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Great begin 7

「さてと……これからどうしたものかな」


 若干の気だるさを孕む全身を労わりながら、俺は軽く息を吐いてもう一度後ろを振り返る。そこには、速度を十分に落として走る俺と一定の距離を置いて、あの幻影の化け物が俺を追って来ていた。無論、俺を全力で追うような素振りは見せてこない。俺がこの化け物の正体を見破ったからだとは思うが、それでも追跡を止めないのは、恐らく主の吸血鬼が俺の居場所を完全に把握しておくためだろう。向こうもどうやら、自分から打って出てくる気でいるようだ。


 ――それはそれで結構ヤバいんだけどな。


 何度も言うようだが、俺には吸血鬼と真正面から闘って勝てる力など皆無だ。唯一対抗出来る手段だって、セシルさんが居なければただの愚行に成り下がる。ここは、向こうの吸血鬼と出くわす前に、古賀を追ったセシルさんと接触すべきだ。


 ――それに、あの化け物の特徴は完璧に把握している。直接対決になって、化け物が有効な一手になる事はまずない。

 

 これだけは自信を持って言える。俺の勝手な憶測でなく、走るという俺の行動によって気付く事が出来た、経験から来る自信だ。だから今からは、吸血鬼との闘いに主眼を置いて考えよう。それがこれから取るべき行動のキーポイントになるはずだ。


 ――あの化け物の死角になる所から俺を発見でき、そして尚且つ俺からはその観察を悟られない場所……。


 やはり、俺が最初に逃げようと考えていた第二校舎、それも屋上が一番怪しい。仮に第一校舎の屋上だったとしたら、俺はもうとっくに捕まっている筈だ。あの時は化け物に気を取られて結局第二校舎には行けなかったが、吸血鬼が俺が人目の少ない第二校舎に逃げ込んで来る事を予想していたのなら、どうやら途中の作戦変更が功を奏したようだ。危うく敵の思惑に乗ってしまう所だった。

 それに目標が第二校舎の屋上に居るとしたら、それを逆手に取らない事はない。王将の居場所が分かったのなら、後はそれを順当に詰んでいくだけだ。しかし、どうすればいい? 追い詰める駒は全く無いと言ってもいいぞ。


 ババババババ……。


 開いていた窓から大きなプロペラの回転音が聞こえる。ふと空を見上げてみると、そこには小さな民間のヘリが校庭の方を旋回しながら、かなりの低空で飛んでいた。……この騒ぎが、ようやく外に伝わったか。それに気付いてみれば、騒ぎも先程に比べて幾分かは収束して来ている。恐らく吸血鬼も、マスコミと警察の動きに勘付いて校庭の方のもう一匹の化け物を引っ込めたんだろう。騒ぎや陽動作戦は、どうやらもう一区切り付けたようだ。

 だとすれば奴も、そうそう迂闊に俺に攻撃を仕掛けては来れまい。後ろに居る怪獣だって、吸血鬼にとっては本当は出して置くにもリスクが高い要素の筈だ。しかし、それでもなお吸血鬼が怪獣を出しているという事は、向こうにはまだ俺を捕まえる意思があると見て間違いはない。要するに、今の向こうの問題は如何にして人目を憚るかだ。さっきの消耗戦ではある程度の人の目は欺けたが、今度のそれは訳が違う。外にはマスコミや警察が居る訳だし、それに今まで追い回されていた生徒や来校者だって周りに気を配っているだろう。


 ――だが、用意周到に準備をして来た吸血鬼が、まさか失敗した時のための逃げ道を用意していなかった……って、そんなのはどう考えても有り得んからな……。


 別に吸血鬼を仕留めようなんて、そんな贅沢な考えは持っていないが、やはり自分の学校で好き勝手やられた以上、俺はこの騒ぎを起こした吸血鬼を許すつもりはない。だから、出来る事なら俺はどうにか敵の吸血鬼に一泡吹かせてやりたいのだ。しかし、それには手段がない。セシルさんの到着を待ってそれで合流して……なんてすっとろい事をやっていたら、確実に向こうに逃げられてしまう。時間は……多く見積もっても二十分が良い所か。ここいらでそろそろ動き始めないと、本当に吸血鬼を見失ってしまう。

