その男、信介 2
「そりゃ、お前も災難だったな」
椅子の背もたれに寄りかかり、クラスメートで俺の親友でもある青井賢治はにっこりと笑って言った。
時間は放課後。五時間目も遅れた挙句、屋上の一件でクラスメートには白い目で見られ、ほとほと疲れきった俺は、その疲れの元凶である幼なじみを自分の教室で待っていた。しかし、待てど暮らせど四季は来ず、学校から家が近い賢治まで巻き込んでかれこれ三十分近く教室で待っていた。
「ホント、まったくだ。せっかく復縁しかけてたのに、四季のせいで全部パーだよ」
賢治の机に寄りかかり、俺は昼休みの事を思い出して溜息を吐いた。何であんなタイミングで、もっとも来ては駄目な人間が来るんだ。喜劇じゃないんだぞ?
「信介には笑いの神でも憑いてんじゃねぇか? しかも団体で」
「人事だと思って……。一回、あんな風にみんながいる所で怒鳴られてみろよ? そのまま勢いつけて飛び降りたくなるからさ」
「はは、遠慮しとくよ。まだまだ死にたかねぇし。――ていうか噂の浮気相手、遅くないか?」
「ああ、用事でもあるんだろ? 部活が休みだっていっても、やんなきゃいけない事はあるんだろうし。……それに、だからこそお前を巻き込んでるんだ」
「あのなぁ」
賢治は迷惑そうな顔をしながら、それ以上は何も言わずに椅子に座り直す。面倒くせぇと言いつつも、結局賢治は毎度付き合ってくれる。そういう奴だ。
「まぁ冗談はさておき、そろそろ探しに行ってみるか。忘れて一人で帰ってるかもしれんし」
四季の事だから、それは大いにありうる。小学校の頃は、本当にそれで何度か一番星を探しながら一人で帰ったことがあったし。
「そうしてくれ。俺も、野郎二人で貴重な放課後を潰すのは嫌だからな」
俺は笑いながら傍に置いてあったバッグを肩にかけ、座っている賢治に軽く手を振った。そして教室を出ると、四季の居そうな場所を手当たり次第に当たってみる事にした。
――ま、どうせ教室か部室だろ。
という事で、先ずは一番近い四季の教室に行ってみる事にする。ちなみに、俺のいるB組から四季のいるD組までは階段一つだ。階段を颯爽と駆け上り、俺はドアの外からD組の教室の中を見渡した。
それらしき影は無い。数人の女子が駄弁っているが、その中に四季の影はなかった。
やっぱり部室だろうか? 四季はバスケ部だから、きっと体育館に面した方の棟だ。階段を静かに駆け下り、渡り廊下を通ると、ようやく目的地の女子バスケ部の部室に辿り着く。俺はちょっと深呼吸すると、部室のドアを軽くノックした。
「はぁい」
中からくぐもった声が聞こえ、重たい部室のドアがゆっくり開く。そしてドアの隙間から、四季と同じくらいの背の、おさらく一年生の部員がひょっこり顔を出した。
「その四季、……じゃなくて、岬さん来てないかな?」
「……岬先輩ですか? んーっとぉ、さっきまで居ましたけど」
俺の顔を訝しげに見つめながら、彼女は小首を傾げて返事をする。昼休みの屋上での出来事を知っているかとも思ったが、とりあえず今は俺の思い過ごしと言う事にしておこう。
うーん、すれ違いかぁ。四季の事だから、きっと大方時間を忘れてここでお喋りして、時計を見て急いで教室にでも向かったんだろう。走っていけば追いつくか。
一年生の部員に礼を言いながら、俺は踵を返して急いで教室に向かう。まだ賢治が残っているなら、きっと四季の事を引き止めていてくれるはずだ。
「ああもう! もう四時半じゃねぇか!」
家に帰ってやらなきゃいけない事が山ほどあるのに……。こりゃ、四季に購買のメロンパンでもおごってもらわなきゃ割に合わないな。
そんな事を考えながら体育館の通路を走っていると、不意に体育館の方の小さな女の子が俺の目に止まった。まさかと思い、足を止めてその姿を目を凝らして見てみると、その女の子はどうやら俺の探していた女の子のようだった。
「おーい! し……」
四季の名前を呼ぼうとしたその時、俺は四季の歩みの先に、一人の男が立っているのを見つけた。心持ち高い身長にきっちりと制服を着こなし、短い茶色い髪と黒縁の眼鏡が印象的な男だった。そしてその黒縁の眼鏡の奥には、彼の自信に満ちた瞳がギラギラと輝いていた。
目の前の二人を見つめ、少し考えを巡らせた。相手は四季のクラスの男子じゃないし、四季の知り合いの男だったら、何となく見覚えがあるはずだ。だけど、今の男には全然見覚えはない。だとすると、本当に四季の彼氏……か?
