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Great begin 4

「人間と吸血鬼の決定的な違い?」


 何時ものように夕飯の準備をしていると、今までテレビを見ていたセシルさんが急にそんな事を言い出した。


「ん。そうだ。以前にも話したが、今度の君の学校の文化祭に“ノーブルブラッド”の連中が紛れ込んで来る可能性は、決してゼロではないからな。そうなった時、私が表立って動けない事も考えて、最低限必要な情報だけは伝えておこうと思ってな」


 そう言ってセシルさんは俺の方に手招きをすると、自分の正面に座るように促してきた。俺はとりあえず包丁を置くと、言われるがままに彼女の正面の席に腰を降ろした。


「それでセシルさん、人間と吸血鬼の決定的な違いって? 正直見た目や雰囲気だけじゃ、そういうのは全然分からないんだけど」


 今まで出会った敵の吸血鬼からは、普通の人間とは比べ物にならない、冷や汗ものの威圧感があるって事は分かるが、それは人それぞれの感覚というか、俺の中の恐怖心に大きく依存している主観的な印象なのだと思う。第一、毎日一緒に生活しているセシルさんやアルフレッドさんからは全く感じない訳で、それが吸血鬼かどうかの判断材料としては大分弱いように思えるのだ。


「確かに、そういうものでは分からないと私も思う」


 彼女はそう言って頷く。


「それじゃあ違いなんて……」


「しかし、明確に人間と違う点はある。……そうだな」


 顎に手を置いて何か考えていた彼女は、徐に居間のテーブルの上に置いてあった漫画雑誌を手に取る。そしてパラパラとページをめくると、それを俺に見えるようにテーブルの上に広げた。

 一体なんだと思いつつ、俺は彼女の広げた漫画雑誌のページを覗き込むと、そこには所謂超能力的な力を使って戦う、ジャンルで言えば超能力バトル漫画のワンシーンが写っていた。


 ――……まさかとは思うけど、超能力が使えるとか言い出さないよね、この人は。


 嫌な予感がして、恐る恐る顔を上げてみると、そこには俺が得心いったかどうか判断しているような、そんな微妙な表情を浮かべているセシルさんの顔があった。


「ん。分かったのか?」


 俺の返事がない事を気にしてか、セシルさんが何時も通り抑揚のない声で俺にそう問うた。


「何となく言いたい事は分かるけど……。それじゃあ、吸血鬼は皆、揃いも揃って超能力を使うとでも?」


「私達は吸血鬼のみに許された力だから、“血の力”と呼んでいるがな。しかし、吸血鬼全てが君の想像しているような“サイコキネシス”やら“テレポーテーション”のようなものを駆使してくる訳ではない。勿論、それに似た能力を有している者も居るが、人知では到底理解出来ない、現行の科学では証明出来ない“人間の能力を超えた”力を持つ吸血鬼も少なからず存在している」


「そんな。有りえな……」


 静かにセシルさんの言葉を聴いていた俺は、咄嗟に「有り得ない」と言葉を飲み込む。――そうだよ。俺は実際に毎日セシルさんの言う科学では証明出来ない現象を見ているじゃないか。


「ん。君の考えている通り、私の父、アルフレッド・フレイスターだってそうだ。猫の姿をした人間か、人語を解する猫かはさておき、彼の力を科学的に説明出来る人間なんて存在しないだろう」


「確かにそうかもしれない。俺も最初はアルフレッドさんの姿は何かトリックやら催眠術やら、とにかくそういうもんかとも考えたけど、普通に考えて会話が成立してるもんな」


「そういう事だ。どうしてそういう能力が発揮されるのか、またどんな能力があるのかは説明し辛いし、私も完璧に把握している訳ではないから割愛するが、とにかくそこが人間と吸血鬼の大きな違いだ。ん。だから君には、吸血鬼がそういう超人的な能力を使うという事は頭の隅にでも留めて置いて欲しい」


 言いたい事が言い終わったのか、彼女は一つ息を吐くと、再び視線をテレビの方に向けた。セシルさんらしい、マイペースな会話の終わらせ方だ。


 ――しかし……そんな得体の知れない力を使われたんじゃ、対策もクソもあったもんじゃないな。


「ん。一応、そういう能力に君が晒される可能性があるって事で、私は教えただけだ」


 何だ口に出していたのかと思いつつ、俺は夕飯の準備を再開させるべく、再び勝手場へと赴く。とりあえず、文化祭にはたくさん一般人も居るし、セシルさんが考えているような事態は先ず起きないとは思うけどな。


