(5)
「ウルカはシモンズと同じ、南の島の出身なんだ。シモンズはアーンシェに来る前は、ウルカのお父上であるグレナドス公の屋敷に勤めていたんだ」
イシュの説明に、カリンは戸惑いながら小さくうなずく。ウルカはそんなイシュとカリンを、面白そうに見比べていた。
やがて食事が始まると、カリンは目の前のご馳走に目を奪われた。シモンズに取り分けてもらった料理を、遠慮なく次々と平らげていく。
「そんなに小さいのに、よく食べるわねえ。あたしだって結構食べる方だけど、あんたには負けるかも」
ウルカは感心したように、カリンの食べっぷりを褒めた。その言葉からは、ちっとも嫌な響きを感じられず、むしろカリンは親しみを覚えた。大きな肉の切れを咀嚼しながら、カリンはようやくウルカに笑顔を向けた。
カリンの隣に座って、終始おだやかな笑顔を浮かべていたイシュは、ふと何かに気づいたように手をのばすと、カリンの頬にやさしく触れた。
「魔女さん、ソースがついてる。ほら、ここ」
「んっ」
イシュは、カリンの顎についた肉のソースを、指先でふき取った。
「そんなにあわてて食べると、のどにつかえちゃうよ」
「へーき、らいひょうふ……」
「ほら、お水も飲んで」
カリンは従順にイシュの手から水の入ったカップを受け取ると、中身を一気に飲み干した。
「……ゴホッ、ゴホゴホ」
「ほら、あわてないで! シモンズ、何か拭く物を……」
給仕の為に控えていたシモンズは、こみあげる笑いを噛み殺しながら「はい、どうぞ」とナプキンを差し出した。イシュはそれを受け取ると、むせて目を白黒させているカリンの顔を、甲斐甲斐しく拭き始めた。そこで、とうとうウルカも笑い出してしまった。
「やっだイシュアってば、保父さんにでもなるつもり? 似合わなすぎ」
イシュは心持ち頬を赤らめると、少々気まずそうな表情で笑い転げるウルカをにらんだ。カリンは涙目で「もう、だいじょぶ、です」と、息も絶え絶えにイシュの手を押しやり、ウルカに「失礼して、ごめんなさい」と自分の無作法を詫びた。
「気に入ったわ、この子」
ウルカは弾むような声音でそう言うと、テーブルに身を乗り出した。
「決めた! 今晩は一緒にここにお泊りしましょうよ、ね?」
「え……で、でも」
「あんた一人暮らしなんでしょ? あたしは自分の屋敷に使いを出すから問題ないわ。この城、これだけ広いんだから、部屋は十分過ぎるほど余っているわよ。ねえ、イシュア?」
イシュは肩をすくめると、シモンズと顔を見合わせ「仕方ないなぁ」と苦笑する。
「二人とも、続き部屋でいい?」
「何言ってんの、おんなじ部屋に決まってんじゃない。女の子なんだから、一緒のベッドで夜通しおしゃべりするの!」
「それなら、大きいベッドが入っている部屋がいいね。たしか上の階に、そういう部屋があったな……」
カリンはおろおろしながら、イシュとウルカのやり取りを聞いていたが、やがてウルカに腕を取られ、半ば引きずられるようにして寝室へと向かった。
「ねぇ、あんたの夢って何?」
二人並んで寝転がっても、まだ余裕がたっぷりある大きなベッドの中で、ウルカは小声で囁いた。薄い紗のカーテン越しに、月の光が差し込む寝室は、静かでおだやかな空気に満ちていた。
「夢?」
「そ。将来こうしたいな、こうなったらいいな、っていうの」
用意されたおそろいの寝巻きは、ウルカには少々小さく、カリンには少々大きいといった具合だ。カリンはぶかぶかする袖で口元を押さえると、考え込むように黒いまつ毛を伏せた。
「イシュが、杖を使わなくても歩けるようになる、そんな魔法薬が作れたらいいなって、思います」
ウルカは違う違う、と首を振った。
「それはイシュアが、こうなったらいいなって事でしょ? あたしは、あんた自身がどうなりたいのかきいてるの。将来どんな魔女になるつもり?」
「どんな魔女って、魔女に種類ってあるんですか?」
「修行さえ積めば、色んな選択肢があるわよ。魔導師になって王宮に勤めるって手もあるわ。癒しの魔法に長けていたら、魔法医師にもなれるし……先見の能力があったら、神殿仕えもできるのよ」
カリンは感心したように、ウルカの説明を聞いていたが、中でも魔法医師という言葉にひかれた。魔法医師になれば、イシュの足も治せるだろうか。
「今、魔法医師になって、イシュアの足を治したいって思ったでしょ?」
「……!」
「まったく、あんたの頭の中は、イシュアのことばっかりね。そんなにイシュアのこと好き?」
「はい、好きです」
カリンが迷わずはっきりと答えると、なぜかウルカはクスクス笑って「まだまだ、ね」と訳の分からないことをつぶやいた。カリンはその言葉の意味を聞きたかったが、なぜか急にとても眠くなってしまい、そのまま眠りに落ちていった。