そう結論付けると、俺は何だか、だんだん腹立たしい気持ちになってきた。勿論、嫉妬とか焼きもちとか、そういう安っぽい恋愛感情とかではない。むしろ逆だ。昼休みのあの大惨事での四季のアンビリバボーな登場を鮮明に思い出し、俺の心で沸々と憎悪の炎が燃えた。ていうか、あの帰る約束はなんだったんだ。
上履きのまま俺は一歩渡り廊下の外に出ると、すぐに四季と男の後を追う。このまま帰って、後でねちっこく四季に愚痴をこぼしてもいいのだが、約束をすっぽかされたのと好奇心が重なり、俺は後を追う事にした。
運動場の方に繋がっている細長い中庭を二人はゆっくりと歩いていき、俺もその後に続く。時折すれ違うランニング中の空手部を避けながら、俺は静かに二人の後をつけた。
しばらく後ろからじっと見つめていると、そういえば二人はさっきから全然会話をしていない事に気付いた。時折、男の方は一歩後ろを下がって歩いている四季に目をやっているが、しかし、やっぱり話し掛ける様子はなかった。
変なカップルも居るもんだなと思いつつ、俺は上履きに入った小石を取り除く。上履きで外を歩くと、裏が擦れて汚くなるから非常に嫌だが、どうにも好奇心には勝てそうにもない。
二、三分程歩いた後、二人は人目の届かない、第二校舎の裏の方に来ていた。そこで二人は立ち止まり、ようやく何か話を始めていた。
一体、何を話してるんだろう? 一生懸命聞き耳を立てるが、ここからだと随分と距離があり、ほとんど聞こえない。息を潜め、俺はもう少し二人に近づいてみる事にした。
「……答え、聞かせてよ」
「やっぱり……その」
二人の顔がよく見えるくらいまで近づくと、俺は静かに校舎に寄りかかった。ここからだと、丁度男の方からは死角になるので好都合だ。
「昼休みの後、考えてくれたんでしょ? だったら、黙り込む事なんてないだろ?」
「うん……だから」
「だから?」
「あのね、やっぱり、その」
「分かったからさ、早く答えてよ。そら、放課後いきなり呼び出した僕も悪いんだけどさ」
男の微笑とは対照的に、四季の顔はたまに見せる困った顔になっていた。人に頼まれてもしっかり断れない四季は、よくああやって顔を顰めてしまうのだ。
なるほど四季の奴、男に告られたんだ。だから俺の約束も忘れてここに来たのか。
「あの……やっぱり、無理です。ゴメンなさい」
その言葉とともに、四季は男に向かって丁寧に頭を垂れる。その動きに合わせ、短いが柔らかい四季の髪が、綺麗にふわっと舞った。
――ここでは俺は邪魔者だな。
俺は静かに埃を払い、二人に気付かれないようにこの場を去ろうと鞄を持ち上げた。約束の事はまた後にするとして、今は邪魔しないほうがいい。野暮ってもんだ。そう思って歩き出した、その時だった。
「は? お前、何言ってんだよ?」
今までフラットだった男の声のトーンが急に低く、どすの利いたものに変わる。その声に四季はビクッとして顔を上げ、男の方はゆっくりと四季に歩み寄っていった。
「お前……俺に告白されたんだぜ? 普通オッケーすんだろ?」
男の長い腕が、四季の肩を力強く掴む。一瞬、男に掴まれた反動で四季は後退りするが、男はそれを無理矢理引き戻した。
「い、痛い……」
「痛いじゃないだろ? 俺が聞きたいのはさ、イエスかノー、だよ。 言ってる事分かるよね?」
「その、ゴメンなさい……」
「お前……話聞いてたの?」
「あの……」
