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野原の小さな魔女  作者: 高菜あやめ
第一部 野原の小さな魔女
1/56

(1)

「あれ、魔女さんだ」


 シロツメグサの咲きほこる野原の上で、カリンは伸ばしかけた手をピタリと止めた。

 森の奥にぽっかりと顔をのぞかせるこの野原は、数種類の薬草が一度に摘めるので、カリンはよくここに通う。しかし、まさかそこに人が通りかかるとは……その上、まさか言葉をかけられるとは思ってもみなかった。


 やっと肩にとどく黒髪の短いおさげをゆらしながら、カリンはおそるおそる声のした方角へ顔を向ける。ぎゅっと引き寄せた薬草入れの籠は、その昔母親がかぶっていた麦わら帽子をくずして作ったものでカリンのお気に入りだ。


「こんにちは、小さな魔女さん。今日は薬草摘み?」


 木々の間にたたずんで、ていねいに会釈をするその青年は、スラリとあか抜けた風貌で周囲の景色に不釣合いなほど浮いていた。なにより、その美しく整った顔立ちは否応なしにカリンの目を引いた……つばの広い、優美な曲線を描く帽子からのぞく黄金色の髪は、日の光を浴びて淡くけぶるように輝き、その下の理知的な茶色の瞳が穏やかな微笑みをたたえている。


(ただそこにいるだけで、やさしさが伝わってきそうな……そんな人)


 カリンはあわててくすんだ色の長いマントのフードを引っぱり上げると、緊張でこわばっているであろう顔をおさげごとすっぽりと隠した……神経痛持ちの気難しい老人や、腰痛で愚痴っぽくなった中年婦人の相手ばかりしているカリンは、年若い人間とめったに顔を合わせる事が無かったから、どうしたらいいのか分からない。


「あ、ゴメン。邪魔しちゃったかな……」


 青年は木の間をすり抜けてそっと野原に踏み出した。カリンはマントの襟元をぐっとつかんで身体を引くと、今にもそこから逃げ出そうとしたが……ふと、その青年の右足がぎこちなく引きずられていることに気がついた。よく見ると金色の杖をついている。


「おどろかせるつもりじゃなかったんだ。散歩途中なんだけど、一人で歩いているのも飽き飽きしてたところでね。ほんの少しでも、話し相手をしてもらえないかと思って」

「……」

「ね、その草は何に使うの?」


 カリンは先刻から握りしめたままだったシロツメグサに気がつき、それを緊張の解けきれない手でぎこちなく籠に入れる。青年は杖をつきながら、ゆっくりとカリンに近づくと、身をかがめてカリンが抱えている籠いっぱいの薬草をのぞきこんだ。


「こっちはキリカゲの花だね? それにススハラ草もある……これは切り傷用かな」

「……ううん、痛み止め」


 ようやく口を開いたカリンに青年は嬉しそうに顔をほころばせると、足を折り曲げ、やわらかい草の絨毯に腰を下ろした。カリンは思わず、青年の引きずっていた方の足を目で追ってしまう。すると、そんなカリンの視線に気がついた青年が明るい声音で話しだした。


「僕はイシュって言うんだ。こっちの足は怪我をしててね、こうしてリハビリがてら散歩するようにしているんだ。君はこの近くに住んでるの、魔女さん?」

「……西の森のほう」

「ああ、じゃあザルク地区の方だね。あの辺りは小さな村がいくつもあるって聞いた事がある」


 カリンの住んでいる小さな村は、城下町とは反対側に位置している。

 日用品の調達は村人どうしの物々交換と、週に一度村に訪れる雑貨屋で足りているので、町に出る必要はほとんどなかった。

 実際カリンが最後に町へ出向いたのは、まだほんの小さい頃……母に連れられて城下町で開かれた祭りを見物しに行ったときぐらいで、それ以来ずっと足を運んでいない。

 カリンは魔女だった母の後を継いで、魔法薬を作って売ることで生計を立てていた。

 しかし魔法薬と言っても、カリンが作れる薬のほとんどは薬草の知識さえあれば誰でも作れる類のものである。薬に魔法を混ぜる技術はとても難しく、まだほんの十二歳のカリンには魔法薬の専門書は難しすぎて読めないものばかりだった。

 それでも村の人たちはカリンの薬を食べ物と交換してくれるし、村にやってくる雑貨屋も薬と交換に日用品を分けてくれた。

 ちゃんとした魔法薬ほど効き目は強くないが、ていねいに作られたカリンの薬はそれなりに高い効果があった。カリンは周囲の人々の期待に応えようと、できるかぎり毎日森の中を歩き回って新鮮な薬草を探すようにしていた。


「いい魔法薬があったら僕にも分けてくれるかな。もちろんお代はちゃんと支払うよ……この足、曇や雨の日は特に痛むんでね」

「……あ、あの」


 カリンはうつむいたまま、何も話せなくなってしまった……自分の作れる気のきいた痛み止めの魔法薬なんて、家中どこを探したって無いと分かっていたからだ。






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