 ************


「……差し詰め、マーフィの法則って所か」


 数日前のセシルさんとの会話を思い出し、俺は思わず苦笑いを浮かべた。

 目の前に広がるのは逃げ惑う人々と、奇声に近い数多の悲鳴。そんな阿鼻叫喚地獄の中心に居るのは、恐らくどんな動物図鑑にも載っていない、百獣の王も裸足で逃げ出すんじゃないかとすら思える巨大な化け物があった。


 ――炎を出したりとか、そんな想像はしていたが、これはちょっと反則じゃないか? セシルさん。


 心の中でそう呟き、俺はとりあえずこれからの事を考える。勿論、あんな化け物相手に戦うなんて選択肢は最初から除外だ。とにかく、先ずは一刻も早くこの場所を離れて、なるべく周りに人が居ないような場所に隠れた方が得策だろう。となるとやはり、今回文化祭では使っていない、第二校舎の方か?

 そう考えをまとめ、俺は周囲を警戒しながら第二校舎の裏の方へと振り返った――その時だった。


「ねぇ! あそこに居るのってバスケ部の――」


「――いいからっ! もう駄目だよっ!」


 俺の横を走って行った、恐らく下の学年の女の子二人の会話。その言葉に反応し、俺の足は停止する。……マーフィの法則――嫌な予感というものは当たるもの――。何の事はない、ただの皮肉めいた言葉だが、今は何故かこの単語が頭から離れない。


「っ!」


 最悪の事態を払拭するために視線を移したその刹那、俺は踵を返して校庭の方へと走り出す。視線の先にあるのは、凶悪な牙を向ける邪悪な怪物。そしてその怪物の目の前で、腰を抜かして動けなくなっているのは、つい数刻前まで一緒に居た、幼馴染だった。


 ――チクショウッ! 何でもっと早く気付けなかったっ!


「四季っ!」


 腹の底から四季の名を呼ぶが、その声は彼女に届く事無く周囲の悲鳴に掻き消される。いや、例え声が届いたとしても、今の彼女が果たして気付くかどうか、それすらも怪しい。

 化け物との距離が少しずつ縮まっていく。しかし、まだまだ遠い、遠すぎる。もっと早く走らなければいけない。これから追いかけっこだろうがなんだろうが、そんなもん知った事か。


 ――人知では到底理解出来ない、現行の科学では証明出来ない“人間の能力を超えた”力を持つ吸血鬼も少なからず存在している。


 そんな事は分かっている! これは吸血鬼の仕業だって言うんだろ!? 逃げなきゃいけない。敵の罠だって事だって十分分かってるよ!

 太ももの辺りから、何かがぶつかるような感触があるのに気付く。走りながら俺はポケットに手を突っ込むと、そこにはさっき古賀に投げられた、銀色のジッポライターがあった。俺はそれを握り締めると、再び視線を戻して足に力を込めた。


 ――……当然です。自分が吸血鬼に敵わない事くらい、重々承知ですから。


 分かってたって、友達見捨てて逃げるなんて、そんなの出来る訳ないだろっ!


「四季ーーっ!!」


 言葉と同時に、握り締めたジッポライターを渾身の力を込めて化け物に投げ付ける。……当たらない。いや、当たらなくたっていい。一瞬でも俺の存在に気付かせられれば。それでも駄目なら、体当たりでもなんでもしてやるさ。


「っ!? 信ちゃん!?」


 俺の声に反応し、四季がこちらを向く。よほど怖かったのか、目元が真っ赤に腫れているのが此処からでも分かる。俺はもう一度声を振り絞ると、さきほどよりも大きな声を上げた。


「四季っ! 立ち上がって逃げろっ!」


「で、でもっ!」


 ……やっぱり腰を抜かしちまってるか。俺はもう一度声をかけようと大きく息を吸う。その一瞬、目の前の化け物の真っ赤な双眸が、俺の方に向けられた事に気付いた。


 ――チャンスだっ!


「四季っ! 化け物がこっちを向いたら、急いで逃げろ! 這ってでもいい。とにかく遠くに逃げるんだっ!」


 俺の声に反応し、化け物の身体がこちらを向く。軍用ジープのような巨躯と、悪魔を想起させる二本の角。思わずぶるっちまう姿だが、しかし、とりあえず注意はこちらに向けられた。後は……精一杯逃げるだけだ。

 巨大な化け物が、ジリジリと俺との間合いを詰める。俺はもう一度四季の方を見ると、唾を飲み込んで身体を屈めた。


「こっちだっ! 化け物!」


 言い終わるのが先か否か、俺は全速力で走り始める。振り返ればそこには既に狩人と化した化け物が、大きな咆哮を上げて迫ってきていた。


 ……ようやく鬼ごっこの始まりだ。

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