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野原の小さな魔女  作者: 高菜あやめ
第三部 小さな魔女が見る夢

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(10)

 その夜、カリンの家に予期せぬ見舞客が現れた。


「魔女さん、具合は!?」


 カリンがふらつく足で玄関の扉を開くと、そこには青ざめたイシュが立っていた。


「ごめん、起こして! ああでも、扉を開けてくれてありがとう……入っても構わない?」

「え、ええ……どうぞ……」


 カリンの言葉が終わらないうちに、イシュは手にした杖を放り出して、その小さな体を抱き締める。その後ろでは、シモンズが苦笑いを浮かべていた。


「あの、まさか、ここまで歩いてきたんですか?」

「まさか! そんな事してたら、魔女さんに会うのが真夜中になってしまうよ。馬車は森の奥に停めてある。ここまで乗り付けると、夜遅いのにご近所の迷惑になると思ったんだ」

「でも、どうしてここに」

「ウルカから、早馬で連絡が来たんだ。魔女さんが重症だって聞いて……居ても立っても居られなくなって……」

「と、とにかく、中へどうぞ」


 イシュは、カリンの後をついて部屋に入ると、勧められた椅子にドサリと腰を下ろした。


「イシュ……?」


 イシュはうなだれたまま、顔を上げようとしない。続いて部屋に入ってきたシモンズは、いたわるようにイシュの肩を大きな手でたたいた。


「ほら、だから吾輩が申し上げたでしょう? ウルカ様のおっしゃることは、いちいち大袈裟なんですから、言葉半分だけ信じた方がいいって」

「……ちがうんだシモンズ。僕は魔女さんが無事でいてくれて、本当にほっとしたんだよ」

「やれやれ」


 シモンズは苦笑を漏らしつつ、抱えていた大きな包みをカリンに差し出した。


「これ、お見舞いの品です。消化の良い食べ物ばかり、そろえてみましたよ」

「え、あ、ありがとうございます」

「もうお体は大丈夫なんですか? なんでもウルカ様からは、無茶して魔力を使い果たして、気を失って、当分目覚めそうにないってうかがったんですが」

「えっ。いえ、気を失ってはないです。ただ、まだちょっと熱があって……」


 カリンの言葉が終わらないうちに、今まで顔を伏せて動かなかったイシュが、突然ガバッと身を起こすと、あっという間にカリンを両腕に抱き上げた。


「ベッドはどこ!? 熱があるなら、まだ寝てなくちゃだめじゃないか!」

「だ、だって……玄関開けるために……」

「そうだった! ゴメン起こして無茶させて……今すぐに寝室へ連れてってあげる。シモンズ、熱があるみたいだから、水とタオルを用意してくれ。それから何か、身体を温めるものを……」

「ええと、ちょっと待って下さいよ……ここはカリンお嬢さんの家なんですから。お嬢さん、台所をお借りして構わんですかね?」

「あ、はい……」


 カリンはあっけに取られて、イシュとシモンズを交互にながめた。

 こうしてイシュの手で、カリンは再びベッドに押し込まれた。それからシモンズが持って来た熱さましの薬湯を飲み干して、ようやく息をつくことが出来た。

 ベッドに沈み込んだカリンは、毛布から顔をのぞかせて、心配そうな顔をしているイシュを見上げた。イシュは、そんなカリンの視線に気がつき、少し恥ずかしそうに顔を赤らめる。


「朝までついてるから、心配しないで眠っていいよ」

「え、いいです! 私は大丈夫ですから、イシュはもうお城へ帰って……」

「病気の魔女さんを、一人にして? それじゃあ僕が、大丈夫じゃなくなってしまうよ」


 そう言って、困ったような甘い微笑を浮かべるイシュに、カリンは顔を赤くしながらも、どうしたらいいの分からず、ベッドの中でもじもじと身を縮こませた。そんな二人のやり取りを、シモンズは可笑しそうにながめている。


「では、カリンお嬢さんを、離宮までお連れしてはいかがですかな? 離宮なら人の手もありますし、吾輩も滋養にいい食事を作れますからね」


 シモンズの提案に、イシュは納得がいったようにうなずいた。


「それもそうだな。魔女さん、そうしても構わない?」

「で、でも」


 ウルカは一体、どんな風にイシュに伝えたのだろう? 少なくとも、かなり大げさだったことは疑いようもなかった。カリンは申し訳なさに、ベッドの中で縮こまりながら、それでもイシュのやさしい手を拒むことはできなかった。






 三日後、カリンは学校で作文を書いた。題名は『私の夢』。


 私の夢


 私は大きくなったら、りっぱな魔女になりたいです。

 なぜなら、たくさんの人を助けたり、役に立ちたいからです。

 でも、いちばんの理由は、大好きな人や大切な人を守りたいからです。


「イシュ、見てください! エルシア先生に、花丸もらいました!」


 興奮冷めやらぬカリンの声が、森の野原で木霊する。

 イシュは微笑みながらも、心配そうに「まだ走っちゃだめだよ。熱が引いたばかりなんだから」とたしなめた。そんなイシュの過保護っぷりに、さすがのカリンも戸惑いを隠せない。


「もう大丈夫です。魔力だって、すっかり元通りに戻りました」

「でも当分の間、ホウキにのっては駄目だよ? 君の身にもしものことがあったら、僕は……」


 イシュの言葉に、カリンは目を瞬いた。この頃から、イシュの心の中では、何か小さな変化が起こり始めていたのだが……それをカリンが知ることになるのは、まだまだ先のこと。


「エルシア先生、すごく良く書けたって。私の作文を皆の前で読んでくれたんです」

「へえ、すごいね。どれどれ……うん、よく書けてる」


 イシュの手が、フワリとカリンの頭を撫でると、カリンは小さく笑って背伸びをした。


「あの……ほめてくれた、お礼」


 イシュは、不意打ちでキスをされた頬をおさえると、耳まで赤く染めながら幸せそうに微笑んだ。両腕を伸ばし、カリンの体を抱き上げ、懐深くぎゅっと閉じこめてしまう。


「僕の可愛い魔女さん……」


 陽の光を受けた野原には、楽しそうな笑い声が響いた。そして天上では、渡り鳥のさえずりが、まぶしいしい夏の来訪を告げていた。






(第三部、おわり)

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