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野原の小さな魔女  作者: 高菜あやめ
第一部 野原の小さな魔女

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10/56

(10)

 ハイフナーからの思わぬ申し出に、カリンは目を丸くする。

 医師は微笑を絶やさぬまま、胸のポケットから空になった小瓶を取り出した。


「君が作った化膿止めの魔法薬、本当に良く出来ていたよ。あの夜イシュアレール殿下は、本当にとても危険な状態だったんだ。そんな殿下を救ったのは、君のおかげだと断言できる。だからもし君が望むなら、もっと教育を受けられるようにしてあげたいと思ったんだよ」

「……」

「私は妻と二人暮らしでね。王の主治医だから王宮内に住まわせてもらってるんだが、そこから学校に通ってもいいし、王宮内で家庭教師を探してもいい。どうだろう? 一緒に王宮へ行く気はあるかね?」


 カリンはドキドキしながら顔をうつむかせた。こんなに親切に言ってくれるハイフナーの申し出は、とてもうれしかった。母親が死んでから天涯孤独で生きてきたカリンにとって、こんなありがたい話は無いのだが……。


「ま、ゆっくり良く考えるといいよ。私は明日にでも王宮へ戻るが、決心がついたらいつでも手紙をよこしなさい」

「はい、先生」


 ハイフナー医師が部屋を後にすると、カリンはそろりとベッドを抜け出した。看護婦に着せられた寝巻きをぬいで自分の服に着がえると、裸足のまま部屋の中をキョロキョロと見回す。やがて部屋の隅に立てかけられていたホウキを見つけ、それを手に取って窓辺へとかけ寄った。


(でも私……あの野原をはなれたくない)


 窓を開けると、小鳥のさえずりが耳に心地よく響いた。

 澄み渡った空の下、眼下にはレンガ色の屋根が、小さなタイルのように行儀良く立ち並んでいる。その先には、深緑の森が朝靄でけぶるように広がっていた。


 カリンはしっかりとホウキをつかむと、窓辺を蹴って宙へと飛び出した。

 ふらふらと不安定な飛び方で城壁を乗り越えると、城門に立っている守衛が驚いたように顔を上げるのが見えた。カリンは手を振りたかったが、そんな余裕もなく、必死な思いでどうにか坂道の方向へと下降しつつ飛び続けた。


 そうしてヴィスト村の自分の家に戻ったカリンは、まずモズ婦人の家に顔を出した。

 すでにお城から連絡があったらしく、モズ婦人はことの全てを知って納得済みのようだった。台所でいつものようにお茶をふるまわれながら、カリンはモズ婦人のおしゃべりに耳をかたむける。


「まったく驚いたよ、お城から使いだなんて……でもあんたの薬のおかげで、王子様の具合はすっかり良くなったそうじゃないか。ホントよかったねえ、これでお祭りも予定通り今夜から行なわれるだろう。あんたももっと勉強して、そのうちあたしにも腰痛に良く効く魔法薬を作っておくれよ?」


 お茶を飲み終えてようやく家に戻ったカリンは、いつでも使えるようにホウキを玄関の横に立てかけると、まず留守にしていた家の中を掃除した。それから食事をする気力も無いまま早々にベッドに入って眠りについた。






 翌日は良い天気だったので、カリンはいつもの習慣で籠を手にすると野原へと向かった。

 夏が近づいているためか、野原にはシロツメグサの他にツキミソウの花が顔をのぞかせており、辺り一面に白と桃色の絨毯を織り成している。

 カリンは籠を下ろすと、シロツメグサを摘みながらここ数日の間に起こった出来事をふりかえった。そして最後に、ハイフナー医師の申し出を思い出すと、カリンは手を止めてうつむいた。


(本当は、会えなくてもいいなんて嘘だ)


 元気になってさえくれれば、もう会えなくてもいいなんて、どうしてそんな事思えたのだろう。イシュに会いたい……元気になったら、またこの野原に訪ねてきてくれるだろうか。


「魔女さん」


 そう、そんな風にやさしい声で呼んでくれて……と思ったところで、はっとしたカリンは声の響いた方へふり返った。そこには優雅な深緑色の帽子を被り、同色のマントをまとったイシュが金色の杖をついて立っていた。


「ひどいよ魔女さん。挨拶もなしに帰っちゃうなんて」


 イシュは苦笑しながら、ゆっくりとした足取りで野原を横切ると、座りこんで目を丸くしているカリンの前に立ち、杖を持っていない方の手を差し出した。


「さ、行こう」

「え。行くって……」

「もちろん、お祭りだよ。昨日から始まったんだ。本当は昨日、魔女さんと一緒に行こうと思って楽しみにしていたんだよ。それなのに、部屋へ行ったらベッドは空だし……」


 カリンは立ち上がると、おだやかに微笑むイシュの顔を見上げた。


「今日は何でも好きなもの買ってあげるね。ただし、この手は離しちゃだめだよ? お祭りは人が大勢いて、はぐれたら大変だからね」


 イシュの言葉に、カリンは大きな瞳をゆらした。それは遠い昔、母親が言ってくれた言葉によく似てたから。カリンは小さな手をのばすと、イシュの手をぎゅっとにぎった。


「さあ行こう」


 イシュは微笑みながら、カリンの手をしっかりとにぎり返す……楽しい夏の到来はもう、すぐそこまで来ていた。





(第一部、おわり)

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