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The absurd 3

「……」


 窓の外の光の点が右往左往に交錯する。それは近くの電灯であったり、街の灯りであったり様々だが、少なくともあの廃工場を出た頃よりもずっと賑やかなように見える。感覚としてはもう随分と長い時間あの場所に居たように感じるが、時折すれ違う家路を急ぐサラリーマンの姿を見ると、どうやら時計の針はそれほど進んでいなかったらしい。時間がゆっくり流れていたように感じたのだろう。

 工場でアルフレッドさんと合流した後は、それは本当にあっという間の出来事だった。工場のから出て山を下り、アルフレッドさんの調達したというワゴン車に乗り込み、そして気が付けば、あっという間に天枢町から魁皇町へと戻っていた。


「……」


 耳には、退屈な車のエンジン音だけが聞こえる。車の中には誰もいないのかと思えてしまうほど、この狭い車内には会話が生まれる兆しはない。こんなに近くに居るのに、俺とアルフレッドさんの間には、まるで高い高い壁のような物が聳え立っているような気さえする。まぁ、そんな壁を感じる事なんか、今に始まった事じゃないか。


「…………っ」


 ……駄目だ。どうも息苦しい。そう思って直ぐに、俺は窓の方から視線を逸らし、座り慣れないシートに自分の身体を預けた。

 そう言えば結局、四季の後輩の事は何にも分からず仕舞いだった。あの女やバスの中の奴はそれらしい事は何も言っていなかったし、そもそも俺も四季の後輩の事はすっかり忘れてしまっていた。まったく、これじゃあ何しに今まで街に捜しに行っていたのか……。


 ――……セシルさんは、大丈夫なんだろうか。


 不意に、彼女の顔が頭に過る。ここ数日は、ほとんど俺の身近に居た彼女だったが、バスの中で逸れてからは、彼女は結局最後まで姿を現さなかった。きっとあの工場の所で別れた男の吸血鬼や、他の吸血鬼と闘っていたのだろうと思う。そうでなければ、彼女ならばあの工場に辿り着けたはずだ。


「……」


 しかし、そんな事よりも寧ろ考えてしまうのは、自分のために誰かが闘うってのは気持ちの良いものではないし、当然、俺を捕まえるために、それだけのために誰かが犠牲になった事は不快という事だった。セシルさんと会った時だって、文化祭の時だって、それに今回だって、自分でも把握出来ないくらい色々な人に迷惑をかけたし、ひょっとしたら今だってそうかも知れないのだ。

 それに、俺はあれだけ逃げてはいけないと言っておきながら、いざとなったらもう頭の中は逃げる事で一杯だったのだ。そりゃ、なし崩し的に敵と戦ったけれど、それは所詮自分の意思じゃない。

 だから、そんな自分を俺は情けないと思っているし、憤りだって感じている。吸血鬼に対して、絶望的に何も出来ない自分もそうだが、何をしなくちゃいけないか、それを知っていて行動出来ない自分の方が俺は許せなかった。


「……何か気になるか?」


 呆然とダッシュボードを眺めていた俺に、不意にアルフレッドさんが声をかけて来た。


「そりゃあ……まぁ」


 この車に乗ってから今まで、アルフレッドさんとは特に会話という会話をしていない。いや、会話をしていないと言うより、敢えて自分から会話をしなかったのだ。それは気分とかじゃなく、下手な会話でアルフレッドさんに自分の感情を誤魔化されはしないかという、そんな懐疑があっての事だった。


「要領を得ない返事をするなぁ、全く君らしくもない」


 その言葉で、俺はチラッとアルフレッドさんの方を向く。一瞬、アルフレッドさんは俺の考えを見透かしているのかとも思ったが、俺は気を取り直すと、視線を前に戻して口を開いた。


「俺はそんなに物分かりの良い方ではないですし、全てを納得出来る人間なんて居ないと思いますよ?」


「……それは工場に人間達を残して来た事、セシルを置いて来た事、その辺の事を思っているんだと、そう考えて良いんだな?」


 俺は無言でアルフレッドさんの方を振り向き、首を縦に振った。俺の瞳にはきっと、何時もアルフレッドさんに向けるような親しみなんて、そんなもんは一切籠っていないのだろう。だけど、それはどうだっていい。実際に今俺は、アルフレッドさんに明確な不信感を抱いているのだから。