 勿論、行方をくらます方法はある事にはある。そしてそれに乗じて奇襲をする方法がない訳ではない。ただ、打撃力がないのだ。吸血鬼を仕留める、俺にはない決定的な打撃力が。

 セシルさんが来るのを待っていたら、確実に奴を取り逃がしてしまう。だけど、俺一人で出来る事は足止めくらしかない。それに万が一セシルさんが間に合ったとしても、校舎に入れば後ろの怪物に発見されて逃げられてしまうかもしれない。


「やっぱ、ここは俺が動くしかない……か」


 ふぅ、と一呼吸置き、俺は脳内で少しずつ事態を整理していく。相手の立ち位置、俺の移動ルート、相手の逃げ道、そして、セシルさんを配置すべきポジション。その全てをまとめ終えると、今度はポケットから賢治の携帯電話を取り出す。時間は三時過ぎ。この時間なら条件は心配ない。後は俺が奴をどう誘き出すかだ。

 慣れない手つきで俺はリダイヤルのボタンを押すと、ありったけの思いを込めて電話の発信ボタンを押した。













「そろそろ、潮時のようですかね」


 第一校舎を徘徊させていた“Y”をフェードアウトさせ、遠野幸太郎とおの こうたろうはゆっくりと立ち上がる。ポケットから携帯電話を取り出し、着信を確認するが、先程と同様、古賀茂こが しげるからの連絡はない。どうやら大方の予想通り、古賀茂は早々に“銀狼”に片付けられてしまったようだ。それに、遠野も遠野で葛城信介に逃げ切られてしまったし、能力の欠点である“幻”も葛城信介に看破されてしまっている。遠野の言葉通り、全てのカードを切ってしまった以上、遠野が迂闊に動く必要はなかった。


 ――それと、“銀狼”にも注意を払わなければいけないな。


 葛城信介が彼にとって致命的な手段を持っていない以上、これから注意しなければいけないのはむしろ“銀狼”のセシルだ。その点に就いては未だに彼は時間を有しているが、用心深い彼は古賀と違い、闘うなどという愚行に走ろうとは微塵にも考えていなかった。たかがハーフの、しかも能力に重大な欠陥がある自分に、“銀狼”という恐ろしい二つ名を持つ吸血鬼ハンターを始末する実力はない。彼は軽く微笑を浮かべると、ポケットから携帯電話を取り出し、素早く“彼女”に連絡した。


「もしもし?」


 何時も通りきっかり三十秒後に、電話の向こうから若い女性の声が聞こえてきた。遠野は忙しく上空を旋回し続ける民間のヘリを見上げ、静かに口を開いた。


「遠野です。作戦終了です」


 淡々とそう言い、今度は校庭の方に目をやる。視線の先には、何台も止められたパトカーと機動隊の姿があった。


「そう。で、結果は?」


「失敗です。古賀君も恐らく」


「……まぁいいわ。君の力は目立つから、向こうには丁度いい牽制にもなったでしょうし」


 初めから期待はされていない、そんな事は遠野にも分かっていた。だから、こうして逃げる事になるのも何の躊躇はなかった。優先事項は葛城信介の取り巻きへの牽制。我々は何時如何なる時にも襲撃出来るという、その意思表示。それが目的だという事を、彼は何となくだが感じていた。

 視線を上げ、彼は寄りかかっていた手摺から身体を起こす。連絡もしたし、そろそろここから逃げた方がいいだろう。とは言っても、来校者のふりをしてそっと校庭から立ち去ればいいだけだが。


