(2)
かけよってきたのは、ちょうどカリンと同じ年頃の女の子たちだった。シモンズは大きな手を腰にあて、からかうような表情で女の子たちを見下ろす。
「ルイーゼ、それからマーリンも。また無駄使いしにきたんですかい?」
「無駄使いじゃないわよ、私たちちゃあんと文房具買いにきたんだもんね」
女の子の二人組みは「ねー」と、仲良さげに顔を見合わせて声をそろえた。カリンは緊張に身を固くすると、シモンズの後ろからそっと顔をのぞかせて様子を見つめる。
やがてルイーゼと呼ばれた女の子がカリンに気づくと、くったく無くにっこりと笑いかけてきた。シモンズは「ああ、そうだ」と、しりごみするカリンを前に押し出した。
「こちらはカリンお嬢さんだよ。来週から、皆と同じ学校へ通うことになってましてね。仲良くしてあげて下さいよ?」
女の子たちは、じいっとカリンを見つめる。カリンは勇気をふりしぼって「こんにちは」と挨拶をすると、ルイーゼはそばかすだらけの頬に大きな笑顔を浮かべた。
「ね、ここにはよく買い物しに来るの? 私とマーリンは、しょっちゅう来るんだけど」
「ううん、初めて。今日はシモンズさんについてきただけ」
「そうなんだ。よかったら、シモンズが買い物している間に案内するよ。お気に入りのお店とか、カワイイ物がたくさんあるお店教えてあげる」
カリンは上気した頬でシモンズを見上げると、シモンズは「行ってくるといいですよ。我輩はまだ時間がかかりそうですから」と笑って見せた。
「じゃあ、行こう」
そう言ってルイーゼがカリンの手を取り、女の子たちは楽しげな笑い声を立てながら、連れ立って歩き出した。
「ね、カリンはいくつなの?」
ルイーゼにたずねられて、カリンは「十四」と答える。
「でも私、初めて学校行くから、たぶん一番下のクラスだと思う」
「そうなんだ。じゃあマーリンと同じクラスだね。マーリンは十三だけど、半年前から学校に通い始めたばかりなの。私は一つ上のクラスだけど、一年生と二年生は人数が少ないから、教室が一緒なんだよ」
ルイーゼの隣を歩くマーリンは、カリンに向かってニッと笑いかけた。こげ茶色の髪は男の子みたいに短く、同色の瞳をくるくると悪戯っ子のように動かす。細く華奢な身体はしなやかで、まるで妖精のようだわ、とカリンは思った。
「あたし勉強嫌いなんだけど、母ちゃんが絶対に本は読めるようになれってうるさくってさ。それで仕方なく学校行ってるんだけど、ルイーゼが一緒だから学校もそう悪くないよ」
マーリンの言葉に、カリンは大きく目を見開いた。カリンは学校も勉強も、楽しみでしょうがないのに……一日も早く難しい本が読めるようになりたいと思っているのに、そうじゃない子もいると知って驚いた。
「あ、ウルカがいるよ」
ルイーゼは「ほら、あれ」と、通りに面したカフェを指をさした。とつぜんの言葉にカリンはきょとんとしたが、次の瞬間はっと息を飲んだ。
そこは少し高級そうな店構えで、大きな入口からのぞくカウンターには、シモンズが作るようなお菓子が行儀よく陳列しているのが見える。屋根のついたテラスには、三組ほどテーブルセットが置かれ、その一つに赤い髪に小麦色の肌をした女の子が座っていた。そして、その向かいにはなんとイシュが座っていたのだ。
「ウルカの向かいに座ってるの、あれイシュアレール王子でしょ。お忍びだろうけど、あれで変装しているつもりなんて、笑っちゃうわ」
「マーリンってば、失礼だよ? でもたしかに、王子って何を着ててもすぐ王子って分かっちゃうわね。あれだけハンサムだから無理もないけど」
マーリンとルイーゼの会話を耳にしながら、カリンはぼんやり目の前の光景を見つめていた。それは確かにイシュであり、ウルカと呼ばれる女の子が熱心に話しているのを、微笑を浮かべながら聞いている。
優雅に足を組んで座るイシュは、濃紺のシンプルなシャツをまとい、同色の帽子を深くかぶっているため、目立たない装いと言えなくもない。だが実際その様子は、どうしようもなく優美で、到底一般市民には見えなかった。
一方のウルカは、腰までとどく赤銅色の美しい髪を垂らし、鮮やかな色合いのドレスを着ていた。顔は華やかで明るく、切れ長の緑の瞳がとても魅力的な女の子だ。年の頃は十七、八だろうか。
目の前の光景に、カリンは落ち着かない気持ちになった。これ以上見たくなくなって、ルイーゼとマーリンの腕を取ると「あっちのお店、見に行かない?」と、逃げるようにその場を離れた。




