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Great begin 3

 息が詰まるような感覚を覚え、俺は一度目の前の吸血鬼から視線を外す。この場を離れる事は、恐らく出来ない。セシルさんに連絡しようにも、この男がこうして目の前に立ち塞がっている限り、それは当然叶わない。そしてもう一つ、危惧しなくてはいけないのは別の吸血鬼だ。こうしている間にも、そいつは何かしらの行動に出ているのに違いない。


「おいおい、黙りこくってねぇで、何かしら見栄でも切ったらどうだ? こっちはお前を連れ帰るまで、引いてやるつもりはないんだぜ?」


 この男の言う事は、間違いなく嘘ではない。それは、この男から出ている絶対的な自信がそれを物語っている。どうする? ここは一か八か、行動に出るか?


「……引いてやるんじゃなく、引けないんだろう。……当然だな。貴様は一度、捕獲に失敗している訳だから」


「!?」


 はっとして声のした方を振り向く。そこには、先程居なくなったはずの、セシルさんの姿があった。セシルさんの声に、吸血鬼の男も静かに振り向く。男の顔に焦りは……ない。依然として変わらない、圧倒的な余裕の表情。男は煙草を揉み消すと、それを地面に捨てた。


「セシルさん!」


「悪いが、しばらく遠くから君を見張らせてもらっていた。吸血鬼が狙うのは、他でもない信介君自身。私が居ないとなれば、そこに居る“馬鹿”な吸血鬼ように、向こうから勝手に尻尾を出すと思ってな」


 話ながらゆっくりと俺と吸血鬼の間合いに入り、そしてセシルさんは振り返って相手の吸血鬼を睨みつける。俺の願いを守り、尚且つ俺すらも守り抜く。やっぱりセシルさんは凄い。アルフレッドさんが絶対の信頼をセシルさんに置いているのも、何となくだが分かる気がする。


「はっ、バカとは、大分舐めたもんだなぁ、“銀狼”のセシル。まぁいい。この場ならてめぇも、迂闊には行動出来まい?」


「貴様こそ、私を舐めるな。場所が何処であろうが、貴様を葬る手段など山というほど持ち合わせている」


 先程の時より、格段に高まっているセシルさんの威圧感、そのオーラ。強いて言えば、それは闘争の具現化。敵に対する、情け容赦のない意思の具現化。そして当然彼女の言葉には、それをそういう風に足らしめる、凄みがあった。


「やれるもんならやってみな。ただし今度は、前回のようにはいかないと思うが……なっ!」


 言葉が先か否か、古賀は今までポケットに突っ込んでいた右手を、そのまま抜くようにして思い切り横に振り切る。その瞬間、奴の手元から、視認出来ないほどのスピードで何かが放られた。


「っ!?」


 真っ直ぐな直線を描くそれが、まるで高速の弾丸のように俺に向かって直進してくる。やばい! 俺はとっさに次に来るであろう衝撃に備え、両手を顔の前に構える。が、何時までたってもその衝撃はやってこない。錯覚だったのか? 俺は恐る恐る目を開けてみると、そこには何時の間に動いたのか、セシルさんのまるで透き通るような、白くて美しい右手があった。


「言った矢先に逃げるとは……だらしのない奴だ」


 セシルさんが握っていた右手を開くと、そこから滑るようにして銀色の何かが地面に落ちる。その正体は、あの古賀とかいう吸血鬼がさっきまで使っていたジッポライターだ。俺はそれを拾い上げ、慎重に周囲を見回した。


「あの吸血鬼は?」


「信介君にそれを投げた直後に逃げて行った。まったく、言葉と行動が一致しないとは、こういう事だな」


 ――逃げた……だと?


 セシルさんが来ても、それでもずっと余裕の表情を浮かべていたのに、こんなに簡単に逃げたのか? わざわざこんな人が多い所にまで出向いてきて、それで逃げていったのか? ……馬鹿な。それなら、どうしてさっさと俺が一人の時に捕まえないんだ?


