(3)
モズ婦人の家を飛び出したカリンは、そのまま森を抜け、城下町を通ってお城へと向かった。
城門にはいつもの守衛が立っていたが、カリンを追い返すことはなく「少々お待ちください」と言うと、監視塔の中にいる人物に「少し代わってくれ」と言って城内へと消えた。
しばらくして守衛は戻ってくると、一通の封筒をカリンに差し出した。
「殿下から言付かったものです。もし魔女のおじょうちゃんが訪ねてきたら、これを渡すようにって」
「私に?」
「本当は城の使いの者が、来週の頭にでも魔女のおじょうちゃんの家まで届ける事になってたんだよ」
カリンはその場で封を切ると、いそいで中の手紙を読んだ。それは文字を習い始めたばかりのカリンにも読みやすいよう、やさしい言葉で書かれていた。
『直接お別れを言えなくて、ごめんね。
本当はお茶会のときに、きちんと話したかったけれど、魔女さんの顔を見たら、どうしても言えなかった。
必ずもどってくるから心配しないで』
最後に記されたサインを見て、カリンはくしゃりと顔をゆがませた。泣いてはだめだ……カリンは必死に涙を押しとどめた。
そばで心配そうに見守っていた守衛は困ったような、それでいていたわるような口調でつぶやく。
「なるほど、殿下が面と向かって切り出せなかったのも無理もないな。そんな風に泣くのを我慢している健気な姿見たら、かわいそうで置いていけないって思うだろうね」
「私はただ、イシュ……王子さまが、けがしてる足で無理してないか心配なんです」
「けがなら快方に向かっているそうだよ。だからこそ、今回ご出陣されたんだ」
カリンは涙で曇った目を大きく見開く。
「前回の戦ではひどいけがを負われ、やむなく退陣という不名誉を余儀なくされたが、お元気なられたからには、再度ご出陣されるのは当然のご決断だろう」
「でも、でも……けがはまだ、完全に治ってないのに」
「大丈夫。殿下は特に兵法に優れておられ、お若いのにそのご活躍たるや、戦場の鬼神とうたわれるお方だ」
「キシン?」
「鬼のように恐ろしい神様って意味だよ。きっと敵に打ち勝って、無事に帰還なさるよ」
誇らしげな表情でそう語る守衛に、カリンは言葉を失ったまま立ちつくした。
城門から坂道を下って、広場まで戻ってきたカリンは、噴水を取り囲む石段の隅に腰を降ろし、ぼんやりと石畳の地面を見下ろした。
戦場へ向かったイシュ……守衛はイシュの事を『鬼のように恐ろしい神様』なんて呼んでいた。カリンは口をへの字に結ぶ。
(そんなの違う。イシュは鬼じゃない。おそろしい神さまじゃない)
少なくとも自分の知っているイシュは、とカリンは心の中でそっと付け加えた。戦場でのイシュは、いったいどんなイシュなのだろう?
カリンは、昔母に見せてもらった歴史書の挿絵を思い出した。それは戦場の絵で、多くの兵士たちが激しく切りつけあったり、弓矢を射る勇ましい姿が描かれていた。
イシュもあの絵に描かれていた兵士のように、剣や槍を振りかざして戦っているのだろうか。あの陽だまりのように、温かくやさしいイシュが? カリンは首を振った……そんなこと、とても想像できない。
でも実際イシュは、戦地でけがをしたから離宮で静養していたのだ。毒矢で足を射抜かれて、ひどいけがをしたということは、きっと激しい戦いだったにちがいない。今度は南方の島で戦うのだ……モズ婦人の話では、海賊がいるとか。
「海賊って、強いのかなあ……」
「海賊がどうしたって?」
カリンが顔を上げると、そこには見覚えがある少年が立っていた。以前王子へ魔法薬を届ける際に、雨の中で城への道を教えてくれたあの男の子だった。




