戦え! 信介正義のために 1
二日遅れの更新です。お待ちしていた方すいません。そうでない方よろしくです。投稿の不定期さは一時的なものなので、次からは定期的に投稿します。って、自分にプレッシャーをかけておきます(笑)
何だかんだでテスト明けの月曜日。
結局、休みのほとんどをセシルさんの部屋の掃除と生活用品の買出しに費やしてしまい、俺はテストの疲れもそのままに、教室の自分の机でほとんど何も言わず、何処にも行かず、まるで眠るように突っ伏していた。
――休みなのに、まったく休んだ気がしねぇ……。
返された英語の答案に一喜一憂するクラスメートを見ながら、俺は何処までも深い深い溜息を吐く。特進クラス予備軍と評されているB組だけあって、さすがに学年平均を下回る奴はいないだろうが、それでもそれが人間の性というか何というか、やっぱり騒ぎたくなるのが普通なんだろう。無論俺だって、予想以上に低かった点数にちょっとへこんでたりもするし。
「はいはいー。皆さんちょっと静かにしてくださいねぇ」
間延びした感じの声が教室中に響き、俺はふと顔を上げると、英語教師であり、このクラスの担任でもある早坂美都子先生が、何時も通りのほんわかした感じで教壇に立っていた。
「はい、という事で、もうすぐ三年に一度の文化祭です。テストの解説はまた次の授業にやるとして、今日は残りの時間を使って文化祭についての話し合いをしましょう」
早坂先生の後ろには、綺麗で、とても洗練された字で大きく『文化祭』と書かれている。そういえば、誰だか今年は文化祭の年だと言っていたな。
この魁皇学園では、どういう訳かは知らないが、三年に一度の頻度で文化祭をやるのが通例となっている。そして進学校の割に、伝統的なものも手伝ってか文化祭にかける教師達の気合が相当なものらしく、文化祭の実質的な優勝でもある文化賞の獲得のために、毎回血で血を洗う抗争が勃発するほど大規模な文化祭になるらしかった。
まぁ、学校の行事には毎回進んで蚊帳の外になる俺にとっては、ああ、授業が潰れて嬉しいなぁぐらいのものでしかないんだが。
「皆さん、高校時代で最初で最後の文化祭ですから、張り切っていきましょうね」
先生のどこか気の抜けた声に、皆も特に騒ぎ立てる様子もなく席に座る。先生は全員が座るのを確認すると、再び黒板の方を向いて何か書き始めた。
「とりあえず、場所取りの関係上、やりたい出し物は早く決めなくてはいけないので、先に出し物だけ決めます。誰か、意見のある人はいませんか?」
先生の問いに、教室が少しざわめき始める。俺もとりあえず、周りに合わせて隣の奴と軽口を交わすが、なんだか見た感じ皆やる気がそれほどある訳じゃなく、予想通り誰も手を挙がる様子はなかった。
「うぅん、皆さん積極的に意見を出さないと、やれるものが少なくなっちゃいますよ?」
リアクションが薄いクラス全体に対し、先生はちょっと困った顔をした。
――何だか、ずっと平行線っぽいな。
この様子だと、授業終了の残り三十分を待っても、恐らく何も意見は出なさそうだ。そう考えると、急に俺は眠気に襲われる。そういえば、昨日も結局何だかんだで夜中まで起きてたし、大分掃除の疲れも溜まっている。ここは、来るべき夜の戦いのために、睡眠をとるのがベストだろう。
俺は手の甲に頬を置くと、重たい瞼をゆっくりと閉じた。
「なんだ、この恐ろしい状況は……」
けたたましい拍手の音と共に、俺の意識が再び現実へと生還する。そして、真っ白になるまで書き込まれた黒板の隅の方に、絶対に認めたくない、恐ろしい事実が刻まれていた。
黒板の最初の方には、出し物の所に「劇、ヒーローショー」と書かれている。まぁここは、ちょっとあれだがオッケーだろう。大方このクラスのマニアックな誰かが、先生の様子に居た堪れなくなって自分の欲望でも曝け出したんだろう。それは別にいい。だが、問題はその次だ。
「劇、ヒーローショー」の隣に書いてある、文化祭実行委員長と、劇の主演・主役の所に、まったく至極当然のごとく、「葛城信介」と書かれている。しかも、他の立候補者が書き込まれた様子もなく、賛成人数もそのまま俺を除いたクラスの人数となっていた。
「あの……先生?」
まだ完全に機能していない俺の脳をフル稼働させ、俺は未だに拍手をしている先生に言った。
「葛城君。とりあえず、出し物はヒーローショーという事になったので、頑張ってくださいね♪」
先生のとびっきりの笑顔に、俺も何が何だか分からず、とりあえずはい、とだけ返事を返す。その様子に、クラスの至る所で微かな笑いが起きた。
キーンキーン……。
「あ、チャイムが鳴りましたので、そのまま休み時間にしてください。それと葛城君。分からない事があったら、何時でも職員室の私の席に来てくださいね♪」
呆然と立ち尽くし、先生の立ち去る姿を目で追っていく俺。そして、そんな一人のぼっちの俺の肩を、誰かが軽く叩いた。
「よ、監督兼演出兼主演男優!」
「賢治……この横暴は、まさかとは思うがお前の策略か?」
俺の数少ない親友であり、クラスの級長を務めている蒼井賢治は、俺の質問に苦笑しながら首を横に振った。