「理由があるなら教えて下さい、アルフレッドさん。工場の人達を置いて、あそこを離れた理由を」



 ――……


 話は、アルフレッドさんが敵の吸血鬼を倒した時に遡る。

 敵の吸血鬼を必死の思いで倒した後、俺はまるで身体中から力が抜けたかのように地べたに座り込み、そこで一息吐く。足元を見てみれば、靴とズボンは油だか何だか分からないモノに塗れ、着ていたシャツも汗ですっかり濡れていた。これじゃあこんなに疲れてもしょうがねぇかと、もう一度大きく溜め息を吐いた。

 しかし、俺に安堵する暇なんかなく、落ち着いて辺りの様子を見た時、思わず俺は目を背けてしまいそうになった。


 ――やっぱり、元通りにはならないのか……。


 其処にあったのは、見るも無残な人の群れ。それはあの女が操っていた、俺とは無関係な人達だった。それにきっと此処だけじゃなく、この工場の全体や、俺が乗って来たバスの中にも同じような奴が居るはずだ。

 確かに彼等にはまだ息があったが、女の言う通り、このまま意識を失った状態では遅かれ早かれ死んじまうだろう。まだ、終わっていない。やらなくちゃならない事が残っていた。無関係でも、俺にはこの人達を助ける義務があるんだ。


「落ち着いたなら、直ぐに此処を離れよう」


 そう思って立ち上がった瞬間、アルフレッドさんは遠くを眺めながら、眉を顰めて言った。

 唐突なアルフレッドさんの言葉に、俺は思わず声を失った。何かにすくわれたように、俺はアルフレッドさんの顔を見つめる。アルフレッドさんは、この人達を見捨てるつもりなのか。それにセシルさんだって、まだこの近くに居るだろうに。


「いや、だけど……」


「何と言うかな、差し迫った危機は感じないが、それが逆に嫌な感じにさせる。俺の思い過ごしかも知れないが、それでも最悪の事態は避けたいんだ」


 俺に意見の有無すら与えず、アルフレッドさんは言葉を続ける。それが当然であるかのように、アルフレッドさんは転がっている人達から目を背ける。

 憤りを言葉にしようにも、アルフレッドさんの背中を見れば、それが決して届く事のないものである事が分かった。


 ――……



 アルフレッドさんを見つめ、俺は彼の返答を待つ。実際、俺はこのまま理由を聞かなければ納得も出来ないし、言わずもがな信じる事なんて無理に等しい。


「……まぁ、工場にあの人間達を置いてきた事は、それは仕方がない事だと分かって貰えれば助かる。実際、俺やセシルがあの人間達をどうこう出来る権限はないし、俺達の主任務は君の護衛だからな。それに、セシルの心配なら無用だ。あいつはそんなに柔じゃない」


 言葉をそう区切ると、アルフレッドさんがちらりと俺の表情を窺う。納得したのかと、問いかけるような視線を俺に一度ぶつけると、アルフレッドさんは再び前を向いた。


「……」


 窓の外に、ようやく見慣れた景色が浮かび始めていた。会話が再び途絶えた車内からはエンジン音だけが響いている。まるで、会話の終りを告げるように、アルフレッドさんはあれから押し黙ったままだ。


 ――あの女の吸血鬼は、確かにあの人間達を放っておけば、そのまま死んでしまうと言っていた。その事はきっとアルフレッドさんも分かっていただろうし、俺なんかよりもどうすべきかは知っている気がする。


 だけど、アルフレッドさんが選んだのは、そのまま置き去りにして、一刻も早く工場を離れると言う選択だった。無論、アルフレッドさんにもそれなりの訳があったんだし、それはアルフレッドさんの考えた、最も妥当な選択だったのなら、納得はいかないけどそれ以上に俺がとやかく言ってどうこうなる事でもない。

 だからこそ、俺はアルフレッドさんの言葉には何か、言い表せない空白を感じるのだ。俺にそう思わせたくて、そう言う風に言ったのだとしたら、彼はきっと俺に何かを隠している。それが何かは分からないが、少なくとも俺には隠しているという事だけは理解出来た。