「…………悠長に電話か? 吸血鬼?」


 突然の声。彼は表情を隠し、階段の方を向く。聞こえたのは紛れもなく男の声。彼は声のした方を注視した。


「驚いた……って感じだな? まさかこんな所に標的が、みたいな顔してるぜ?」


「……二条さん、また掛け直します。もしかしたら今の報告、ひっくり返るかもしれません」


 声の主。それは、今まで遠野が散々追い回していた標的。そして同時に、それは遠野のターゲットの男、葛城信介の声だった。

 電話を切断し、彼は不敵に笑いながら彼の方を向く。眼鏡を押し上げ、前髪を払う。そしてゆっくりと下から値踏みするように、葛城信介を一瞥した。


「言葉の割には、貴方も満身創痍のようですね? お連れの“銀狼”とは一緒じゃないんですか?」


「もう一人の馬鹿な吸血鬼を追って行ったよ。だから、お前の相手はこの俺だ」


「はははははは。何の武器も能力も持たない、貴方がですか?」


 入口の階段から死角になるように、遠野はその立ち位置を少しずつ横にずらしていく。葛城信介の言葉は間違いなく嘘と言っていい。古賀から聞いた話から、その事は分かる。問題は“銀狼”が何処にいるかだ。だが幸い、ここは限られたスペースしかない屋上。よくよく考えれば“銀狼”の居場所など、すぐに答えが出た。


「……残念ですが、貴方の近くに誰かが居る事などお見通しですよ。貴方の行動の根拠、理由、狙いを考えれば、どうして貴方が満身創痍の状態で私の前に現れたのか、そんな事は容易に想像出来ますよ」


 少しずつ立ち位置を移動させ、遠野はついに入口からは完全に死角になる位置まで移動した。後はもうどうにでもなる。葛城信介を人質にして逃げるのでも、屋根伝いに逃げていくのでも。やり様はいくらでもあった。


 ――どちらにしろ、葛城信介には近づく必要があるけどな。


 万が一の事を考え、ポケットに仕込んでいたナイフをズボンの布越しに確認し、遠野は入口に気を配りながら葛城信介との距離を縮めていく。近づけば近づくほど、彼にとっては有利な状況になる。さらに、ここからなら葛城信介が良い具合に遠野と入口の対角線上にいる。これで向こうは迂闊に飛び道具は使えない。遠野は口に溜まった唾を飲み込むと、高鳴る心臓を抑えるように大きく深呼吸した。


「……俺の行動の根拠か。確かに、普通に考えたらここに来るのはおかしいな。俺もあんたなら確かにそう思う」


 ポケットからナイフを取り出し、遠野は身体を屈めて臨戦態勢を取る。無論、闘う為ではなく、あくまで応戦するためだった。


「それに、あんたの立ち位置は正解だ。入口から死角になり、セシルさんの射撃を抑えられる位置に立っている」


 葛城信介の後ろを注視し、遠野はナイフを構える。未だに入口からは何か出てくるような気配はない。遠野は一瞬、“X&Y”を偵察に使おうかとも思ったが、それをすぐに思い止めた。あれは出すのに少し時間がかかる。それは数秒だが、それが命取りになるかも知れない。込み上げてくる耐え難い吐き気を飲み込み、遠野は葛城信介の言葉に笑みを返した。


「それなら、僕が持っているこのナイフの意味も分かりますよね? 葛城君。この位置からなら、君を殺して逃げる事だって可能なんです」


 そうだ。詰んだのは僕の方だ! 遠野は高らかに咆哮し、そして葛城信介に向って大きく突進した。


「……!?」


 突然、遠野の手首に何かがぶつかったような衝撃が走る。同時に、手に持っていたナイフがあらぬ方向に飛んでいく。そのナイフの刃が銀色に煌めき、そして大きな音を立てて地面に転がった。


「だけど、勘違いするなよ、吸血鬼。立ち位置が正解なのは、“あんた”にとってじゃなくて、“俺”にとってだ」


 葛城信介の言葉に、遠野ははっとして顔を向ける。入口には誰もいない。勿論葛城信介は武器すら持っていない。どこだ! “銀狼”は何処にいる!?


