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小さな魔女シリーズ続編です。
西の森からやってきた小さな魔女カリンは、城下町から離宮へと続く坂道の途中でいったん足を止めると、胸のブローチが曲がってないか、もう一度手のひらでたしかめた。
手に下げた籠にはいつもの薬草ではなく、甘酸っぱい香りを放つ野いちごが詰められている。若草色に染めた木綿のドレスは少々地味だが、母の形見のバラをかたどった白い象牙のブローチに一番良く合うのだ……これでもカリンは、せいいっぱい身なりを整えたつもりだ。
(大丈夫、モズおばさんにも見てもらったし、おかしくないはず)
カリンは何度か深呼吸をしながら、そう自分に言い聞かせた。今日は、離宮に住む王子イシュの茶会に招待されているのだ。
昨日いつもの野原で、突然イシュから招待状を渡された時はびっくりした。カリンは美しい封筒を、震える両手で受け取った。
招待状を受け取ったは、生まれて初めてだった。しかも相手はイシュだ。うれしさと緊張でコチコチになっているカリンに、イシュは「美味しいお菓子をたくさん用意しておくね」と微笑んでた。
(失礼のないようにしなくっちゃ)
カリンはもう一度深呼吸をすると、再び坂道をのぼり始めた。やがて城門の前までやってくると、守衛が大きな鉄製の扉を開けてくれた。
「ようこそ、魔女のおじょうちゃん」
「ありがとう、ございます」
カリンはていねいにお辞儀をして、門をくぐった。すると今度は、大きなアーチ状の玄関口に立っている門番に「いらっしゃいませ」と挨拶をされた。カリンはおっかなびっくり「こんにちは」と頭を下げると、ようやく城内へと続く廊下へと通される。
次にメイドの案内で、いくつもの廊下を曲がると、やがて白い大理石と陶磁製のタイルにぐるりと囲まれた、広々としたパティオにたどり着いた。
中央に優美な彫刻が飾られた噴水が、水しぶきを上げており、それを取り囲むようにして薔薇の潅木が、なだらかな曲線を描くように連なって植えられている。
楕円形の白テーブルが庭の端に置かれ、その横にしつらえた長椅子にイシュが腰かけていた。イシュはカリンの姿に気がつくと、杖を片手に立ち上がった。
「魔女さん、いらっしゃい」
「お邪魔します」
さあこっちだよ、とイシュに手を差し伸べられ、カリンは緊張しながら、淡い光に包まれたパティオに足を踏み入れる。
連れてこられたテーブルの上には、色とりどりの美しいケーキや焼き菓子が、繊細で優美なお皿にどっさり積まれていた。
「すごい……食べるの、もったいないみたい」
「食べてもらわなくちゃ困るよ。みんな魔女さんに食べて欲しくて用意したんだから」
イシュは茶目っ気たっぷりにそう言うと、愛しげにちょい、とカリンのお下げにつけられた細いリボンをつまんだ。カリンははにかんだように小さく笑ったが、次の瞬間、ぬっと現れた白い長衣姿の大柄な男に、ぎょっとして固まってしまう。イシュはそんなカリンの様子に声を出して笑った。
「料理長のシモンズだよ。シモンズ、急に出てきて魔女さんを驚かすなよ」
「ははっ、吾輩みたいな大男が急に顔を出して、驚かせちゃいましたかな。魔女のお嬢さん、どうかお許しを」
カリンは緊張で声が出ないながらも、失礼のないよう深々とお辞儀をした。その様子を見たシモンズは、太い腕を腰にあてて、豪快な笑い声を上げる。
「今日はたくさん食べてって下さいよ? なんせ殿下ときたら、甘いものをちっとも召し上がられないんだ。吾輩、今日は腕をふるったんです」
こんな大柄で熊のような男が、こんなに綺麗で繊細なお菓子を作るなんて信じられない……カリンは目をぱちくりさせながら、シモンズにすすめられるまま、お菓子を取り分けたお皿を受け取った。
「シモンズは南の島の出身なんだよ」
イシュは湯気が立ち上るお茶を片手に、まだ緊張か取れないカリンに説明した。
「南の……」
「そうそう。魔女のお嬢さんは、南の島がどんな場所かご存じですかな?」
南の島について聞いたことのないカリンは、シモンズが南国の島での暮らしや食べ物について説明してくれるのをドキドキしながら聞いた。
大らかで、どこかとぼけたような口調のシモンズに、カリンは話を聞きながら、いつの間にかリラックスし、何度も涙が出るほど笑い転げた。かたわらのイシュはそんなカリンの様子を、うれしそうに見つめていた。




