(5)
それから二日後。
カリンはシモンズと共に馬車に揺られ、王都カシュターの中央にそびえる荘厳な王宮アーンシェ城に到着した。
朝から馬車に揺られっぱなしだったので、カリンは馬車を降りても、しばらく身体が揺れているような感覚が抜けきれなかった。隣を歩くシモンズに心配されながら、おぼつかない足取りで門をくぐった。
城の外側には多くの衛兵が立ち並び、その物々しさに圧倒されるが、一度城内に入ってしまうと一変して明るく華やかな雰囲気に包まれた。
だが歴史をしのばせる、古めかしくも重厚な造りの城内は、田舎町から出た事のないカリンをおびえさせるに十分だった。カリンは隣を歩くシモンズの服のそでを、ぎゅっとにぎりしめた。
「レアス坊ちゃんが一緒に来れなくて、ちょっと残念でしたな」
シモンズはなぐさめるように言ってくれたが、カリンは小さく首を振った。誰がいようと、この怖さはあまり変わらないだろう。
シモンズの話によると、レアスは王宮に勤める高官の一人息子だそうで、城下町の学校へ通う以外にも、常に数人の家庭教師に囲まれて、厳しい教育を受けているらしい。「おれ、勉強は嫌いなのにさ」と口をとがらせるレアスは、カリン達と一緒に王宮へ行けないことをしきりに残念がっていた。
「レアスのお父さんって、きびしい人なの?」
「いやあ、吾輩も直接お会いした事がないんでね。でも、とっても厳しくて怖い方って噂ですな」
そんな話をしながら、シモンズとカリンは王宮の台所に到着した。
料理人達や水仕事をする使用人らは、シモンズの登場を歓迎した。そして皆、シモンズの連れてきた小さな魔女に興味しんしんな様子である。
大勢の大人にあれこれ話しかけられ、カリンはすっかりあがって身を縮こまらせてしまった。
「ほらほら、みんなでよってたかって。魔女のお嬢さんがびっくりしてるだろう」
「シモンズさんが、こんな可愛らしいお嬢さんを連れてくるとはね」
「魔女なんだって? これはめずらしいな」
カリンはシモンズのそでを、いっそう強く握りしめた。
「さて吾輩たちは、夕飯の支度をしなくては。魔女のお嬢さんは、日が暮れる前に裏庭の薬草園を見に行かれてはどうです? きっと興味を引く草がいろいろ生えてるはずですよ」
シモンズに気をとりなすような口調で勧められ、カリンは小さくうなずくと、キッチンの勝手口から続いている裏庭へと向かった。
裏庭には数人の庭師がいて、草を刈ったり料理に使う野菜を収穫したりと、忙しそうに働いていた。
「何かご用ですかな、小さなお嬢さん」
親切な庭師の一人が、カリンに声をかけてくれた。
「あの、薬草園はどこですか」
「ああ、こちらですよ」
庭師に案内された薬草園は、想像したよりも大きくて、とても素敵だった。
夕日を浴びて赤く染まり始めた葉が、サラサラとさざなみのように揺れている。丁寧に耕された土は、ふっくらと柔らかそうで、あたたかい土の香りがした。
カリンはその場にしゃがみこむと、夢中になって草花をながめる。植えられている薬草は、どれもめずらしい種類で、半分以上は見たことない。
「ところでお嬢さんは、どこの子ですかな」
案内してくれた初老の庭師は、不思議そうにカリンをら見つめている。
「私、シモンズさんと一緒に、さっきこのお城にやってきたばかりなんです」
「ああ、シモンズの! すると、あなたは魔女のお嬢さんかね?」
「はい、カリンといいます」
庭師は「よっこいしょ」と言って、カリンの隣にしゃがみこむと、足元に生えていた薬草の葉を一枚摘み取ってカリンの手に乗せた。
「これは北の山岳地帯に生息する珍しい種でね。お嬢さんは、どの種の薬草に興味ありますかな?」
「まだ勉強中なんです。魔法薬も、そんなにむずしいのは作れないし……」
「しかし噂では、先日離宮の王子のために、すばらしい魔法薬を作ったと聞き及んでおりますぞ?」
「……あんなもの」
カリンはうなだれると、口元を震わせた。
「……あんな魔法薬、作るんじゃなかった……」
「それは、どうしてですかな?」
「だってイシュ……王子様は、あの魔法薬を飲んで元気になったから、だから戦場へ行っちゃったって……でも私、そんなつもりじゃなかった。そんな風になるなんて考えてなかったんです」
「王子が心配なんだね?」
「はい……でも私には、どうすることもできないんです」
カリンは鼻をすすりながら、こみ上げてくる涙を必死に押し戻した。