「……部室棟からの距離はおおよそで150メートル。あんな所からハンドガンでナイフだけを撃ち落とすなんて、本当、さすがとしか言いようがないな。常識的に考えて有り得ないぜ?」


「部室棟……部室棟から狙撃だと!?」


 唖然として口を開き、遠野は体育館の隣の部室棟に目をやる。そして建物の横に、写真で確認したあの“銀狼”の姿が、微かにだが遠野は確認する事が出来た。距離は恐らく、葛城信介の言う通り150メートル弱。遠野は固唾を飲むと、その恐ろしい射撃の正確さに恐怖した。


「おっと、動くなよ。セシルさんには動いたら撃てって頼んである。狙いは……まぁ、俺も半信半疑だったけど、正確みたいだしな。次動いたら、恐らく彼女はあんたの頭を吹っ飛ばす」


 遠野の背中を、嫌な汗が止めどなく流れていく。今動けば、確実に“銀狼”にやられる。その事が頭で一杯になり、遠野に先程以上の吐き気をもたらした。息は荒くなり、少しずつ焦点が合わなくなってくる。何か、何か打開する策はないのか。


 ――……X&Y。


 そうだ。この距離とこの状況なら、“銀狼”の近くにどちらかを発現させる事は可能だ。それに、葛城信介を見失ってからここに姿を現した時間を考えれば、“銀狼”と接触した可能性は極めて少ない。能力の情報が筒抜けという可能性は低い。それに、“幻”だとバレていても相手が驚いて、数秒ぐらい隙を作ってくれるだけでいい。そして今度は部室棟から死角になる場所に逃げればいいだけだ。遠野は気取られないように俯くと、葛城信介に見えないように片目を瞑った。


「チャンスをやる。結構簡単な事だ。俺の質問に答えて貰う。それだけであんたを逃がす事を約束する。そこで早速だが、あんたらのボスは何処のどいつだ? どうして俺を狙う?」


「答える……答える義務などありません。というより、私はトップの素性や顔すら知りませんから」


「なるほど。だったら質問を変えよう。これは誰の命令だ?」


「繰り返しますが、答える義務はありません。それを知った所で、貴方達がボスに辿り着くのは不可能です」


 脳内で“X”をイメージし、それを今度は部室棟の近くに置き換える。なるべく目立たぬように、なるべく俊敏に。遠野はさらに意識を集中し、瞼の裏のもう一つの視線を確認した。


 ――捉えた。


「……こりゃ、骨が折れそうだな」


 遠野の目の前の葛城信介が、今も彼に向かって何か言っている。もう一つの視界の“銀狼”は、今も本体の彼に向かって銃口を向けている。どちらも迂闊だ。彼は“X”の動きをセットすると、視線を戻して葛城信介の方を向いた。


「貴方も、随分余裕ですね。私が、貴方とこうして話している間にも、何か策を講じるとか、そんな事を考えないんですか?」


「……考えても無駄だろ。あんたが身動き出来ない状況ってのは、何処に打っても王将が守れない。そういう事だ。だから“詰み”なんだぜ?」


「ですが、貴方はもう自分の持っているカードを全て使い切っている。それはつまり、手の内を全て曝した……って事です」


「妙な事を考えてんだったら、止めときな。これはブラフでも何でもない。将棋で言う詰み、チェスで言うチェックメイト、麻雀で言う和了だ。俺の行動の真意を見抜けなかった時点で、勝負はもう引っ繰り返らない」


 攻撃までの時間が後十秒を切る。遠野は“銀狼”の死角になる位置を確認し、そこまでの最短ルートを頭に思い描く。そしてそこから反転し、一気に階段の入口に向う。これで算段は終わった。後は、彼がその力を以って行動に移すだけだ。


「ははは……。確かにそれはそうです。貴方の言う通り、もう僕の勝ちはあり得ない。…………しかし、どうでしょう? 僕には、雌雄が決したテーブルを引っ繰り返せる力が……ある!」


 言葉と同時に、遠野は階段に向かって大きく足を踏み出す。テーブルを引っ繰り返せる力、勝負を振り出しに戻す事が出来る力。相手が効果に気づいていても、初見なら確実に何らかの効果が上げられる力。それこそ、遠野の持つ“X&Y”の能力の真の用途。


 ――はったりなら、僕は誰にも負けない。そうだ。高校受験の時だって、大学受験の時だってそうだった。先生の目を欺くのなんて簡単だった。優等生を演じて、テストで良い点さえ取れれば、後は向こうが勝手に勘違いしてくれた。良い評価をくれて、僕の本来の学力では到底及ばない学校に推薦してくれて。僕の能力ははったりだが、だからこそ生きる時が来る。大丈夫だ。全てが上手くいく。本当の実力なんかなくたって、僕は成功を手にする事が出来るんだ!