掠れるような声を四季は漏らし、肩を震わして男から顔を背ける。あの四季の様子から察す
るに、おそらく四季は竦んでしまっているようだ。 ただならぬ幼なじみの危機を察知し、俺は周りを見渡す。そしてここには俺と四季とあの男しか居ない事を確認すると、大きな溜息を吐いた。戻って誰か呼ぶにも時間がかかるし、かと言って腕っ節に自信がある訳でもない。俺にはどちらの選択も、選びづらい事この上ないものだった。
――あー。本当に今日はついてねぇ。
男として生を受けて、みっともない真似が出きるわけがない。俺は覚悟を決めてバックを握り、チャックがしっかり閉まっている事を確認する。そして上履きが途中で脱げないように履き直すと、ゆっくりと男の方に近づいた。
「なぁ」
「あ?」
男の後ろから素早く四季の肩を掴んでいる方の手首を握り、俺はそれを強引に四季の肩から引き離した。
「……あ、信ちゃん」
顔を上げた四季を庇うように俺は男の前に立つと、握っていた男の手を離す。男は一瞬予期せぬ事に当惑したようだったが、すぐに眉を顰めて俺を睨みつけてきた。
「何だよ? お前」
「見ての通り、止めに入っただけだ」
「は、関係ないだろ? お前には」
「関係ない事はないさ。付き合ってる訳じゃないけど、この子は友達だ」
鼻を鳴らしてそういうと、男はさらに眉間にしわを寄せ、俺の後ろにいる四季に向かって言った。
「お前、男居ないとか嘘言ってんじゃねぇよ。あ? まさか調子に乗ってる?」
チラッと四季の方を見ると、普段の彼女では考えられないぐらい、ひどく辛苦な顔をしていた。目の前の男の言葉に、四季は完全に萎縮してしまっているようだった。俺は男の方に向き直ると、少し冗談めかして口を開いた。
「嘘は言ってないだろ? 俺と四季は付き合ってないんだから」
「だったら……」
「だったら何で出てくるんだって?」
男の話を遮り、俺は再び言葉を紡いだ。そして男も、むっとしながらも俺の言葉に頷いた。
「簡単じゃねぇか。お前のやり方は、男らしくない」
言い終わるか否かのタイミングで、俺は持っていたバックを男にそっと放り投げる。すると男は、俺の投げたバックを反射的に両手で受け取っていた。
次の瞬間、男の顔に素人丸出しの大振りのパンチが深々と突き刺さった。古典的、かつ卑怯で姑息な手だったが、今は方法を選んでいる場合じゃない。
大振りのパンチをもろに食らい、男はバランスを崩して後ろに勢いよく倒れ込んだ。今だ。俺は四季の手を掴み、男の横に転がっていたバックを拾うと、振り向きもせずにそのまま一気に走り出した。
「て、てめぇ!」
後ろの方からあの男の叫び声が聞こえる。追いかけられたら逃げ切れそうもない。だから、追いかけられる前に逃げなければ。
四季のブレザーの袖を握ったまま中庭を突っ切り、体育館を迂回して走る。何時の間にか太陽が傾き始め、大きな影が伸びる中庭を、俺は四季を引っ張って走った。そしてしばらく走って、ようやく俺達は第一校舎に辿り着いた。
息も絶え絶えに、周りを見回してあの男が追って来ないのを確認すると、俺は息をついて下駄箱の前にへたり込む。男を殴った右手に、気が付くと鈍い痛みがあった。
「あの……」
俺の限界に近い走りを共にして、まったく呼吸を乱していない四季が、申し訳無さそうにへたり込んだ俺の顔を覗き込んで来た。
「その……ゴメン」
