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戦え! 信介正義のために 3

私事で、だいぶ間を置いてしまいました。という事で、今回は二本連続投稿します。

「ぎゃはははははは!! この魁皇町はたった今からこの悪の組織、クレイジーブラックのものだぁぁぁ!!」


 悪の組織、クレージーブラックの必殺怪人、ゲバゲバホースマンが声高らかに部下を引き連れ、カシオペア通りを闊歩する。逃げ惑う人々、それに襲い掛かるクレイジーブラックの戦闘員。町は、まさに地獄絵図と化していた。


「そこまでだ! 必殺怪人ゲバゲバホースマン!!」


「ぎゃは!? まさかこの声は……!」


「とう!」


 その大きな声と共に、一人の白い閃光が、魚屋の上から華麗に三回転半にひねりを加えて飛び降りる。白いヘルメットにオレンジのアイシールド。赤いマントに胸には正義の七つの傷。そして間違いない。彼こそこの町の秩序と平和を守る、正義の味方カイオーマンだ!


 ――……。


「……これ、本気?」


 そこまで読み終えて、文化祭実行委員で、このクラスの学級委員長である蒼井賢治あおい けんじが、訝しげに俺の方を向く。その目には、疑念と不信の色が浮かんでいるが、俺はまったく気にするでもなく、淡々と言葉を返した。


「文才の無い俺が、ここまで書けたのはある意味で奇跡だぞ? ていうか、冗談で三十ページ強もの脚本を一人で仕上げられると思うか?」


「いやー、それはそれとして、これはベタ過ぎだろ。何ていうかどこかで見た覚えがあるっていうか、展開が見えてるっていうか……。第一、この七つの傷はパク……」


「お前が言いたい事は分かる。分かるが、はっきり言ってこれは俺を演出にしたお前らが悪いし、人選ミスだ」


 教室の隅の方で舞台のセットを造っているクラスメートが、賢治の手元にある脚本をそっと覗きに来るが、賢治はそれを俯いて手を振り、見せないように追い払う。賢治の気遣いなのかもしれないが、それが俺ではなく、そのクラスメートに向けられたものだというのが、痛いほど伝わってくる。ていうか、そこまで酷いのか? これ。


「……信介。これを仮に他の奴に見せたとして、全員が全員口を揃えて失笑か絶句すると思うぞ?」


「あのな。さっきから聞いてりゃ、言いたい事言いやがって。いいか、俺は限られた予算の中、睡眠時間を削って、考えに考え抜いて材料発注したり、嫌がる演劇部の女子達に何度も頼みに言って衣装を作って貰ったり、係に任せた当日のみんなのクールを現実的なものに修正したり、毎日毎日放課後のみんなの作業のチェックを入れたり、昼休みは飯食う暇も無く生徒会の中間報告会に出席したりと、無い時間を作ってここまで仕上げたんだ。感謝はされても否定はされたくないし、させない」


「お前、何気に本気だな……」


 呆然と俺の話というか愚痴を聞いていた賢治が、半ば羨望の眼差しで俺の事を見つめる。ていうか、この話を聞いて、お前はもう少し自分の罪深さを自覚しろ。よりにもよって、こんな忙しい時期にこんな仕事押し付けるな。


「とにかく、お前が反対しようが何しようが、俺はこれで行くつもりだ。自賛する気はないが、カイオーマンは力作だぞ?」


「……俺が、家に持って帰って修正するわ」


「しなくていい。カイオーマンは力作だ!」


「力作が駄作だったら仕方ないだろ! ていうか、お前目が血走ってる!」


「ん? そうか……?」


 自然と荒げてしまった息を抑え、興味津々でこちらを見つめているクラスの女子に引きつった笑みを返す。もう何ていうか、そろそろ自分の中の猛り狂ったもう一人の自分を抑えきれなくなってきた。


「じゃあ、そういう事で、この脚本は俺が明後日までに必ず修正して持って来るから。お前は帰ってここ数日間の疲れを癒せ……いや、癒してください」


 胡座をかいて座っていた賢治は、そのままの姿勢で俺に丁寧に頭を垂れる。そこまでされると、本当にカイオーマンの脚本が駄目みたいじゃないか。


 ――結構力作なんだけど。


 まぁ、俺としてもこれで少しは負担が軽減されるし、これはこれで良しとするか。何気に、一番面倒だった演出を賢治に押し付けられたし。これで、少しは睡眠時間も確保出来た訳だしな。