 ――もう一人。


 奴は確かにそう言った。力を使うのは俺ではなく、もう一人だと。奴の言う二人目。まだ姿を見せぬ、もう一人の吸血鬼。奴の自信は、もしかしたら、そこから来ているのではないか? ……いや、それだけじゃない。それだけなら、奴の行動に矛盾が生じる。逃げる必要がないじゃないか。この行動は自信とは違う、もっと別の何かから来るものだ。


「奴は……古賀とかいう吸血鬼は、もう一人別に吸血鬼が居るって言ってました。そうだとすると、もしかしたら他の吸血鬼を呼びに行ったのかも……」


「そんなまどろっこしい事をしに行ったのか? ん。ますます間抜けな奴だ。それなら、最初から二人で来ればいいのに」


 ……まどろっこしい事。確かにそうだ。二人で来る方が、一人よりも絶対に効率はいい。二人で行動せずに、一人で行動するメリット…………そうか。あの吸血鬼は囮なんだ。俺、いや、恐らくセシルさんを呼び出すための、それだけといっても過言ではない役割。そのための行動。一人が俺とセシルさんを分断し、もう一人が俺かセシルさんに攻撃を仕掛ける。間違いない。この答えは、奴の行動と言葉がそれを証明する。



「セシルさん」


「ん? どうした?」


 周囲の気配に気を配りながら、少し小さな声で言葉を紡ぐ。可能性としては、もう一人が俺を狙ってくる方が考えられる。だとしたら、俺が取れる行動はたった一つだ。


「もう一人の吸血鬼も、恐らくこの学校の何処かに居ます。そしてもう一つ、あの吸血鬼はセシルさんを誘き出すための囮です」


 俺の見解を、セシルさんは真剣な顔で聞いている。俺の考えが合っていれば、間違いなくもう一人は俺達の近くに居る。少なくとも学校の外ではない。まるで空気のようになりを潜め、こちらの出方を伺っているはずだ。


「という事は、私はあの男を追わずに、君の傍に居ればいいのか?」


「それも考えましたが、それは得策ではありません。こんな人の目が多い場所で、わざわざ仕掛けてくるような連中です。最悪の場合、俺を捕まえるために、開き直ってここで攻撃を仕掛けてくるかもしれません。そうなったら、関係ない人も巻き込んでしまうし、こちらも人の目がある以上は大胆な行動は出来ませんから」


「では私はどうすればいい? もう一人の方を探しに行くか?」


「いや、今はあの男を追ってください。しばらく追って、学校から遠く離れたら、深追いしないで急いで戻って来てください。向こうが作戦に引っ掛かったと思い込めば、ここでの攻撃はまずないでしょうから」


「分かった。もしもの時は、先程渡してくれた君の携帯電話に連絡してくれ。それと……」


 セシルさんは言葉を区切り、真っ直ぐに俺を見つめる。念押しというより、強く懇願しているような瞳。そして一呼吸置くと、彼女は静かに口を開いた。


「絶対に、無理だけはするな。私の主任務は、君を守り通す事だ。危ないと感じたら、大声でも何でもいい。すぐに助けを求めろ。遠くてもすぐに駆けつける」


「……当然です。自分が吸血鬼に敵わない事くらい、重々承知ですから」


 セシルさんのその言葉に、俺は彼女の目を見つめ返して大きく頷く。無理はしないか……。今でも、十分無理はしてるんだけどな……。

 俺の言葉を聞くと、セシルさんは再び静かに気配を消して人混みの中へと消えてゆく。今度は、本当に遠くに行ってしまうはずだ。短い付き合いだが、それぐらいは彼女の瞳を見れば、十分理解出来た。


「さてと……来るなら来いよ、吸血鬼……。追いかけっこなら、結構自信があるんだぜ?」









 信介とセシルが別れてから数分後。信介が居る中庭から遠く離れた校庭では、トイレに行ったきりで、何時までも帰らない信介に憤慨しながら、岬四季みさき しきが眉を顰めて自分の部活の出店に向かっていた。


