(4)
「おまえ、魔女だろ?」
男の子はニッと笑うと、カリンを上から下までじろじろながめた。そのぶしつけな態度に、カリンはむっとして「何か用?」とそっけない口調で返事をする。
「王子様の病気、おまえの魔法薬で治ったんだろ? ここらじゃ評判だもんな」
「え……」
「町のみんなが口々に、おまえの事ほめてたぜ。おかげで王子様も元気になられたって」
その言葉にカリンは、とうとう涙をポロリとこぼしてしまった。男の子はえっ、とおどろいてカリンの顔をのぞきこむ。
「ちがうの……」
「ちがうって、何が?」
か細い声を絞り出すように否定するカリンに対し、男の子はわけが分からないという表情を浮かべると、励ますように言葉を続けた。
「ちがうもんか。だって王子様は元気になられたから、今度は海賊討伐しに、つい昨日旅立たれたんだぜ? すげーよな、海賊だってさ! きっと海の上で、ものすごい戦いを……」
とうとうカリンはわっと泣き出してしまった。両手で目をこすりながら泣き続けるカリンに、男の子は「弱ったなぁ」と困惑した様子で頭をかいている。
そのとき広場をはさんだ大通りの向こうから、大荷物を抱えた大男がやってきた。
「カリンお嬢さん? やっぱりそうだ……こんな所でどうなさったんですか?」
荷物の隙間から顔をのぞかせたのは、離宮の料理長シモンズだった。シモンズはじろりと、男の子を見下ろした。
「レアス坊ちゃん、まーた女の子をいじめたんですか」
「ちがうよ、この魔女の女の子が、急に泣き出したんだよ。王子様が海賊討伐へ行ったって話しただけなのに」
「ははあ、なるほどね」
納得顔のシモンズは「よっこいせ」と大きな身体をきゅうくつそうにかがめて荷物を足元に下ろすと、石段のすみっこで泣いているカリンの顔をのぞきこんだ。
「ちょうどよかった、お嬢さんにお話しがあったんだ……我輩と一緒に離宮までおいでくださらんか? 我輩、とびきり美味しいイチゴ水をごちそうしますよ」
「なあ、おれも一緒に行っていい?」
「レアス坊ちゃんはお勉強の時間でしょう? どうせまた、お屋敷抜け出してこられたんでしょうが」
「そ。だからいいんだよ。今帰っても後で帰っても、どうせ同じように怒られるんだから」
そうして三人は協力してシモンズの荷物を持ちながら、離宮への坂道を上りはじめた。
「え、レアスのお父さんって、王宮につとめているの?」
「そーだよ。だから王都には何度も遊びに行ってるし、王宮に泊まったこともあるんだぜ」
客間で冷たいイチゴ水を飲みながら、レアスとカリンはすっかり打ち解けた様子で話していた。カリンは先ほどまで泣いていたため、すっかり赤くなった目を恥ずかしそうに伏せながら、グラスについている水滴を指先でなぞった。
やがて大きなトレーを抱えたシモンズが現れた。トレーには、たくさんの美味しそうな焼き菓子が盛られている。
「ささ、たくさん召し上がってくださいよ」
カリンは遠慮がちに、小さな焼き菓子を一口かじったが、どういうわけか先日茶会で食べた時ほど美味しく感じられなかった。シモンズはそんなカリンの様子をじっと見つめ、それから白い料理帽を外すと、大きな手で小さく折りたたんだ。
「実は我輩、王宮からお呼びがかかってましてね。王のご所望で、第二皇女シェリマ姫のお誕生日ケーキを焼きに行くんです。そこでもしよかったら、カリンお嬢さんもご一緒に王宮へ行ってみませんか」
「え、私が王宮へ?」
「国王様、つまり王子のお父上が是非一度、魔女のお嬢さんに会ってみたいとおっしゃるんですよ。それというのも、ハイフナー医師から、先日お嬢さんが作った魔法薬についてお耳にされたようでして」
「……」
カリンは再び顔を曇らせる。あの魔法薬が役立ったせいで、イシュは海賊と戦わなくてはならないのだとしたら……と、胸がつぶれる思いがした。
シモンズはしゃがみこむと、大きな手でやさしくカリンの頭の撫でた。
「あなたは良い魔女さんだ。だから良い事をしたんです……それを忘れちゃなりませんよ」
カリンは涙をこらえながら、シモンズの人の良さそうな笑顔を見つめた。