 ……その分、またセシルさん達のお世話をしなくちゃいけないが。


「それじゃ、よろしく頼む。もう文化祭まで二週間しかないから、出来るだけ早めに持って来いよ。俺、超不本意だけど主役なんだから」


「任せとけ。だからお前は、家に帰ってゆっくり休養してくれ」


「それは出来るだけ善処するよ。出来たらこのまま当日まで顔出したくないけど。まぁ、このクラスの出し物のほとんどの責任者である俺が倒れたら、みんな慌てふためくと思うし。お言葉に甘えさせていただく」


「……信介、よっぽど疲れたんだな。今お前が、かなりダークに見えた」


「修羅になんなきゃ、こんなバカみたいに大変な仕事やらないよ。それに、ダークに見えたんじゃなくて、ダークなんだよ」


 賢治は大きな溜息を吐くと、そのまま丁寧にバッグを持って俺を昇降口まで見送ってくれた。








「……マジかよ」


 賢治が書いた台本を俺は机の横に置き、俺は深い溜息を吐く。こいつは、中々凄い……。不本意だが、本当に不本意だが思わず読み入ってしまった。ていうかあいつ、意外とこういう脚本とか演出とかの才能があるのかも知れない。

 内容は、この前俺が書いたカイオーマンをベースにしているのだが、主人公の高校生の自分自身の行為の疑問やら、敵側に寝返った親友との葛藤やら、俺が思い描いていた以上の内容になっており、段取りも手際も、はっきり言って俺のカイオーマンとは比べ物にならないほどに計算され尽くしていた。


「しかしなぁ……」


 最後まで目を通してみたが、やはりこの台本の完成度から考えても、俺にしてみればもの凄く作り込まれた演技が要求されている訳で、果たして演技の経験も、才能も無い俺が、どこまでこの主人公に成りきれるか甚だ疑問だった。


 ――やっぱり、こんな多忙なスケジュールじゃ、練習なんて満足に出来ないと思うぞ。


 そこまで考えて、俺は椅子にもたれ掛かり、大きく屈伸をする。この後も、足りない材料の発注や敵役の方のコスチュームのサイズを調べなくてはいけないし、これじゃ逆に睡眠時間を削ってしまいそうだ。


「さっきから熱心に何を見ている?」


 身体を伸ばして頭をもたげた先に、セシルさんがベッドにねっ転がって雑誌を読んでいる姿が映る。俺のあげた薄手のTシャツに、今日は俺の言い付けを守って中学時代の俺のジャージの短パンを下に履いている。読んでいる雑誌は、叔父さんが何時も購読している芸能雑誌だ。

 ていうか、俺何時の間にセシルさんの部屋に移動したんだっけ。確か俺は、自室で賢治から貰った台本に目を通しいたはずなんだけど……。


「って! 何時からそこにいたの!?」


 急いで身体を起こし、俺はまるで忍者のように俺の部屋に忍び込んでいたセシルさんの方を向く。セシルさんは雑誌を閉じると、頭だけ上げて俺の方を向いた。


「信介君がその机の横のプリントの束を読んでいる時だ。それに、ちゃんとノックはした」


「いやいや、入ったら入ったで一言声とかかけてよ」


「いや、入っては駄目だったのか?」


「別に駄目じゃないけど……」


 油断した。というか、隙をつかれた。俺が賢治の台本に読み入っている隙に、まさかこうも簡単に誰かの侵入を許すとは……。これが叔父さんだったら、色んな意味で終わってたと思う。うん、厳重警戒というか、とにかく今後は誰かの侵入に気をつけよう。


「それより、何か用があったからここに来たんでしょ?」


 まさか、また何か食い物作ってくれとか言わないよな? この前なんか深夜で材料が無くて、近くのコンビニまでわざわざ買いに行ったんだぞ。


「ん。章平さんが、信介の学校で文化祭があるから、良かったら見に行けと勧めてくれてな。それで信介君はどんな事をやるのか、気になって聞きに来た」


 ベッドから身体を起こし、セシルさんは胡座をかいて俺に言う。とりあえず、飯を作れではなかった事で、俺は安堵の溜息を吐き、机の上にあった台本を取ると、それを興味津々といった感じのセシルさんに手渡した。


「俺らのクラスは劇やるんだ。それも戦隊物。そんで、それがその台本」


「……センタイモノ?」


「そう。ジャパニーズヒーローショーってとこかな。正義の味方が、悪者やっつける話」


「なるほど。遠山の金さんや、水戸黄門みたいな感じだな」


「……まぁ、当たってるけど、微妙にそれは違う」


 昼間何してるかとか疑問に思ってたけど、まさか時代劇見てたのか……。ていうか、そんな暇があるなら家事の一つも手伝って欲しいんですけど。


「とにかく、そういう面白そうなものをやるのなら、赴いてみるのも一考だな」


「……来るのは別に構わないけど、頼むからこの劇は見に来ないでくれ」


「ん? それじゃあ行っても仕方ないじゃないか。第一、こんな人が多く来そうな場所なら、私の他に吸血鬼が紛れ込んでくるかもしれないし」


 そりゃ確かにそうですけど。俺は言葉を切り、セシルさんに渡した台本を凝視する。内容が内容で、しかも俺が主役の舞台なんて、こんな痛いものは絶対に見せたくないのも心情なんだが。