「……さ、家に着いたぞ」


 いっそ思い切ってアルフレッドさんに聞いてみようかとも思ったが、タイミングが悪く家に着いてしまったようだった。こればっかりは流石に仕方がない。なんやかんや言っても、俺だってもうへとへとで、家に帰ってゆっくり身体を休めたいのが本音だった。

 俺は後ろの座席からバッグを取ると、アルフレッドさんに一声かけて車から降りた。


「あっ……そういえば、これ……」


 車から降りた時、俺はバッグの中にまだセシルさんから渡された銃を持っていた事を思い出した。俺は早速銃の入った袋を取り出すと、運転席のアルフレッドさんに差し出す。流石にこんな物騒な物なんて保管出来ないし、それにもともとこれはセシルさんから預かったものだ。俺のものじゃない。これはとりあえずアルフレッドさんに返して、俺に銃を渡した理由をそれとなく聞いてみよう。

 そう思ってアルフレッドさんに袋を渡そうとするが、アルフレッドさんはその袋を一瞥して首を横に振った。


「それは君が持っていてくれ。危機の時には気休めにしかならないが、それが逆転の一手になる場合だってあるだろう。……それに」


 何かを言いかけたが、アルフレッドさんはどうやらそれを思い留め、視線を外に逸らす。一瞬、その横顔に再びさっきのような空白を覚えたが、アルフレッドさんが視線を戻した時には、既にそれは見受けられなかった。


「これを君に渡した理由は、きっと君が自分で追々気付くだろうさ。だが、それにはまだ早い」


「? まだ早いって?」


 しかし、アルフレッドさんは俺の言葉に返答はせず、無言で俺にドアを閉めるよう促した。俺はどうしようかとも迷ったが、アルフレッドさんの表情を見れば、きっとこれ以上の説明はしてくれないだろうと思い、渋々車のドアを閉めた。


「それじゃあ、信介君。先に家に入っていてくれ。俺は車を仕舞って、それから帰るよ」


 アルフレッドさんは俺がドアを閉めたのを確認すると、助手席の窓を開けてそう言い残す。すると俺が乗って来た車は再び軽快なエンジン音を鳴らし、静かに夜の帳の中へと進んでいった。


「……」


 車の後先を見つめながら、俺は家の壁に寄り掛かる。冷たいコンクリートの感触が、あの工場の油と埃を思い出させる。落ち着いて呼吸をすると、まだあの時痛めた左腕がずきずきと痛んだ。


 ――気休めって……。またセシルさんやアルフレッドさんに頼れって事か……。


 すっかり暗くなった夏の夜空が、今は果てしなく遠くに見えた。














 二人の異形は、その凄惨たる状況を、建物の外から見つめていた。


 一人は漆黒の牧師服に身を包んだ、冷徹な笑みを浮かべる若い男。

 もう一人はダークグレーのスーツに、長い髪を後ろに束ねた浅黒い肌の男。

 彼等の眼下に広がるのは、見るも無残な意思をはく奪された人形達の山だった。ある者は地面に突っ伏し、ある者は壁に寄り掛かるように俯いている。まるで失敗した人形達を捨てたゴミ捨て場のような光景から目を逸らし、若い男ことロメオは、浅黒い肌の男に顔を向けた。


「ご覧の通り、作戦は失敗したようです。ハキムさん」


 うっすらと笑みを浮かべ、ロメオはハキムに笑いかける。しかし、ハキムはロメオの顔を見ようともせず、未だに人形達に目を向けていた。


「相変わらず、お前は後先を考えないやり方をする」


 ロメオの視線が、人形の中の一人の所で止まる。それはこの状況をたった一人で作り上げた吸血鬼で、時間をかければきっと優秀な部下になると考えていた、まだ年端もいかない少女だった。

 ロメオはハキムの視線の先に気付き、それの正体を掴むと鼻を鳴らす。そして、彼はもう一度ハキムの方を向くと、何時も通りに笑みを浮かべて答えを返した。


「それは仕方ないですよ、ハキムさん。だって、あんな貧弱な手駒で協会のハンターを突破するなんて、こうでもしなければ無理だと思いますよ? 私も一応、今回の事で御咎めを受けると思いますし」