 踏み出した足を大きく踏ん張り、再びもう一歩、大きく反対の足を前に出す。もう少し。もう少しでこの状況を打破出来る。あと何歩か前に進めれば、はったりも力だって事が証明出来る。遠野は自分にそう言い聞かせ、踏み込んだ足にさらに力を込めた。


「!?」


 一瞬、遠野の身体に、凄まじい存在感が突き刺さる。何かに全身を掴まれたような、恐ろしい気配が彼を包み込む。……悪感。その言葉では言い表せないほどの脅威。この狭い空間の全てを侵略し、全ての領域を真っ白に漂泊する。彼は走る事さえ忘れ、その力を発する存在を、自然と目で追っていた。


 ――葛城……信介?


 途端、遠野の世界が斜めにスライドしていく。遠野ははっとして意識を取り戻し、身体を立て直そうと必死に全身を動かす。しかし、それも空しく、何をやってもその視界の移動は止められない。そしてついに彼の身体の動きは完全に停止し、鈍い音をたてて地面に顔を擦り付けた。


「やれやれ。あんたはきっと動くと思ったよ」


 遠退いていく意識の中、葛城信介の言葉が頭に響いてきた。それは彼にとって一番聞きたくなかった言葉。それは彼の能力が、完全に相手に把握されている事を意味する言葉だった。

 葛城信介の意味深な発言に、遠野は小さな笑みを浮かべる。そうか、やはり欠点を看破されていたのか。道理で途中で見失うはずだ。彼は心の中でそう呟き、残り少ない力を精一杯使って葛城信介の方を向いた。


「僕の“X&Y”が光を媒体にしてるって、どこで気付いた?」


「……学校中に、目立たないように鏡が置いてあった。しかも微妙に角度が調整されて、鏡が次の鏡に光を反射できるように。その時、もしかしたら化け物は光がなきゃ活動出来ないのかってとっさに思ってな。それに、あんたがセシルさんに対して血の力を使う事は見抜いてた。だからあの場所にセシルさんを配置した。午後のこの時間、あの場所は体育館に日光を遮られ、大きな影が出来るんだ。だから、セシルさんの居る場所ではあんたの能力は発動しない。……まぁ、セシルさんは恐らく見えてても驚かないなって思ったけど」


 軽く息を吸い、遠野はか細い声で、そうか、と返事をする。そして彼は思う。はったりは、結局真の実力を持つ人間には敵わないのだと。はったりを実力だと一番勘違いしていたのは、結局自分なんだと。中身が空の踏み台では、絶対に上には届かないのだと。


 完全な敗北。やはりそれは認めたくない。だが、これは確かな事実だった。負けて初めて分かる事なのかも知れないが、事実というのは、そういう形でしか確認できないような気がした。


「…………目を開けて」


 真っ暗な闇が眼前に広がる。意識が少しずつその闇の中に落ちていく。だが、遠野はそれでも言葉を紡ぎ続けた。


「目を開けて、ただの人間に戻って、それでも今日の記憶があったら……まず貴方に謝りに行きます。文化祭をぶち壊して、すまなかったと」


「……ちゃんと、分かってるじゃんか」


 それは、せめてもの皮肉。負けた事を認めたくない、だからこそ出た言葉。その言葉は、遠野が初めて心の底から言いたかった、紛れもない彼の本心だった。

 遠野の耳に、葛城信介が歩いていく足音が聞こえる。彼では辿り着けなかった出口。そこに向かい、足音がゆっくりと遠ざかっていく。


 そして気付くと、もう足音は聞こえなかった。

“X&Y”

イギリスのロックバンド、“Cold play”のアルバムから命名。光を媒体にし、人間の視覚に訴える幻を形成する。

また、XとYは第一の未知数の第二の未知数であり、絶対的な数値を持たない数字である。

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