「それに、信介君の通う学び舎に行ってみたいのも多少はある。日本の学校というのは、西洋のものとは違うと聞いてるし、興味がある。ん。護衛も兼ねて、当日は足を運んでみるよ」


「でもな……」


 セシルさんみたいなスーパー美人が来たら、学校中大騒ぎになるだろうな。本人は気にしないかも知れないけど、俺がセシルさんと同居してるなんて学校中に知れたら、それこそ吸血鬼以外の敵を多く作っちまうような気もする。


「ん? 何か問題でもあるのか?」


「問題ってほどの問題じゃないけど、セシルさんみたいな美人が学校に来たら、文化祭どころじゃなくなるような気がしてさ」


「変な世辞は止めてくれ。それに、当日は君に危害を加えそうな輩が居たら、気配を消してその輩の探索をするつもりだ」


「色んな意味で最悪のケースだね……。でも、たくさん人来るだろうから、向こうも安易に仕掛けてくる事はまずないと思うけど」


「そういう所に隙は生まれるんだ。ないだろう、ないはずだといった考えは、最悪のケースに対応出来ない事が多い。まぁ、私も君の考えに近いが、それでも用心に越した事は無い」


「そりゃ、そうだけど……」


 人目のつく所で、またあの定本や古賀みたいな奴らが現れるなんて、それこそ想像出来ないな。吸血鬼のイメージは、セシルさんも含めて俺にとっては影みたいな感じだ。何かの影に隠れて、滅多な事ではその姿を現さない。だけど、日が暮れて太陽が沈めば、その姿は極大まで広がっていく。そんな存在が、わざわざ日の光が当たる場所に現れたりするだろうか? 

 視線を下を落とし、セシルさんの事を見る。やっぱり、どう考えても最悪のケースが想像出来ない。イメージなんて、人間の浅はかな偶像なのかも知れないけど、それだって、そんなものを簡単にひっくり返せるほど、俺は出来た人間じゃない。


「……私の顔に何か付いているのか?」


「いやっ、何でもないよ」


 視線が交錯し、俺は思わず視線を逸らす。やっぱり、どうもこういうのは慣れない。それに、しばらく一緒に住んでいると、この人が吸血鬼というのもすっかり忘れてしまう。血を吸っている所はまだ見た事はないけど、それでもやっぱり、彼女も吸血鬼なんだ。


「そういう訳で、この話は終わりだ。当日は頑張ってくれ」


 読んでいた台本を俺に渡し、セシルさんはベッドからひょいっと立ち上がる。その横顔は、見慣れていてもやはり美しい。そう思ってじっと彼女の事を見つめていると、不意に彼女は俺の方を向いた。


「それと、最近寝る時間が遅いようだな。私が夜中トイレに立った時もまだ電気が点いていたようだし、それでは君の身体に悪いぞ?」


 俺ははっとして、セシルさんの顔を見ると、セシルさんは普段とは違う、少し心配そうな表情を浮かべていた。俺は何だか気恥ずかしくなり、軽く頬を掻くと、視線を落として口を開いた。


「分かってるよ。今の仕事が終わったら少し間が空くから、ちょっと充電期間に入る」


 それよりかは、セシルさん達がもう少し普段から俺に負担をかけないようにしてくれるのが、一番ベストなんだけどね。でも、それも結構俺が好きでやってるのもあるし、一概にそうも言えないか。


「それがいい。君は主役という大役を任されているんだ。良い動きをするためには、良い休息も必要だ」


「分かったよ。……って! 何で俺が主役の事知ってんの!? あまりに自然に言い出すもんだから、普通にスルーしそうだったし!」


「? その台本の主人公の名前の横に書かれている葛城というのは、お前の事だろう?」


 焦った……。セシルさんには、俺の心の声まで聞こえているのかとも思ったぞ。ていうか、また油断した。そして隙をつかれた。まさか、こんなにあっさり俺の主役の件がばれてしまうとは……。これが叔父さんにばれたら、また思いっきり馬鹿にされるだろうなぁ……。


「それじゃ、当日は頑張ってくれ。私も応援している」


 扉を閉め、再び俺は一人きりになる。そして溜息を吐くと、渡された台本を再び開いた。


「血塗られた英雄ヒーロー、ブラッディビートねぇ……」


 俺は目を瞑ると、そのまま眠るように机に突っ伏した。

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