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戦え! 信介正義のために 4

 誰もまだ目覚めぬ、早朝五時のどこかの公園。そこに静かに二つの影が交錯し、ゆっくりと姿を現す。一つの目の影の正体は、以前と同じ魁皇学園の制服に身を包んだ古賀茂こが しげる。何時ものように彼は煙草を銜え、目の前のもう一つの影を凝視している。そして口から一気に白い煙を吐き出すと、煙草を揉み消し、それを自分の上ポケットに押し込んだ。


「俺と同じ、新入りと今日は組むと聞いてはいたが、どうやらそれは、お前で間違いないようだな」


「そうですね。まさか、僕の母校である魁皇学園の生徒さんと組む事になるなんて、夢にも思いませんでしたよ」


 もう一つの影が、ゆっくりと古賀に近づく。額を覆うくらいに伸ばされた前髪に、縁無しの眼鏡をかけている。顔は笑顔を浮かべているが、その雰囲気は古賀と同様、人間には到底及び難い、邪悪なものに満ち満ちている。その正体は、勿論の事ながら吸血鬼。未だハーフではあるが、彼は既に血の力に目覚め、その力はほとんど完成形のものであった。


「お互い、名前を名乗る必要はないと聞いているが、一応呼称だけは教えてくれ。ちなみに、俺の事は古賀でいい」


「古賀君ですね。僕の名前は遠野。遠野と呼んでください」


 眼鏡を軽く上に押し上げ、遠野と名乗った青年は、古賀に軽く会釈をする。比較的高身長で筋肉質である古賀に比べ、彼の体つきは小柄で、白いTシャツから見せる腕にも、それほど筋肉は付いていない。こんなひ弱そうな奴で、本当に大丈夫なのだろうかと、古賀は頭を下げた遠野を見て思った。


「ところで、一つ聞きたい事があるんだが」


「何でしょう?」


「文化祭のスタートまで後四時間強はある。それに、人が混み合って来た頃を見計らう事も考えれば、まだまだ相当時間があるぞ? こんな朝早くに集合して、一体どうするつもりなんだ?」


 多少の準備が必要だとしても、それでも古賀にとっては、この集合時間はとても異様だった。どう考えてもこれは早すぎる。これでは、逆に間延びしてしまうのではないか? 

 訝しげな顔をする古賀の質問に、遠野は一呼吸置き、軽く笑みを浮かべる。そして再び眼鏡を軽く押し上げ、古賀に返事をした。


「僕の能力……ああ、血の力は、多少準備が必要でしてね。確実に目標を捕捉するために、古賀君に少し働いて貰わなければいけないんです」


「俺にか?」


「そうです。朝早く、誰も居ない場所で、不審者に見えないように活動するには、この学校の学生である君のような存在が必要なんです」








「なんじゃこりゃー!!」


 文化祭開催まで残り数時間に迫った、魁皇学園の視聴覚ホール。そのホール内では、今も忙しなくB組のクラスメート達が舞台のセットや会場の準備に精を出している。そして、そんなホールの前面に設置された少し大きめのステージの上で、俺は渡された衣装を見ながら絶句していた。


「あれ? もしかしてサイズとか小さい?」


 俺にこの衣装を渡したクラスメートの演劇部の女子が、ちょっと焦ったように俺の顔を覗き込む。そんな彼女の様子に俺は首を横に振って答えると、少し顔を引きつらして口を開いた。


「あの……これまさかとは思うんだけど……タイツ?」


 両手で広げた俺の衣装こと、正義のヒーロー“ブラッディビート”の衣装は、純潔をイメージした真っ白なボディと、その名の通り血をイメージした真っ赤なマントの組み合わせのコスチュームである。パッと見、仕上がりは俺が要求していたものよりずっとよく出来ていて、それどころか当日は間に合せで良いはずの真紅のグローブまで造ってくれており、その完成度は、この学園祭で着るだけでは、本当に勿体無い造りとなっていた。

 だが、あろう事か、この“ブラッディビート”のコスチュームは、当初のメッシュの生地という指示から大きくかけ離れた、よりにもよって一番恥ずかしいタイツの生地であった。しかも時期は七月。考えただけでも、熱中症になりそうな仕上がりに、俺はまだ本番前にも関わらず、嫌な汗がどっと噴出していた。

