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野原の小さな魔女  作者: 高菜あやめ
第三部 小さな魔女が見る夢

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(8)

 空を飛びながら、カリンは服の上着をまくって花冠をしまいこんだ。こうしておけば、風に吹かれて白い花弁が散ってしまうのを防ぐ事ができる。


(ウルカ……)


 カリンは、市場で初めて見たウルカの姿を思い出していた。おしゃれなカフェのテーブルをはさんで、イシュと向き合って、楽しそうにおしゃべりしていた。

 離宮で食事をしながら、明るく笑っていた彼女の姿が、カリンの脳裏によみがえる。明るくて、楽しそうで、そして……。


『……もういいわよ、イシュアの偽善者!』


 イシュに向かって投げつけた、あの言葉……あれはどういう気持ちで言ったのか、きいてみたかった。

 でも翌朝、朝食の席でも、門の前で迎えの馬車を待つ間も、他愛の無い話をしては楽しげな笑い声を立てるウルカに、カリンはとうとう切り出せなかった。

 友達かと問われれば、少し違う気がする。それでも、胸が痛むのだ……彼女とイシュがケンカして、そのまま別れてしまったことを思うと。

 それはきっと、ウルカがイシュを好きだと気づいたから。好きなのに、もうここには帰ってこない。もうイシュと一緒にいられないから。

 ウルカの立場が、もし自分だったらと想像するとたまらない気持ちになる。


(イシュが好きなのに、もう会えないの? お嫁に行ってしまうの……ウルカ)


 眼下に広がる北の渓谷を抜けると、やがて森へと続く大きな一本道が見えてきた。そこを、砂煙を立てながは走る、一台の大きな馬車を先頭に、数十頭の馬に乗った騎士らしき人たちが続く。


(きっと、あれだわ)


 カリンは高度を下げて、低空飛行に入ると、馬車の窓からのぞくウルカの横顔をとらえた。


(ウルカ、気づいて……!)


 ふとウルカの目が窓の外に向けられ、そしてそれが大きく見開かれた。その数秒後には、馬車の走る速度がガクリと落ち、やがて道の中央でとまった。


「カリン!」


 馬車から飛び降りた、白いドレス姿のウルカは、上空に向かって大きく手を振った。カリンはホウキを傾けて更に下降すると、少し危なっかしい様子で、ウルカの前にふわりと降り立った。


「追いつけた……よかった」

「わざわざ追ってくるなんて、一体どうしたのよ?」

「だってウルカ、もう戻ってこないかもしれないって聞いたから……だから私、どうしても渡したいものがあるの」

「あ、ちょっとあんた、ふらふらじゃないの!」


 魔力を目一杯使って飛んだせいか、カリンは体中から力が抜け、足もとがふらついた。それでも震える手で、上着の中から花冠を取り出す。


「これを渡したくて」

「この花冠を、あたしに?」

「うん……『幸せな夢をあなたに』」


 カリンは背伸びをして、両手に掲げた花冠をウルカの頭に乗せた。ウルカはちょっと首をすくめると、ニッといつもの勝気な笑みを浮かべた。


「『夢の花冠』って言うの。昔からある魔法で、夜枕元に置いておくと、良い夢が見れるって母さんが教えてくれました」

「へえ……じゃあさっそく今夜から使おうかな」

「はいっ、あ、でも……」


 カリンは焦ったように両手を伸ばした。


「ま、まだ魔法、かけてなかった……ちょっと待って」

「いいわよ」

「え、でも……」


 ウルカはにっこり笑った。


「このままでもじゅうぶん効果あるわよ、きっと。だって、あんたが必死にホウキに乗って、わざわざここまで運んでくれたんだもの。もうとっくに、いい魔法がたっぷりこめられているわ」

「ウルカ……」

「あたしはね、たくさん夢があるのよ」


 両手を広げたウルカは、晴れやかな表情で大空を仰ぎ見た。


「あんたがこれを届けてくれたから、たくさんある夢の一つが叶ったわ……『大好きな女の子の友達が出来ること』。あたし、あんたと友達になれたのよね、魔女さん?」

「も、もちろんですっ……!」

「ふふ、よかった」


 後ろ手を組んで、笑顔を浮かべるウルカに、カリンもつられて笑顔になった。その周囲では、従者や騎士達が温かい目で、二人の様子を見守っていた。


「北の国って、どんな所?」

「うーん、私も初めて行くから、あまりよく分からない。でも噂では、ずいぶんと寒いところみたいよ? なんでも雪降る冬に、婚礼をあげる習慣があるんですって。ロマンティックよね、雪の中での結婚式なんて」


 雪が降るのは、何も北の国に限ったことではない。アーンシェでも雪は時折見られる……しかし雪が深くなるのは、主に山岳地帯の高地であり、町や森では滅多に積もる事がなかった。


「今年雪が降ったら……国をあげて式をおこなうって言われたわ」

「相手の人って、王子様?」

「そうよ。結構ハンサムらしいの。しかも、とってもやさしい方なんですって」


 そう言ってから、ウルカはチラリと舌を出して見せた。


「でも、やさしすぎる男は駄目ね。魔女さんも気をつけなさい……結構傷つくんだから」

「?」

「だって好きな人には、自分にだけ特別やさしくして欲しいものでしょ?」


 ウルカはそう言って、軽やかに笑って見せた。


「さ、もうお行きなさいな。無事飛んで行けるか、私がここから見ててあげるから」


 カリンは名残り惜しげに、それでも言われた通りホウキにまたがると、ウルカはほっとしたような表情でうなずいた。


「元気でね」

「うん」

「イシュアにも、よろしくね」

「うん……あの、もう仲直りしたんですか」


 カリンは真剣な顔で、目を丸くしているウルカを見つめた。


「もちろん、イシュアは今でも大事な友達よ」

「よかった……!」


 カリンはその言葉に安心して、地面を大きく蹴ると、フワリと旋回するようにして上空へ舞い上がった。

 互いの姿がだんだんと小さくなると、ウルカの表情が一瞬クシャリと、泣き出しそうにゆがめられたのが見えた。カリンも泣きたくなったが、涙をこらえて手を振った。


「……早く行きなさい! 魔力を使い果たしちゃうわよ。ほら、早く飛んでって!」


 切れ切れに届いた涙声は、しばらくカリンの頭の中に響いて離れなかった。






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