(3)
翌日、いよいよカリンは学校へ登校した。
「今日から皆さんと、一緒にお勉強するカリンですよ。さあカリン、ご挨拶をどうぞ」
担任のエルシア先生は、女性にしては大柄な身体をまっすぐ伸ばして教壇の上に立つと、ハキハキした口調で隣に立つカリンを紹介した。
週明けのクラスは、どことなく落ち着きがないうえ、見慣れぬ新しい同級生に興味しんしんだった。カリンは緊張気味に、小さな声を「カリンです……西の森からきました」と言うのが精一杯だった。
「西の森って、遠くない?」
「俺、一人で行った事あるぜ!」
「ばーか、お前が行ったのは、西の森のずっと手前の林だろ?」
「あそこ、キノコがたくさん生えているのよね。でも全部毒キノコだってママが言ってたわ」
「えー、食べられるキノコもあるよ」
好き勝手にしゃべりだした子供たちに、先生は「静かにしなさい!」と一喝する。
ようやく静かになったクラスでは、再び子供たちの視線がカリンの顔に集まった。カリンがもじもじと困ったように口を閉ざしていると、ふいに一番後ろの席からレアスが立ち上がった。
「カリンは西の森に住む、魔女なんだぜ」
レアスが得意げにそう言うと、教室の中は一気に興奮に包まれた。
「本当!?」
「魔女だって!」
「私、初めて見た」
あちこちから声が上がると、カリンはさらに真っ赤になってうつむいてしまう。そのときエルシア先生が、助け舟を出してくれた。
「ほらほら、みんな静かに。今じゃめずらしくなったけれど、みんなのおじいさん、おばあさんが子供の頃は、この辺りにも何人か魔女が住んでらしたそうよ」
「先生、魔女ってなにをするの?」
「魔女の方たちは、病気やけがに良く効く魔法薬を作ってくれるの。でも普段は、皆とさほど変わらない、普通に生活しているのよ」
「でも先生、魔女って空を飛ぶんでしょ?」
一番前に座る小柄な男の子はそう言うと、カリンに好奇の目を向けた。エルシア先生は「ええ、そうね」と、のんびりした調子で相づちを打つ。
「魔女の方たちはホウキで飛べるから、遠くにいる病気の人にも、大事なお薬を運ぶことができるのよ。それはとても素晴らしい事だと思うわ。さいきんでは魔女が減ってきているそうだから、カリンはこれから皆と一緒にたくさんお勉強をして、将来一人前の魔女になってもらわなくてはね?」
エルシア先生は、不安げなカリンの顔をのぞきこむと、軽くウインクしてみせた。それからカリンを空いている、後ろの席に座るようやさしく告げた。
「では、昨日の続きから始めましょう。各自、本を開いて」
授業が終わると、子供たちはめいめいお弁当を持って、教室の裏手に広がる原っぱへと向かった。カリンは、ルイーゼとマーリンと一緒に、木陰の下でお昼ご飯を食べることにした。
「それにしても、カリンが魔女だったなんて、びっくりしたわ」
ルイーゼの言葉に、カリンは顔を赤くする。三人は草の上に足を投げ出し、サンドウィッチや林檎の入った包みをひざの上に広げていた。
「ところで来週は、算数のテストがあるよ。あーあ、やだなあ。まったく誰が発明したんだろう、あんなたくさんの計算式なんて。普通に生活していたら、絶対使わないじゃない」
マーリンがうんざりしたようにため息をつくと、隣でサンドウィッチを手にしたルイーゼがクスクス笑った。
「私は算数、結構好きだな。テストは大嫌いだけど。カリンは?」
「私も算数は嫌いじゃないわ。でも、文字を覚える方が楽しいかも」
カリンはちょっと首をすくめながら、自分のサンドウィッチの端をかじった。中は蜂蜜で煮付けた木の実がタップリはさんであって、ルイーゼとマーリンがうらやましそうにのぞきこむ。
「すごーい、それ自分で作ったの?」
「ええ。でもこれ、すごく簡単なの。蜂蜜で煮るだけだもん。たくさん作っておくと、朝ごはんのパンに塗ったりできるから便利なの」
「へー、カリンってお料理上手なのね」
ルイーゼは「ところで」と身を乗り出す。
「カリン、レアスと知り合いなの?」
「え、レアス? うん、まあ……友達かな」
「へー、そうなんだ! 他の女の子たちがうらやましがるよ、きっと」
「どうして?」
「だってレアス、かっこいいじゃない。他の男の子みたいに、女の子いじめたりしないし」
カリンはきょとんとしながら、ルイーゼの言葉に耳を傾けた。ルイーゼの説明によると、レアスはすでに十二の年から学校へ通っているらしく、今年で二年目なのだそうだ。
「ルイーゼは、いっつもこうなの。男の子なんてつまらないのに」
「マーリンは私と違って、まだ子供なのよ。今に分かるわ」
「そうかなぁ、ウルカぐらい大人っぽいならまだしも、ねぇ?」
クスクスと笑うマーリンに同意を求められ、カリンは「え」と首をかしげた。
「ほら、このあいだ市場で見たでしょ。カフェにいた赤毛の……胸がこう、大きくってさ」
「あ……」
「確かにウルカは大人っぽいわね。あれで私やカリンより、たった一個上だなんて信じられる?」
「一個上って、十五!?」
ルイーゼの言葉に、カリンは思わず声を上げた。自分とたった一つしか年が違わないのに、あんなに大人っぽいなんて!
「なんか王子とお似合いだったわね、美男美女で」
ルイーゼの言葉に、カリンは納得しつつも、なんだか沈んだ気持ちになってしまった。




