(7)
週末の昼下がり、カリンは野原の真ん中に座りこんで、シロツメグサの冠を編んでいた。
幼いころ母親に教わったこの花冠は、ちょっとだけ魔法をかけると、素敵な夢を見ることができる……カリンが一番最初に覚えた魔法だ。
(『幸せな夢をあなたに』ってプレゼントするのよ)
母親の笑顔が脳裏に浮かび、カリンは懐かしい気持ちになった。夢見の悪かった翌日は、必ず母親がこの『夢の花冠』を編んでくれた。『夢の花冠』を枕元において寝た夜は眠りが深く、翌日はすっきりとした、幸せな気分で目を覚ますことができた。
しかし、その時見た夢を覚えていたためしはなかった。この魔法の効能は、単に安眠を促すものに過ぎず、良い夢とか、ましてや自分が望む好きな夢を見れるわけではないのだ。
まるで子供のおまじないのような『夢の花冠』の魔法は、それでも昔から魔女たちの間で愛され、受け継がれてきた古い魔法の一つだ。
カリンは出来上がった花冠をかぶると、物思いに沈むようにうつむいた。
気だるい初夏の風が頬を撫で、日の光がひざに置いた両手を優しく包み込む。まどろむ時間に身を任せ、眠りに落ちそうになったその時。
「魔女さん、眠っているの?」
「わっ!」
耳元でやさしくささやかれ、あわてた顔を上げたカリンは、頭から花冠を落としてしまった。イシュは「驚かせてゴメンね」と、申し訳無さそうに花冠を拾い上げる。
「はい、どうぞ。こんなところで寝たら、風邪をひいてしまうよ?」
イシュの手で、再び頭に花冠を乗せられた。長い指先が、カリンの頬を慈しみこめて撫でる。
「可愛いね。花の妖精みたいだ」
「そんなこと、ないです……」
カリンは真っ赤になって首を振る。うれしいけど、恥ずかしくて、心がふわふわ落ち着かない。
イシュはしばらくカリンを見つめていたが、やがてマントの内ポケットから一通の封筒を取り出した。
「これ、ウルカから預かってきたんだ。魔女さんにって」
「ウルカから?」
「うん。開いてごらん」
カリンが封筒を受け取ると、イシュはその隣に寄り添うようにして腰を下ろした。中から出てきた小さな紙片には、文字の代わりに紋章のような、円形の模様が描かれていた。
「ウルカの島に伝わる、幸運の印だよ。よく旅人に贈られるそうだ」
「きれい」
カリンはほうっとため息を漏らした。イシュは「そうだね」と同意を示すと、まるで小さな子をあやすようにカリンの頭をそっと撫でた。
「ウルカは、今朝旅立ったんだ。北の国へ向けて」
「え、旅立った?」
「うん」
「いつ戻ってくるの?」
「たぶん、もう戻ってくることはないと思う」
昨日の朝方に、離宮でウルカと別れたばかりだったカリンは、突然の話しに目を大きく見開いた。
(どうして、そんな急に!?)
離宮の正門で、迎えの馬車から笑顔で手を振ってくれたウルカ……旅に出るなんて、しかももう戻ってこないなんて、知らなかった。
「ウルカはね、お嫁に行ったんだよ」
「お嫁……?」
「彼女のお父上の、たってのご希望でね」
「……お父さんの……」
カリンは大きな瞳を揺らすと、自然と湧き出る涙をおさえられなかった。イシュは両手でカリンの頬を包み込むと、なだめるように額に小さくキスを落とす。
「泣かないで、魔女さん」
「だって……私、ちゃんとさよなら言えなくって……」
「ウルカは悲しい別れが嫌いなんだ。とってもプライドの高い人だから、泣くところを人に見られたくなかったんだよ」
(ねぇ、魔女さんの夢って何?)
あの晩ウルカに問われた言葉が、脳裏によみがえる。
(ウルカの夢って何だったの?)
父親の希望で嫁ぐのなら、そこに自分の意思があるのだろうか? 彼女は望んで旅立ったのだろうか?
それともウルカの夢は、どこか別の場所にあって、かなえるのが難しいのだろうか。
カリンは切ない気持ちで顔を伏せた。頭からすべり落ちた花冠が、両手にパサリと落ちる。
「……ウルカは今朝、北の国へ旅立ったんですよね?」
「そうだよ」
「北……」
カリンはかたわらのホウキをつかむと、花冠を手にすくっと立ち上がった。
「魔女さん? まさか……」
カリンはスカートについた葉を払って、ホウキにまたがると、大地を大きく蹴って空高く跳ね上がった。
イシュは呆然として、空に浮かぶカリンを見上げた。だがカリンが手を振ると、苦笑気味に手を振り返してくれた。
「私、追いかけてみます……私もウルカに、渡したいものがあるから!」
カリンは、地上のイシュに向かってそう叫ぶと、北の空へ向けて真っ直ぐに飛んでいった。




