(12)
カリンの振りまいた薬草の粉は風に乗り、甲板に立つ男たちをバタバタとなぎ倒していった。想像をはるかに超える威力に、カリンは目を丸くする……まさか薬草と魔力が組み合わせると、こんなにも強い効力を発揮するとは。
しかし異常事態に気づいた者達が、次から次へと駆けつけてきた。いったいこの船には、何人の海賊が乗っているのだろう。カリンは絶望的な気持ちで、空っぽの小瓶を握りしめる。
「魔女だ、まだ小娘だぞ!」
「引きずり下ろせ!」
カリンは精一杯マストにしがみついていたが、強風に煽られて、あっけなく吹き飛ばされてしまった。
(落ちる……!)
カリンは風に乗るよう、意識を集中させた。そのお陰で、大きな音を立てて落ちたわりには、体への衝撃はかなり緩和された。全身打ちつけたものの、かろうじて意識は保てた。
ただ身体を動かそうとした途端、右腕に激痛が走った。横向きに落ちたせいか、すべての衝撃が片側に集中してしまい、下敷きになった右腕をひどく痛めてしまったようだ。
「ううっ……」
倒れ伏した状態で視線だけ上げると、大振りの刀を手にした屈強な海賊たちに、逃げられないようグルリと取り囲まれていた。
「なんだ、ちっこい娘っ子だぜ」
「油断するな、あいつら全員魔法でなぎ倒したんだぞ」
「誰か、おかしらに報告してこい!」
「とりあえず、動けねえようにしておくか」
前歯が欠けた髭面の大男が刀をふりかざし「左足にしとくか」と耳障りな笑い声を立てた。カリンは逃げようとしたが、体がすくんで動けない。
刀が振り下ろされる刹那……キイン、と硬質な音が辺りに鳴り響いた。次に、大きな刀がクルクルと旋回しながら甲板を超え、水音とともに波間に飲まれていった。
「……それ以上、その子に近づくな」
カリンが驚きとともに後ろを振り向くと、そこには銀の防具に身を固め、金色の髪を風になびかせているイシュの姿があった。
イシュの右手には、長いサーベルが握られており、その切っ先がまっすぐ髭面の男の首元にあてられている。
「てめえ、何しやがる!」
海賊たちとイシュは互いににらみあったまま、動こうとしない。
「おい、てめえら剣を引け」
「おかしら!」
イシュの後ろから、ぬっと背の高い男が現れた。その男はやたら飾りの多い、軍服のような上着を羽織り、腰にはたくさんの剣やサーベルをぶら下げている。ボサボサの黒髪に無精ひげをはやしているが、ワシのように鋭い目は、美しい海と同様に青い色をたたえている。
「話はついた。もうこいつらに用はねえ」
「おかしら、照明弾はどうしましょう? まだ打ち上げますかい?」
「馬鹿野郎! 霧の中とはいえ、二発も打ち上げれば十分だ……方角は読めたから、もう船を出せるだろ。分かったらてめえら、とっとと持ち場に戻りやがれ!」
おかしらと呼ばれた男の命令に、甲板にいた海賊たちは蜘蛛の子を散らすように、四方八方へとあわただしく散ってゆく。
「てめえも自分の船に戻れ」
男が顎をしゃくって促すと、その背後に巨大な船が姿を現した。イシュは船を確認すると、ようやくカリンと視線を合わせた。
「けがは?」
カリンが勢いよく首を振ると、イシュは小さくつぶやいた。
「うそつき」
イシュはカリンを抱き上げると、甲板の柵をひらりと越えて、危なげなく隣の船に飛び乗った。そして、もう一方の甲板に立つ男を振り返る。
「ではセラーノ船長、約束は果たしてもらうぞ」
「もちろんだ。少なくとも、この界隈の民間船には手を出さねえよ……ところで、その娘だが」
イシュは一瞬、カリンを抱える腕に、ぐっと力をこめた。
「とんでもねえ魔法を使いやがる。俺の手下の半分が、いまだに倒れたまま起き上がれやしねえ。ちっこいが、お前んとこの魔法部隊のやつか」
イシュはかたい表情で、腕の中のカリンに視線を落とした。
「いや……この子は少し魔法が使える以外、戦いになど縁のない、普通の女の子だ」




