパに言いつけて、お役目から外してもらえばいいんだわ。どうせ私の護衛なんて、面倒なだけで、つまらない仕事でしょ」


 ウルカの憎まれ口には耳をかさず、リートは涼しげな表情でシモンズに会釈した。


「お世話になりました」

「いいえ、お気になさらず」


 そんな二人のやり取りを、ウルカは椅子の上で足を抱えながら、面白くなさそうにながめていた。リートはスラリとした長身を屈めると、ふてくされるウルカをたしなめる。


「駄目じゃないですか。お約束も無しに、いきなりこのような場所にお訪ねになっては。あまりイシュアレール王子に、ご迷惑をかけないように」

「イシュアはいつもの調子よ。別にあたしがいようといまいと気にしてなんかないわ」

「ウルカ様」

「分かったわよ、屋敷へ帰ればいいんでしょ」


 ウルカはしぶしぶ椅子から立ち上がると、テーブルを片付け始めたシモンズに声をかけた。


「ねえ、このお菓子、持って帰ってもいい?」


 ウルカの発言に、リートは忍び笑いを漏らす。それを見たウルカは、不機嫌あらわにそっぽを向いた。






 ウルカは帰る前に蔵書室の本を何冊か借りたいと、付き添いの女官と共にパティオを出て行った。ウルカの後ろ姿を見つめていたリートとシモンズは、どちらが先と言わずに苦笑を漏らす。


「それで、一年ぶりに再会したウルカ様は、いかがですかな?」


 意味深な笑みを浮かべるシモンズの傍らで、リートは控え目ながらも、はにかむような甘い微笑を浮かべた。


「からかわないで下さい、シモンズ……そうですね、しばらく見ないうちに、ますます美しくなられた」


 おそらく多くの娘達は、このリートの甘い微笑に心を奪われるに違いない。華やかさとは無縁のストイックな風貌は、同じ美形でもイシュアレールとはまったく違った魅力を持つ。


「挙式はいつ頃のご予定で?」

「この冬になります」

「そりゃあ公爵様も大変だ……リート殿も、いろいろご準備があってお忙しいでしょうな」

「いえ、式の手配と宮殿の設えは、ほとんど母に任せきりです。花嫁を迎える立場の私よりも、張り切ってますよ……お陰でアーンシェでの滞在が、良い息抜きとなりそうです」


 リートの端正な横顔が、少しだけ曇った。


「来年は、もうイシュアレール王子に、お会いできなくなりますね」

「リート殿」

「なぜだろう……ほっとしてるのに、彼女の思いを知った後では、なんだかつらい気持ちにもなる。イシュアレール王子のお心は、本当に彼女にないのでしょうか」

「ええ、それは断言できますぞ」


 シモンズは腕を組むと、きっぱりとした口調で言い切った。


「王子には、ちゃあんと小さな思い人がいらっしゃるんでね」

「え、そうでしたか! これはこれは……」


 リートは驚きを隠せない様子で、シモンズの顔をまじまじと見つめた。


「冗談、ではないでしょうね?」

「大真面目、ですよ。ウルカ殿しか眼中にないリート殿には、信じられないでしょうな。しかし王子のお相手も、本当に素敵なお嬢さんですよ?」

「シモンズはその方と面識があるのですね」

「まあ、少々」


 シモンズは大きく伸びをすると、もう一度空を仰ぎ見た。


「それにしても……公爵殿も策士ですな。まさか護衛に、ウルカ様の婚約者殿を送り込むなんて! 毎年続いて、これでもう三年目になるかと思うと……何も知らないとウルカ様が、少々ふびんに思えてきますな」

「悪い虫がつかぬよう、最善の策を取ったまでですよ。まあ正体を隠していることについては、私も多少の罪悪感を覚えなくもないですが……本当のことを言ったら、傍にいることはまず不可能でしょうし」

「ウルカ様の性格を考えると、まあ断固拒否するでしょうなぁ」

「とにかく私は第五王子ですし、兄たちと比べれば気楽な身ですし、夏の間ほんの二ヶ月ほど国を留守にしても問題ありませんから」

「そんな事おっしゃって。毎年この時期に国を留守にされるために、相当予定や政務をやり繰りされてるってお話しを、公爵殿からうかがっておりますぞ?」


 リートが無言で小さく笑ったその時、渡り廊下の向こうから、数冊の本を抱えたウルカが現れた。


「リート、これ運ぶの手伝ってちょうだい!」

「かしこまりました」


 駆け寄って手を差し伸べるリートに、ウルカはそっと囁く。


「ねえねえ、すっごい掘り出し物の本見つけちゃった。北の森に伝わる、古い魔法陣についての本よ。さっそく今夜から実験してみなくちゃ」

「あまり夜更かしは感心しませんね」

「あら、たまにはいいじゃない。リートも付き合いなさいよ、魔法陣について多少勉強してるんでしょ? パパから聞いたわ」

「まあ、古代の魔法書のものは一通り……北の国に伝わるものだけですが」

「じゃ、一緒に研究しましょ。この夏は忙しくなるわよ」


 張り切るウルカの笑顔は輝きを増し、リートは眩しげに目を細める。二人の様子を見守るシモンズは『なんだかんだ言っても、やっぱりお似合いの二人ですなぁ』と一人心の中でうなずくのだった。






(おわり)

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