 実際、何人かの女子にお願いしても、それでもギリギリになると聞いていたから、俺も受け取るのが今日が初めてだった訳で、今更どうこうも言えないが、しかし、これはどうにも何か言いたい気分になった。


「あの……実はね、最初は言われた通りに、メッシュ生地で作ってたんだけど、やってる間に妙に凝り始めちゃって……。それで、私の中のイメージだと、正義のヒーローのコスチュームはタイツ生地だ! って、行き着いちゃって……。あっ、でも一応脇の下と背中の所はメッシュ生地にしておいたから!」


 気の毒そうな顔をしながら、彼女は小声で頑張ってと言い残し、そのまま他のクラスメートに衣装を渡しに走っていく。しかもチラッと見えたのだが、他のクラスメートの衣装も一般人役以外はほとんどタイツ生地で、彼女の熱の入れようが痛いほど伝わってきた。俺はとりあえず、絶望交じりの溜息を吐くと、最後の打ち合わせのためにその暑そうな衣装に袖を通した。


 ――うん、着心地は悪くないかも。


 若干腕の部分が密着するが、それ以外は結構余裕を持たせてあり、下の方のタイツは履いてもそれほど不愉快さは感じない。後は首の部分がハイネックだから、ちょっと苦しいけど、始まってからはヘルメットも被るし、そんなに気にする事でもないだろう。


「信介、会場前のチケット整理についてなんだが……ぶっ!」


 衣装を着た俺を見て、賢治が思いっきり口を押さえて後ろを向く。彼の目に映ったのは、恐らく全身白タイツに赤いマントを羽織った、まさしく正義のヒーロー“ブラッディビート”こと俺の姿。俺は怒りを抑えて、今も笑いを堪えている賢治の方を向いた。


「何だ? 用事か? それともこのタイツ生地を笑いに来たのか?」


「いや、この会場前のチケット整理についてなんだけど……」


 なるべく顔を合わせないように賢治が話を始める。俺はそれを見ると、毎晩毎晩、叔父さんにだけは見つからないように秘密裏に練習してきた、“ブラッディビート”の登場のポーズを取った。


「ぶっ!!」


 賢治が再び口を押さえ、そのままステージに膝をつく。可笑しいだろう。苦しいだろう。俺は、貴様の百倍はそれを感じているんだ!


「正義の味方! ブラッディビート! ここに参上!」


「ぶはっ!!」


 ポーズと共に、必殺の決め台詞を吐く。そしてその刹那、賢治の理性のダムは見事決壊し、腹を捩じらせて笑い始めた。

 気付けば、舞台造りをしていたクラスメートも、俺の必殺のポーズにやられたのか、各々必死に笑いを堪えて作業を続けている。横目でその様子を見ると、俺は俺という全てを捨てて、ステージ中央まで勢いよく走って行き、そしてそこで必殺技のポーズを取った。


「ジャステス!!」


 俺の放った最終奥義に、ついにクラスメートのほとんどが堪えきれなくなって笑い始める。賢治に至っては、涙を流して小刻みに震えていたりもした。


 ――終わった……。


 もう俺、立ち直れないかもしれない。自分という存在が、何だか物凄く遠くなったような気がする。そして、何だか振り向いたら、そこには絶対行っちゃ駄目な新世界が広がってそうで、俺の中のアイデンテティとかそういったものが、音を立てて崩壊していくのを感じた。


「葛城君、カッコいいですねぇ」


 舞台の袖で上演表の製作をしていた早坂先生が、唯一笑わずに俺に賞賛の拍手を送る。俺は早坂先生の方を向くと、腰に手を当てて、グッと親指を立てた。


「ありがとう! 君の声援のおかげで、また今日も善良な市民の命が救われた!」


 視聴覚ホールに、再び笑いが起こる。しかし、早坂先生だけは嬉しそうに笑みを浮かべると、彼女も俺に向かって親指を立てた。


「ありがとうです! ブラッディビートさん! これからも頑張ってください!」


「はははははははははははは! 正義は不滅なり! ではまた会おう! さらばだ!」


 マントを翻し、俺はステージから颯爽と飛び降り、そのまま視聴覚ホールを後にする。途中、多くのクラスメートから、頑張れよと、何だか意味深な言葉を掛けられたが、俺は笑みを浮かべてそれに返答し、頬に暖かいものを感じながら、急いで教室まで駆けていった。

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