「……捕まえる気なんて、毛頭も思っていない奴が言うセリフじゃないな、それは」


 ハキムはそう言うと、視線を外してポケットから煙草を取り出す。口に銜え、火を付けて大きく煙を吸引すると、それを星が浮かぶ空へと浮かべた。


「ははは。しかしこれで葛城信介の傍に居るのが、あの“銀狼”と“黒猫”だけと分かったんです。これで幾分か仕事はやりやすくなったでしょう? ハキムさん。私個人としては、それで充分責務は果たしたと思っていますよ」


 実際の所、ロメオは始めから自分の部下達では、葛城信介の捕獲など出来る訳がないと考えていた。

 それは、自分が過去にグラストンベリーで闘った“銀狼”が葛城信介を護衛している事を知った時からそう思っていたし、それ以前に部下の半分がハーフの吸血鬼ならば、相手が“銀狼”でなくとも勝てるものではないと踏んでいた。

 だから、ロメオは敢えて勝つための作戦を練ろうとはしなかった。実際、彼が自分の部下達に下した命令の、その目的のほとんどは、葛城信介を護衛する協会のハンターの分析と構成人数の把握であり、当然それで今回の作戦で多くの部下達を失ったが、彼はその捨て駒のおかげで目標の情報と、副産物として日本の協会支部の動向を掴む事が出来たのだ。


「その分、結構な犠牲はあったようだがな。君の部下には、色々とまだやって貰わねばならない仕事があった奴も居ただろうに」


「薫さんの事ですか? 確かに、薫さんを騙した事は悪いとは思いますよ。だけど、彼女はそれ以前に自分の心の甘えを拭いきれなかった。そもそも弱かったんですよ、彼女は。そんな奴、例え他に使い道があっても、私達のボスは必要としていませんよ」


 騙した事を悪びれる事なく、ロメオはポケットから携帯を取り出す。其処には、数十件にも及ぶ同じ人物から着信があったが、彼はそれに目を通さずに携帯の電源を切る。これはもう、彼にとっては用済みだ。後は寝返りなんかされないように、直接自分の手で引導を渡してやろう。彼は携帯を握り締めると、次の瞬間にはそれは灰となって消えていた。


「……まぁ、君の部下だ。どう扱おうと私はこれ以上は何も言わん。……しかし、それよりもだ。私は協会のエースハンターが二人もこんな辺境の地に来た事が不思議でしょうがない。たかが護衛くらいなら、日本の支部にでも任せれば良いだろうに」


「それだけ、あの少年には利用価値があるという事なんじゃないでしょうか。肝心のニホン支部はまだ動いていないですし、とりあえず現状で気を付けなくてはならないのは二人だけのようです。どちらにしても、エース級のハンターを二人相手にする事には違いないですが」


 ロメオの言葉に、ハキムは軽く首を縦に振った。


「そのために、私はわざわざ連中をニホンに集めたんだ。最も君に頼まなければ、私は集める気はなかったがな」


「念には念を、とでもいうべきでしょうか。動ける者は、多いに越した事はないでしょう?」


「私の部下まで算段に入れているようだな 君は。……まぁ良い。君はきっと出世するよ、それは私が保証する」


 ロメオは微かに笑みを浮かべ、ハキムに一度だけ軽く頭を垂れた。



とりあえず、今回で一応この物語の第一章は終わり。

次回からいよいよ第二章のスタートです。

とりあえず既に次の章は時間を見つけて書き初めているのですが、ようやく書きたい事を書けるとあって何時になくハイテンションで執筆しております。そして出来たらマイペース更新も改めようとも思っております(涙


それと、もう一つ。これはまだ色々と未定なんですが、カプコンから発売されている、【モンスターハンター】の世界を舞台にした小説を発表しようと思っています。流行に乗ろうとしてる感がまったく否めてませんが、それを抜きにしても一時期病的にハマったゲームなので、書いてみようかと。

それで今は色々と世界観やら登場人物の設定を作っているのですが、中々良いアイディアは浮かびませんね。なんかこう、やりつくされちゃってて(笑


最後に、今年から大学生になった皆さんへ。


単位は必死に取ろう。とりあえず首が回らなくなります。


感想、評価お待ちしております。

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