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野原の小さな魔女  作者: 高菜あやめ
第二部 小さな魔女の願い事

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12/56

(2)

 楽しい時間はあっという間に過ぎて、日が暮れはじめた。

 カリンはそろそろ帰ろうと席を立ったが、イシュとシモンズに引きとめられ、押し切られる形で夕食も一緒にとることになった。

 暗くなってきた中庭から、屋内の明るい客間へ案内されると、そこは別世界だった。天井が高く、豪華な部屋のつくりに、カリンは落ち着かない気持ちになる。

 大きなソファーにイシュと並んで座る時、カリンはふとイシュのかたわらに置かれた、金色に輝く杖に目をとめた。


(この杖、いつまで使わなくちゃならないのかな)


 イシュの足のけががどのくらい悪いのか、カリンには見当もつかない。いつか杖なしでもちゃんと歩けるようになるといいな、とカリンは心から祈るばかりである。

 するとカリンの視線の先に気づいたイシュは、安心させるかのように微笑みつつ、カリンの顔をのぞきこむ。


「魔女さん、心配しなくても大丈夫。最近は痛みも少なくて調子がいいんだ」

「……」

「ね、魔女さん。僕はこのけがをして、よかったと思うこともたくさんあるんだよ」


 イシュは杖を手に取ると、それをカリンに「はい」と言って手渡した。それは華奢な外見にしては重さがあり、しっかりしたつくりをしていた。


「お城の皆がプレゼントしてくれたんだ。僕は皆に支えられて歩けるんだって思うと、とても嬉しくてね。それでこの杖で歩いていたら、野原で魔女さんに会えたんだ」

「……」

「この杖は、僕をしあわせな方へ導いてくれる、大事な杖なんだよ」


 イシュは本心から言っているのだろう。だが本当はみんな、イシュが杖を使わないで歩けますようにって願っている気がした。


(それにイシュだって、本当は……)


 それなのに、どうしてそんなにしあわせそうに微笑んでいられるのだろう。イシュは周りの皆を包みこむような、温かくやさしい笑顔を絶やさない。


「イシュは、強くてやさしい人ですね」

「それはちがうよ、魔女さん」


 イシュはそっと首を振る。


「それはたぶん、ちがうんだ……僕は」


 そこでイシュは言葉を切った。その時、客間の扉がノックされ、小間使いの女性が顔をのぞかせる。


「お食事の準備ができましたよ。テーブルはこちらにご用意しましょうか」

「ああ、よろしく頼む」

「ではお嬢様とお二人分、こちらへお運びしますね」


 それきりこの話は終わってしまったが、カリンはテーブルに並べられた美味しい料理を食べながらも、ずっとイシュの言葉が気になって仕方なかった。


(ちがうって、どういう事かしら)


 しかしカリンは食事の間も、食事が済んで家まで送ってくれる馬車の中でも、イシュにその言葉の意味をたずねる事はできなかった。






 お城でのお茶会から、数日過ぎたある昼下がりの事。カリンはモズ婦人宅の玄関先のポーチで、お茶をいただいていた。

 天気の良い日なので、本来なら野原へ出かけるところだが、今日はイシュが用事があって来れないと聞いていた上、薬草なら昨日多めに摘んであるので、やめる事にした。


「今日は出かけたくなるような日だねえ」


 モズ婦人がのんびりとした口調でそうつぶやいたので、カリンは小さくあいづちを打った。


「ところでお別れの時、ちゃんとあいさつをしたのかい?」

「え……お別れ?」

「王子様にだよ。ほら、この間お城に招待されたんだろう?」

「あ、はい……」


 モズ婦人は「なんだい、ぼんやりしてるね」とあきれたように首を振った。しばらく二人の間に沈黙が訪れる。それを再び破ったのは、やはりモズ婦人からだった。


「こんなにいい天気なのに、南の方は異常気象で、海も荒れているそうだよ。嫌なもんだね、そんな時に出兵なんて」

「出兵?」

「海賊だよ。南の……ほら、なんて言ったっけ? ケシア島っていったっけね。あの辺りは治安が悪いだろう? アーンシェの管理海域だもんだから、派兵するのは分かるけど、なにも病み上がりの王子様を呼びもどして軍の指揮監督させようだなんて」

「え、イシュが!?」


 カリンは目を見開いて、モズ婦人へと身を乗り出した。


「なんだい、知らなかったのかい? もう昨日にも旅立ったはずだよ。だからちゃんとお別れのあいさつをしたかって聞いたんだよ。今まで散々お世話になったんだから……」


 カリンは途中から、モズ婦人の言葉が耳に入らなかった。

 イシュはまた戦場へ行ってしまった? カリンに何も告げずに、どうして……カリンの小さな胸は、張り裂けそうだった。






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