 ――せっかく信ちゃんのためにお昼はずっと暇にしてもらったのに……。これじゃ、ほとんど意味ないじゃない。


 お昼時、みんながみんな休憩したいこの時間に、一時間以上も休憩を貰えたのは、はっきり言えば他の部員の好意に他ならない。だが、結果がこれでは、はっきり言ってみんなに合わせる顔がなかった。

 彼女が信介のクラスに向かった時、代わりに入ってくれた後輩の子の「頑張ってください!」という言葉を思い出し、彼女は苦笑する。自分が頑張っても、駄目な時は駄目なんだと、彼女は心の中でふとそう思った。

 彼女が葛城信介を好いている事は、彼女の所属する部内では知る者はいないほど有名だった。それは別に彼女が言いふらしている訳ではなく、彼女の日頃の行動から、それは何時の間にか知れ渡っていた。無論、彼女自身も否定はしなかったので、気付けば先輩や後輩までも知っているという、何だか変な状況になっていたのだ。


 ――しかし、どうしてこうも信ちゃんは鈍いというか、ノロマというか……。


 昔から、ずっとアピールはしてきた。だが、それが結果に繋がった事は、はっきり言って一度もない。女性に興味がないのかとも思えば、何時の間にか別の彼女が出来ていたり、彼女が嫌いなのかと思えば、今度は彼女のために勉強を教えてくれたりと、本当に良く分からない人だった。

 勿論、良い所もある。というより、彼女からしてみれば、良い所の方がずっと多かった。信介は自分の利益にならない事でも一生懸命に取り組むし、誰かが困っていれば、自分の重荷になるのも承知で助けに入る。そして何より、他人のために、本当に苦しむ事が出来る人間だった。だから彼女は、信介の傍に居たいのかもしれない。不器用なくせに、他人のために頑張る彼の力になりたいのだろう。


 ゴゴゴゴゴゴ……。


 校庭の隅の方で、何か地響きのような音がする。その音で彼女は意識の奥から現実に浮上し、音のする方を見つめた。


「何だろう? あれ」


 来賓生徒問わず、多くの人々がまるで逃げ惑うようにして校庭の奥から校外へと走っていく。どうしたんだろう? 彼女の脳裏に、ふと不安が過ぎる。校庭の奥の出店の方で、火事でも起こったのかな?


「ウオオオオオオォォォォォォ……!!」


 だが、彼女の予想を大きく裏切り、聞こえてきたのは、まるで病気にかかって痛みに狂った、犬のような鳴き声だった。それも、まるでテレビや動物園でしか聞くような機会がない、大きな肉食獣のような声だった。彼女は軽く目を細めると、逃げ惑う人達の、その中心を凝視した。


 ――……ライオン!?


 彼女の頭が、その言葉で一色になる。だが、よく見てみると、その姿はライオンでもなかった。ライオンにしては身体が大きい。まるで熊だ。言い換えるならば、熊ほどの大きさの、ライオンに似た動物だろうか。


「に、逃げなきゃ……!」


 身体が勝手に動き、恐怖の原因であるあの動物から逃げるように校外へと歩を進めようとする。だが、次の瞬間、彼女の理性がそれを止める。もし、万が一、信介がここに戻って来たら……。その事が頭から離れず、彼女は限界の所で踏み止まる。探しに行かなきゃ。彼女は反転すると、校舎に向けて大きく一歩踏み出した。


「ウオオオオオオオオォォォ!!」


 だがその刹那、彼女の目の前に、もう一匹同じような動物が躍り出る。大きさは、彼女が考えていたものよりずっとずっと大きい。ライオンのような黄色い身体に、牡鹿のように悠々しくそそり立った二本の角。そして特筆すべきは、まるでサーベルのように鋭く尖った、四本の犬歯。その、正真正銘の野獣は大きく口を開くと、静かに彼女との間合いを詰めていった。

前々から続いていたストレス性の歯痛が最近急に悪化したため、ここいらでちょっと休載。学業、バイト、小説と、毎日毎日寝る時間を削って体を酷使したためだそうです。再開は九月末を予定しています。楽しみにしている方(いるのかな?笑)や、興味本位で読んで下さった方、最後までお付き合いしてくだされば幸いです。

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