まるで自分が悪い事でもしたかのように、四季は俯いて言った。何だかはしゃぎ過ぎて叱られた子犬みたいな顔をしながら、俺が口を開くのを待っているようだった。俺は久しぶりに走ってパンパンに張った太股を擦りながら、ゆっくりと腰を上げる。
「……まったく。お前、自分で四時って言ったじゃんか。思わず学校中必死に探し回って、思
わずお前のピンチを救っちまったじゃんか」
何事もなかったように、笑みを浮かべながらそう言い、俺は自分の下駄箱から履き慣れたスニーカーを取り出す。そして逆に、中庭のコンクリートで擦れて真っ黒になった上履きを下駄箱の中に入れる。その何でもないような動作さえ、四季は食い入るように見つめていた。
「……信ちゃん?」
しばらく俺の横できょとんとしていた四季が、困った顔で俺に聞き返す。俺は大げさに溜息を吐き、軽く眉を顰めて言い聞かせるように四季に言った。
「帰る約束。お前自分で帰ろうって昼休みに言っただろ」 それを聞くと、四季は小首を傾げ、すぐにはっとして俺の顔を見た。どうやらこいつ、本当に帰る約束を忘れていたらしい。
「……バカ四季」
「あぅ」
四季のおでこを軽く小突くと、四季はわざとらしく自分のおでこを押える。今までずっと困った顔をしていた四季の顔に、ようやくいつもの笑顔が戻った。
「……そっちの方がらしいぞ」
「え?」
「ほら、さっさと帰るぞ」
振り返らずにそう言うと、後ろからは四季らしい、元気のいい声が聞こえてきた。
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その日六月十日は、定本玄貴にとって、人生で最も忌々しい日になろうとしていた。
数日前から気になっていた後輩をやっとの思いで誘い出し、言い寄って、もう少しで落せそうな時に、あの男が現れたのだった。
元来、成績優秀とスポーツ万能を共に持つ彼にとって、一方的に自分が殴られ、なおかつその相手が自分より社会的に弱い立場の者だった事は、今まで生きてきた中で最大級の屈辱であり、また最悪の出来事だった。魁王学園でもトップクラスの学力を有する特別進学クラスに名を連ね、さらに学園の後援者でもある人物を父に持つ彼にとって、この学園で自分より権力を有する存在は少なく、況してや生徒内には自分に及ぶ敵すらいないはずだった。実際、彼もその事は入学当時から自負していたし、周囲の生徒も総じて彼の事を恐れていた。
しかし、自分より強い者は居ないはずのこの学校で、あろう事か下級生に彼は殴られたのだった。それだけで、彼の中には何ものにも代え難い、非常に強い憎悪が巻き起こっているのだ。
定本はベッドで寝返りを打ち、真っ赤に腫れ上がった左頬を擦る。この腫れた頬を擦るだけで、彼の心にあの忌々しい顔がフラッシュようにちらついた。
――見つけ出して、殺してやる。
彼の父を使えば、自分を殴った男を社会的に抹殺する事など造作もない事だった。だが、それでは彼の気持ちが収まるはずがない。必ずあの男の名前を調べ上げて、俺を殴ったあの右手を、絶対に使いものにならなくしてやる。彼はその切れ味鋭い目をぎらつかせた。
ギィ、ギィ。
不意に部屋のガラスが揺れる。定本はベランダの方を見るが、特に変わった様子はない。風でも強いのかと近寄って外を眺めてみるが、庭の木の枝が揺れている様子もなかった。
「建て付けが悪い訳じゃないのに……」
彼はもう一度ベッドに寝転がり、再びあの男の事を考え始める。岬四季の友人を名乗り、彼の前に立ちはだかった男。学年は分からなかったが、少なくとも彼よりは下だ。なら、後輩の奴等を数人呼び出して……。
