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野原の小さな魔女  作者: 高菜あやめ
第三部 小さな魔女が見る夢

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(6)

 どのくらい眠っていたのだろう。カリンは、ふいに眠りから覚めた。

 覚醒したばかりなのに、意識ははっきりして、体も羽根のように軽い。何か奇妙な夢を見ていた気もするが、思い出そうとしても、手のひらでつかもうとした砂のように、さらさらと記憶の狭間から零れ落ちてしまう。


(ウルカがいない……?)


 カリンはベッドから飛び降りると、からっぽになった寝床に首をひねる。さっきまで一緒に寝ていたはずなのだが、いつの間に抜け出したのだろう。


(私、寝ぞう悪かったかな……)


 とても一緒に寝てられないと、他の部屋のベッドへ移動したのかもしれない。ちゃんとどこかのベッドにたどり着けたのだろうか、もしかしたらどこかで寝落ちて、風邪でも引いたら大変だ。

 心配になったカリンは、裸足のまま部屋を出ると、長い廊下をキョロキョロしながら歩く。辺りは昼間見た様子と、だいぶ違っているように思え、ちょとだけ身震いした。

 壁に掲げられた彫刻が、廊下の中央に渡る敷物に、長い影を落としている。天井を見上げると、所々に小さな窓があって、そこから月の光が床へとこぼれ落ちていた。

 ふいに、なにやら話し声が廊下を曲がった向こうから聞こえてきた。カリンは足を止め、じっと耳を澄ます。


「……君の気持はうれしいよ、ウルカ。でも」

「わかってるわよ。うれしくなんかないんでしょ? 本当は迷惑なんでしょ。それを……」


 どうやらイシュとウルカのようだ。カリンは立ち聞きは良くないと思いつつ、吸い寄せられるように声のする方角へと歩いてしまう。廊下が折れた突き当たりには、美しいアーチ型の天井を持つ円筒状の部屋があって、その床に二つの影がのびていた。


「……もういいわよ、イシュアの偽善者!」


 ウルカの高い声が響き、そして一つの影が滑るように闇へと消えていった。カリンは呆然とその場に立ちすくんでいたが、やがて残されたもう一つの影が、身じろぐように動いた。


「……魔女さん? そこにいるの?」


 イシュのやわらかな声に呼ばれて、少しホッとする。

 部屋の中央には、月明かりを浴びたイシュの姿が、暗闇の中でほのかに光っていた。その顔は微笑んではいるものの、少しだけやつれたようにも見える。

 カリンは近づくのが少しだけためらわれ、足を止めたが、イシュの方からカリンに手を差し伸べた。


「こっちへおいで」

「……」

「どうしたの、魔女さん?」


 カリンは迷いながら、おずおずと口を開いた。


「ウルカとケンカしたんですか」

「え……」

「ウルカ、なんだか怒ってるみたいだった……」


 カリンは、先ほどウルカが出て行った扉に目を向けた。扉は暗闇の中、拒絶するかのように閉ざされている。


「……ギゼンシャって、どういう意味ですか」

「うーん……そうだね」


 イシュは少し困ったように微笑むと、カリンの小さな体を抱き上げた。そのまま片足を引きずるようにして窓辺へと向かい、薄いカーテンの陰に設えた椅子にドサリと腰を下ろした。

 腕の中で身じろぎしたカリンに、イシュは憂いを帯びた微笑を傾けた。


「あの……」

「ウルカの事、怒らせちゃったみたいだ。困ったね」


 イシュは憂いを含む横顔で、窓へと顔を向けている。


「会って話すと、いつも怒らせてしまうんだ。考え方が違うから、仕方ないのかな」

「考え方?」

「ウルカは、僕の考え方が嫌いみたいだ。彼女はとても正直で、真っ直ぐな人だから」


 そこで口を閉ざしたイシュは、腕の中のカリンを静かに見下ろす。カリンはうまく理解できず、イシュから目をそらした。


(ウルカが正直で、真っ直ぐな人のは分かる。でもどうして、イシュの考え方が嫌いなのかな。イシュの考え方って、どんなのかしら?)


 カリンは押し黙ったまま悩んでいると、思いがけず耳元でイシュの低く囁く声が響いた。


「ねえ魔女さん……僕のこと、どう思っている?」

「えっ」

「僕のこと好き?」


 カリンはあっけに取られて、イシュの顔をまじまじと見つめた。ウルカといい、今夜はどうして同じ質問をきかれるのだろう? しばらくぼう然としていたカリンだが、はっと我に返ってコクコクと頷いた。


「そっか……」


 イシュの苦笑まじりの小さな呟き声に、カリンはますます困惑してしまう。


「ありがとう、こんな僕を好きでいてくれて」


 カリンは驚きのあまり、イシュのひざから飛び降りた。


「私だけじゃないです。みんな、イシュの事好きです。シモンズさんだって、王様だって、シェリマさんだって……その、ウルカだって」

「……」

「ウルカだって、本当はイシュの事好きです。きっときっと、好きです……」


 語尾が少々弱々しくなり、カリンは唇をかんでうつむいた。大人っぽくて明るくて、とても綺麗で魅力的なウルカ。市場のカフェで、イシュと楽しそうにおしゃべりしていたウルカ。

 どうしようもなく、不安で嫌な気持ちが、カリンの胸にじわりと広がっていくのが止められない。それは『嫉妬』と呼ばれる感情で、幼いカリンが初めて味わう気持ちだった。






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