(6)
庭師は泣いているカリンをなだめながら立ち上がらせると、手をつないで一緒に庭を抜け、王宮の台所へ続く勝手口へと連れていった。扉を開けると、中にいた料理人の一人が目を丸くしてカリンと庭師を交互に見比べる。
「陛下、魔女のお嬢さんとご一緒だったんですか?」
「ああ、さっきまで薬草園を案内していたんだよ。ほれ、よそ見していると料理が焦げるぞ」
「あ、しまった」と頭をかく若い料理人のかたわらで、カリンは目を丸くする。
「陛下って……王さま?」
「いかにも。よろしく、魔女のお嬢さん」
カリンはポカンと口を開けると、手をつないだまま国王を見上げた。国王は白髪の混じった太い眉をひょいっと持ち上げ、悪戯っ子のような笑顔を浮かべてカリンを見下ろす。
「実はお嬢さんに、是非とも会ってもらいたい者がおってな……老人の相手はつまらないかもしれんが、もう少しだけ付き合ってくださらんかね?」
国王に連れられるままカリンは長い廊下を渡り、やがて大きな広間に到着した。
閑散として家具が少ないその部屋は、磨きこまれた乳白色の石が床一面に敷き詰められていた。部屋の中央には、細かい彫刻が施された丸テーブル置かれ、その周りを取り囲むように、光沢ある絹張りの椅子が数点鎮座している。
カリンは、国王に椅子を勧められて腰を下ろすと、落ち着かない様子で室内を見回した。
室内にはカリンと国王の他に、剣を下げた護衛官らしき者たちか数名、いかめしい顔で立っている。そしてテーブルの横には、真面目そうな中年の護衛官が直立不動で二人を出迎えた。
「シェリマを呼んでくれ」
王の言葉に、護衛官は無言で一礼すると、背筋を伸ばしたままクルリと踵を返して、スタスタ部屋を出て行った……カリンはその姿をながめながら『まるでゼンマイ式のお人形みたい』とこっそり思った。
それほど待たずに、扉の向こうから硬質な足音が聞こえてきた。次に扉が大きく開き、背の高い人物が現れた。
「父上、お呼びですか」
現れた人物は、物々しい格好をしていた。肩や手首、ひざに至るまで銀色に輝く防具で固め、その下は飴色のなめし皮を伸ばしたような服をまとっている。
まるでこれから戦いにいく人みたい、とカリンはこわごわ目の前の人物を見上げた。すると向こうもカリンを見つめ返し、軽く首をかしげた。
「この娘は?」
「例の、魔女のお嬢さんだ」
「ああ、弟が病に伏していた時、魔法薬を作って届けたと言う……」
向けられた柔らかい眼差しに、既視感を覚える。金色に輝く長い髪に包まれた顔は美しく整っていて、どことなくイシュの面影があった。
「弟が世話になったな、魔女の娘」
「えっ、あ……」
その時になってようやくカリンは、目の前の人物が女性である事に気がついた。驚きを隠せないカリンに、国王は愉快そうに笑い声を上げる。
「第二王女のシェリマだよ。これでもれっきとした姫でな」
「父上、一言余計です。それに、そのお姿……野良仕事はほどほどにと、母上も苦言を呈していたと記憶しておりますが?」
国王は少々気まずそうに、首にかけたタオルで顔をこすった。それからカリンに向き直り「唯一の趣味なのに、うるさくてかなわん」と苦笑交じりにささやく。カリンはそこで、やっと小さな笑顔を浮かべた。
「魔女のお嬢さん、シェリマの連隊は、今夜南に向けて出航する。王子の援護をするためにな」
「えっ……」
「そこでだ。もし王子に何か言付けがあるなら、今ここでシェリマに伝えるといい」
国王の言葉に、シェリマはスッと目を細めると、静かに口元を引き結んだ。