ギィギィギィ……。
部屋のガラスがさっきより激しく揺れる。もう一度外を眺めてみるが、やはり依然として木の枝は動いていない。一体、何だというんだ。彼は鬱屈そうに再度ベッドから身を起こすと、鍵を開けてベランダに出た。
ひんやりと冷たい足元に、生暖かい風が吹き抜ける。彼の目の前に広がるのは闇黒のみ。遠くの方で青白い電灯がチカチカ光っているだけだった。
定本は眉を顰め、庭に向かって唾を吐く。本当に今日という日は、いちいち癇に障る日だ。彼は周りに何もない事を確認すると、振り返って部屋に引き返そうとした。
「!!」
ガラス戸を握り締め、思わず声にならない声をあげた。そしてとそしてとっさに彼は、振り向かずに再びベランダへと出た。
部屋の中には彼の知らぬ間に、見知らぬ男が一人、ポツンとベッドに腰掛けていた。定本は唾を飲み込み、ゆっくりと後退りする。彼は思わず息を飲み、そして混乱したい気持ちを抑えて必死に考えを巡らせた。
「だ、誰だよてめぇ!」
真っ黒なスーツを着込み、足を組んでベッドに腰掛けている男に、定本は上ずった声で虚勢を張る。ベランダの手すりに預けた彼の背中に、嫌な汗が流れていた。
「その臆した顔で声を上げても、まったく迫力はないがな」
完全に狼狽しきった定本の顔を見つめ、男は口を開く。その顔に浮かぶのは、微笑。定本の全てを見透かすような、純粋たる魔性の眼だった。
「叫びたかったら叫べばいい。まぁもっとも私がやろうと思えば、それすらも叶わないのだけどな」
男の眼に魅せられ、吸い込まれたくなるような錯覚を定本は感じていた。叫ぼうと思えば叫べるのに、男の瞳が、まるで彼にそれをさせないように静かに、そして鈍く光っていた。
「君が何を言いたいのか分かっている。そして、君の願いも……ね」
「あ、あの……」
何時の間にか恐怖心が失せていた定本は、無意識のうちに彼に向けて歩みを進めていた。勿論それが、魔性の者からの誘いだという事に彼が気付くはずもない。
「君はただ認めればいい。言葉は要らない。認め、それを信じ、ただ復唱すればいい」
男の目が、再び鮮やかに光る。それと同時に定本は、なにやら言い知れぬ安堵感を感じ始めていた。
「君という人間は、そのちっぽけな学の才をひけひらかし、あまつさえ親の権力すら躊躇わず利用する高慢不遜な人間だ。だがその実、本当の君は、権力がなければその学生服の内ポケット入っている、煙草の一本すら持ち歩けない小心者だ」
男はベッドからすくっと立ち上がり、一歩一歩定本へとやってくる。一方の定本の目に今やもう正気の色はない。目と鼻の先で男は立ち止まると、自分の親指を口につけた。
「だからこそ、君を選んだ。君は選ばれた。人外の力を使う事を、人外の者に許された。君の心に巣食う憎しみ、怒り、そして恐怖を取り除く力を」
「俺の憎しみ?」
オウム返しに、定本は繰り返した。
「そう、君の憎しみ、怒り、恐怖を駆逐する力」
「俺の憎しみ……あの男、俺を殴ったあの男」
定本の顔に、再び憎悪の色が宿る。だがもうそれは先程のものの比でない。男はそれを感じると、口につけていた親指の先を軽く噛み切る。そして男は指から滲み始めた赤い血を、静かに定本の口につけた。
「目覚めよ。貴様は、崇高なる吸血鬼の血縁なり」
定本の心に、大きな亀裂が入った。
若干変更しました。これで携帯でも多少読みやすくなるはず……。