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野原の小さな魔女  作者: 高菜あやめ
第二部 小さな魔女の願い事

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(7)

 国王は後ろ手を組むと、カリンの顔をのぞきこむ。


「先ほどお嬢さんは『私にはどうすることもできない』って言ってましたな? でも、すばらしい魔法を使えると思いますぞ」

「まほう……?」

「大切な人からの、真心こめた言葉が魔法になる。たった一言で、どんなに勇気づけられるか。どんなに慰めになることか。そして、どんなに嬉しく感じることか」


 カリンは目に涙を浮かべて、じっと国王の顔を見つめた。


「その魔法の言葉を、うちの馬鹿息子にかけて下さらんかね?」


 ぱちっ、と瞬きする度に一粒、また一粒とカリンの目から涙がこぼれ落ちる。コクリとうなずくと、また一粒落ちた。

 シェリマは無言のまま腕組みしていたが、カリンが涙を手の甲でぬぐって顔を上げると、腕を解いてカリンに向き直った。

 カリンは深く呼吸して、それから意を決したようにグッと両手をにぎりしめる。


「イシュに会ったら、野原で待ってます、と伝えて下さい」


 シェリマは静かにうなずくと、今度は国王に向かって一礼した。


「出発は夜半、日付が変わるのを待って出航します」

「では、北の水門を使うといい」

「かしこまりました……では魔女の娘、伝言しかと預かったぞ」


 部屋を去っていくシェリマの後ろ姿を見送りながら、カリンはぐっと奥歯を噛みしめる。見送りする者が、泣いてはいけない気がした。

 それに泣いているばかりじゃ、何もできない。自分にできることは、きっと他にもあるはずだから。






「へえ。それじゃシェリマ様に、お会いできたんですかい?」

「はい」


 そっかそっか、とシモンズは嬉しそうな様子でパンの籠をテーブルに置くと、椅子を引いてカリンの正面にどっかりと座った。

 シモンズとカリンは、他の使用人たちと一緒に、厨房の奥にある休憩室で遅い夕食を取っていた。

 本当は国王が、ダイニングホールで夕食を取るよう勧めてくれたのだが、カリンはシモンズと夕食を食べたかったし、何よりそんな仰々しい場所で食事など、とても喉に通らないだろうと思い断った。

 食卓は豪華ではなかったが、お針子の作った綺麗なクッションやテーブルクロスが飾られ、また庭師が摘んできた季節の花が飾られてあったりと、とても温かく居心地が良かった。

 テーブルの横には、大きなソファーやロッキングチェアーが置かれ、それぞれ食後のお茶を飲んだり、寝酒を軽く一杯やったり、さまざまなやり方でくつろいでいた。


「それにしても、シェリマ様はたいしたもんだよ。あの戦いから、まだ半年しか経ってないのに、もうご出陣されるのだからねえ」

「ホントにね。心の傷だって癒えてらっしゃらないだろうに。国王様も酷だよ、少しはお引止めすればいいのにね」

「いやいや、国王様だってお止めしたそうだよ。でも姫様がどうしてもと、おおせになったとか。あんな事があっても、やっぱり血を分けた弟君がご心配なんだろうなあ」


 カリンは小さくちぎったパンを口に運びながら、二杯目のスープをおいしそうにすするシモンズにそっと問う。


「あの、シモンズはシェリマ様のためのケーキを作りに来たんですよね?」

「表向きは、そうですな」

「えっ……どういう意味ですか」


 シモンズは神妙な顔で、飲みかけのスープの皿を、テーブルの向こうへ押しやった。


「シェリマ様のご出陣は、ここにいる口のかたい連中以外、ごく限られた人間しか知らないんです。特に王都に住む市民は、城内では明日にでもシェリマ様のお誕生日祝いが行われていると思ってる……ま、ケーキ作りは、カモフラージュの一部ですな」

「どうして?」

「シェリマ様の、ひいては王子のためですよ」


 シモンズは、つらそうに目を伏せた。


「殿下は王子というお立場ゆえ、一旦公の場で宣言された事は、必ず実行に移さなくてはならんのです。殿下は海賊討伐にご出陣される旨、公の場で宣言された。ですから本来は、シェリマ様の隊が出る幕ではないのです。でもシェリマ様を含め、皆殿下のお身体が心配なのです」


(やっぱり、イシュは無理を押して、戦場へ行ったんだ……!)


 カリンは戦場へ向かうイシュを思い、胸が苦しくなった。

 シモンズも悲痛な顔で、深いため息をつく。


「海賊討伐はもともと、シェリマ様の隊が派兵される予定だったんです。でも殿下は、ご自分の隊が引き受けるとおっしゃられまして……姉君のシェリマ様を、気づかわれた上でのご決断だったんです。でもシェリマ様は、それではご自身のお気が済まないのでしょうな。憐れみはごめんだ、私は私の仕事をすると、かたくなにおっしゃられて……」

「憐れみって……シェリマ様に、一体何があったんですか」


 カリンが疑問を口にすると、部屋の中は静まりかえった。何か悪いことを聞いたのでは、とカリンは不安な気持ちに駆られる。


「あ、あの私、ごめんなさ……」

「いやいや、違いますよ。お嬢さんがあやまる事じゃない」


 シモンズがきっぱりと否定をすると、今度はロッキングチェアーで編み物をしていたメイドの一人が、静かに口を開いた。


「シェリマ様の旦那様は、先の戦で命を落とされたんですよ」


 メイドの顔に、怒りとも悲しみともつかない、複雑な表情を浮かんだ。


「あの男は、我が国アーンシェの敵方に寝返った上、シェリマ様の弟君であられるイシュアレール殿下の部隊を、卑怯なやり方で包囲攻撃したんです。そのせいで殿下は足にあのような、ひどいおけがを……おいたわしい話です」






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