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野原の小さな魔女  作者: 高菜あやめ
第三部 小さな魔女が見る夢

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(7)

 週末の昼下がり、カリンは野原の真ん中に座りこんで、シロツメグサの冠を編んでいた。

 幼いころ母親に教わったこの花冠は、ちょっとだけ魔法をかけると、素敵な夢を見ることができる……カリンが一番最初に覚えた魔法だ。


(『幸せな夢をあなたに』ってプレゼントするのよ)


 母親の笑顔が脳裏に浮かび、カリンは懐かしい気持ちになった。夢見の悪かった翌日は、必ず母親がこの『夢の花冠』を編んでくれた。『夢の花冠』を枕元において寝た夜は眠りが深く、翌日はすっきりとした、幸せな気分で目を覚ますことができた。

 しかし、その時見た夢を覚えていたためしはなかった。この魔法の効能は、単に安眠を促すものに過ぎず、良い夢とか、ましてや自分が望む好きな夢を見れるわけではないのだ。

 まるで子供のおまじないのような『夢の花冠』の魔法は、それでも昔から魔女たちの間で愛され、受け継がれてきた古い魔法の一つだ。

 カリンは出来上がった花冠をかぶると、物思いに沈むようにうつむいた。

 気だるい初夏の風が頬を撫で、日の光がひざに置いた両手を優しく包み込む。まどろむ時間に身を任せ、眠りに落ちそうになったその時。


「魔女さん、眠っているの?」

「わっ!」


 耳元でやさしくささやかれ、あわてた顔を上げたカリンは、頭から花冠を落としてしまった。イシュは「驚かせてゴメンね」と、申し訳無さそうに花冠を拾い上げる。


「はい、どうぞ。こんなところで寝たら、風邪をひいてしまうよ?」


 イシュの手で、再び頭に花冠を乗せられた。長い指先が、カリンの頬を慈しみこめて撫でる。


「可愛いね。花の妖精みたいだ」

「そんなこと、ないです……」


 カリンは真っ赤になって首を振る。うれしいけど、恥ずかしくて、心がふわふわ落ち着かない。

 イシュはしばらくカリンを見つめていたが、やがてマントの内ポケットから一通の封筒を取り出した。


「これ、ウルカから預かってきたんだ。魔女さんにって」

「ウルカから?」

「うん。開いてごらん」


 カリンが封筒を受け取ると、イシュはその隣に寄り添うようにして腰を下ろした。中から出てきた小さな紙片には、文字の代わりに紋章のような、円形の模様が描かれていた。


「ウルカの島に伝わる、幸運の印だよ。よく旅人に贈られるそうだ」

「きれい」


 カリンはほうっとため息を漏らした。イシュは「そうだね」と同意を示すと、まるで小さな子をあやすようにカリンの頭をそっと撫でた。


「ウルカは、今朝旅立ったんだ。北の国へ向けて」

「え、旅立った?」

「うん」

「いつ戻ってくるの?」

「たぶん、もう戻ってくることはないと思う」


 昨日の朝方に、離宮でウルカと別れたばかりだったカリンは、突然の話しに目を大きく見開いた。


(どうして、そんな急に!?)


 離宮の正門で、迎えの馬車から笑顔で手を振ってくれたウルカ……旅に出るなんて、しかももう戻ってこないなんて、知らなかった。


「ウルカはね、お嫁に行ったんだよ」

「お嫁……?」

「彼女のお父上の、たってのご希望でね」

「……お父さんの……」


 カリンは大きな瞳を揺らすと、自然と湧き出る涙をおさえられなかった。イシュは両手でカリンの頬を包み込むと、なだめるように額に小さくキスを落とす。


「泣かないで、魔女さん」

「だって……私、ちゃんとさよなら言えなくって……」

「ウルカは悲しい別れが嫌いなんだ。とってもプライドの高い人だから、泣くところを人に見られたくなかったんだよ」


(ねぇ、魔女さんの夢って何?)


 あの晩ウルカに問われた言葉が、脳裏によみがえる。


(ウルカの夢って何だったの?)


 父親の希望で嫁ぐのなら、そこに自分の意思があるのだろうか? 彼女は望んで旅立ったのだろうか?

 それともウルカの夢は、どこか別の場所にあって、かなえるのが難しいのだろうか。

 カリンは切ない気持ちで顔を伏せた。頭からすべり落ちた花冠が、両手にパサリと落ちる。


「……ウルカは今朝、北の国へ旅立ったんですよね?」

「そうだよ」

「北……」


 カリンはかたわらのホウキをつかむと、花冠を手にすくっと立ち上がった。


「魔女さん? まさか……」


 カリンはスカートについた葉を払って、ホウキにまたがると、大地を大きく蹴って空高く跳ね上がった。

 イシュは呆然として、空に浮かぶカリンを見上げた。だがカリンが手を振ると、苦笑気味に手を振り返してくれた。


「私、追いかけてみます……私もウルカに、渡したいものがあるから!」


 カリンは、地上のイシュに向かってそう叫ぶと、北の空へ向けて真っ直ぐに飛んでいった。






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