(9)
「まーったく、アンタはホント無茶ばかりするね」
モズ婦人はベッドの横に座ってあきれたようにそう言うと、カリンに食べさせるオレンジの皮をむくためにせわしなく手を動かしていた。
昨日の夕方、すっかり疲れ果てて帰宅したカリンは、薬を受け取りにきたモズ婦人の手で無理矢理ベッドに押し込まれた。
とりあえず一晩寝てはみたものの、朝になっても疲労はほとんど回復せず、様子を見に来たモズ婦人の手で再びベッドへ連れ戻されてしまった。
「二、三日は学校を休んだ方がいいね。ザイガンとこの奥さんが、今日町へ出るって言ってたから、ついでに学校に寄って先生に事情を話してくれるよう頼んどいたよ」
「すみません……でも明日は学校行けます」
弱々しく言うカリンに、モズ婦人はきっぱりと首を振った。
「いーや、だめだよ。エリヴェルが生きてた頃、何度あたしが、あの人の看病してやったと思うんだい? こんな状態で外へ出たら、道の途中でぶっ倒れちまうよ」
エリヴェルとは、カリンの母親の名前だ。突然出てきた懐かしい名前に、カリンは目を丸くする。
「魔力は一度に使える限りがある上、使えば体力も消耗するんだ。酷い時は高熱が出たり、吐き気が止まらなかったりして、相当苦しいみたいだよ。また小さかったあんたは覚えてないかもしれないけど、あんたのお母さんはいつも無理して仕事をしてたから、しょっちゅう身体を壊しちゃ倒れてたもんだよ」
「えっ、そうなんですか……?」
「ま、もっとも最後は、身体もだいぶ弱っていたから、さすがに無茶も出来なかったけどね……」
モズ婦人は話しながら昔の事を思い出したのか、エプロンの端を目頭に当てて、少しだけ鼻を鳴らした。母が事故で儚くなる前、だいぶ体を壊していたようだと、カリンは少し大きくなってから知った。
「とにかく、あんたにはそうなって欲しくないもんだね。ちゃんと体を休ませて、体力と魔力を戻さなくちゃね?」
「はい、おばさん」
「じゃあ、あたしはこれで帰るけど……いい子で寝てるんだよ」
「はい」
やがてモズ婦人が出て行ってしまうと、一人になったカリンは仰向け寝たまま深いため息をついた。一度に使う魔力に限界があるなんて、カリンはちっとも知らなかったし、考えたこともなかった。そういえば今までも、無理して空を飛んだ時は、どこかしら体調がすぐれなかった……カリンは心細い気持ちで一杯になってしまう。
(母さん、無理して魔法使ってお仕事してたんだ)
カリンの目から自然と涙がこぼれ落ちた。無理していた母親も、その母親を看病してくれたモズ婦人も、申し訳なさと感謝の気持ちでまぜこぜになってしまい、ますます涙がとまらなくなる。
グズグズと泣き続けていると、どこからか「カリン」と呼ぶ声がした。気のせいかと思ったが、何度か名前を呼ばれては、さすがに無視できない。
(何だろう、誰なの……?)
カリンは涙をぬぐってベッドから下りると、小さく鼻をすすりながら部屋を見回した。なんとか体を引きずって窓辺に立ち、暗闇に沈む外をながめてみたが、獣も人の気配もなかった。
やがてその声が、どうやら薬草の入った籠の中から聞こえてくる事にカリンは気がついた。驚いたカリンは、籠を引っくり返し薬草を床に振り落とすと、籠の底から出てきたのは封筒だった……昼間に野原で、イシュから手渡されたものである。
『……カリン、カリン聞こえる?』
「ウルカ!? まさかこのカードから……!?」
『そうよ、今うちにいるのよね?』
「あ、はい……」
『よかった、無事帰れたのね……あれから、ちゃんと飛べたか心配したわ』
カリンは封筒の中に入った紙片を取り出すと、それを開いて目を見張った……中央に描かれた模様が青白く光り、そこからウルカの声が聞こえてくる。
「これ、どうなってるの!?」
『ふふ、驚いた? 私が発明した通信用の魔法陣よ。もともとは、私の故郷に古くから伝わる旅のお守りなんだけど、私が魔法で細工しといたの。これを通せば離れていても、お互いの声が聞こえるんだから、画期的だと思わない?』
「えっ、ウルカまさか……魔法使えるの!?」
『あれ、言わなかったっけ? 私も一応、魔女なのよ』
カリンは大きく目を見開いた……ウルカが魔女!? そんな話、聞いてなかった。
ウルカの説明によると、彼女は小さな頃から、南に住む魔導師に師事していたそうだ。今では自ら研究して、様々な魔法陣を研究しているらしい。
「じゃあ、これからもこうやって話せるの?」
『そういうこと。そのうちこの魔方陣をもっと改良して、お互いの姿も見えるようにしようと思うわ』
「すごい、ウルカってすごい!」
『ふふん……ところでアンタ、なんだか疲れてない? 声に元気が無いみたいだけど』
「あ、それは」
カリンはウルカに、魔力を使いすぎて寝込んでしまった事を説明した。
「だから今日は、学校も休んだんです」
『それは昨日、全速力で空を飛んだからでしょ。しょうがないわね、次は気をつけるのよ?』
「はい……」
『ほら、元気出しなさいよ。失敗は誰にでもあるわ。そうだ、私からとびっきりのお見舞いを送ってあげる』
「お見舞い、ですか? でも、わざわざ遠くから、そんな」
『まあま、楽しみにしてて。じゃあ、もうベッドに戻った方がいいわね。あ、そうだ。通話を切る時は、魔方陣の左端にある渦みたいな模様をこすってね。それから話したくなったら、右にある四角い模様をこするの』
「はい」
『じゃ、お見舞い楽しみしててね』
ウルカがそう言った次の瞬間、魔法陣が放っていた青白い光は、フッと消えてしまった。
カリンは驚きつつも、これからもウルカと話せるかと思うと、よろこびで自然と頬がゆるんでしまう。
カリンはカードをていねいにたたんで元の封筒に入れると、ベッドのサイドテーブルの引き出しに大事にしまいこんだ。