「ま、場の流れだ。実行委員長なんて面倒くさい仕事、誰もやりたい奴がいないから推薦になって、とりあえず委員長である俺がお前を推薦したら、お前が反対しなかったからお前に決定したんだ」
「……」
「で、その後主役はどうするかって話になって、戦隊ものかヒーローものかで別れて、五人だと面倒くさいから一人でいいんじゃないの? って事になり、主役も当然のごとく立候補がいなくて、また推薦になって、とりあえず委員長である俺がお前を推薦したら……」
「……反対しなかったから、俺に決定したと」
怒りのこもった俺の言葉に、賢治はにっこりと微笑んで頷く。そんな無駄にさわやかな賢治が、俺は何だか無性に憎らしかった。
「ま、日頃学校の行事という行事にほとんど首を突っ込まないお前の事を俺は心配してんだよ。実際、こういうのは結構良い経験になると思うぜ?」
「……お前、絶対にこのまま行くと委員長の自分に火の粉がかかると思ったからだろ?」
「……そこは否定しないけど」
前髪をかき上げ、賢治は先程と同様に無駄にさわやかな笑みを浮かべる。そんな賢治を、俺はとりあえず全力でぶっ飛ばす事にした。
四季の短めのスカートが、俺の目の前で揺れる。どことなく陽気な足取りは、あのテスト期間中の不機嫌(原因は俺にあるのだが)さを吹き飛ばすかのような軽さだった。
放課後まで職員室で早坂先生に文化祭に関する色々なレクチャーを受け、時間も遅くなって帰ろうとした矢先、下駄箱でばったり四季と遭遇し、今に至っている。
最初はまだ怒っているかとも思ったが、意外にも四季は普段通りで、何時ものように元気よく話を始め、一頻り心配してた俺も、ようやく落ち着いて普段通りに会話を交わしていた。
「ねぇ、信ちゃん」
「ん? 何だ?」
俺の一歩前を歩いていた四季が、急に振り返って俺に言った。
「B組、文化祭で何やるか決まった?」
四季から出た質問に、俺はちょっと溜息交じりで返事を返す。ていうか、嫌な事を思い出させないでくれ。
「ああ、決まったよ」
「? どうしたの? 何だか、やけに元気ないけど」
「まぁ、陰謀っていうか何というか、そういう策略に乗せられてな。D組の方を決まったのか」
四季のクラスは、俺のクラスとはちょっと離れた所にあるD組である。D組は基本的に成績下位者やスポーツ推薦者が集まるクラスで、クラスの雰囲気も、A組やB組と比べたら比較的普通の高校みたいな感じで、放課後の早坂先生の話によれば、文化祭でも一番張り切るクラスがD組のようなクラスらしい。だから、恐らく四季もこの文化祭に対しては、それなりに入れ込みがありそうだ。
「私はバスケ部の方で出し物やるから、そっちの方を頑張るつもり。だからD組の出し物は、何やるかわかんないなぁ」
「そうか。ま、お前らしいっちゃらしいな」
一つの事に集中すると、周りが見えなくなる。本当に、そういう所は岬さんにそっくりだ。
「そういえば、父さんが文化祭に来るんだって」
「へぇ、そうなのか」
立て続けに事件が起こってて忙しいはずなのに……やっぱり、岬さんはすごいや。仕事をしていても、ちゃんと四季の事を考えているんだろう。
それに、だから四季もこんなに上機嫌なのか。
「手抜き出来ないな。岬さんが来るなら」
「そうだよ。父さんが来るなんて、よっぽどの時じゃないと来ないんだから……」
そう言った四季の顔が、微かにだが曇る。本人としては、この思わぬ来訪はとてもうれしいものなのかもしれない。だが、裏を返せば、それは四季に普段の生活を強く意識させる、少し辛いものなのかもしれなかった。
「……思い出に残る文化祭にしようぜ。俺にとっても、お前にとっても。当日は、四季と岬さんのお弁当作ってくるからさ」
ちょっぴり笑みを浮かべ、俺は四季に向かって言う。そして、俺の顔を見た四季も、再び元気を取り戻し、俺に飛びっきりの笑顔を向けた。
「うん! 期待してるからね! それと、暇な時にでも、他の出し物も見て回らない?」
「うーん……出来たらね」
四季の言葉に、俺は少し首を傾げて返答する。果たして、実行委員長と主役の責務を背負い、そんな空き時間が出来るんだろうか。そして、この外部から多くの人が来るイベントに、吸血鬼が紛れ込んだりはしないのだろうか。それだけが、とりあえずは俺の不安だったりもする。
「どうして? ……あ、まさか先客でも居たりするの?」
「いやいや、そういう訳じゃないけど……」
「じゃあ、どうしてよ? まさか、人には言えない事情があるとか?」
四季は無意識に言っているのかもしれないが、何気に当たってるぞ、それ。
「うん。ていうか、あんまり人に言うなよ?」
俺の言葉に、四季はコクッと頷いた。
「俺、出し物の実行委員長と、劇の主役をやるようなんだ」
「劇って? 何やるの?」
「…………ヒーローショー」
「ヒーローショー……? ふふ、あっははははははは……」
俺の言葉に、四季は堰を切ったように笑い出す。こうなる事はちょっとは予想していたが、それでも、何だかとても鬱な気分になった。
「笑うなよ。子供に夢を売るヒーローになれるんだぜ? 爆笑だろ?」
「うんうん! 今から、カッコいいポーズとか決めなきゃね。それにしても、信ちゃんのヒーローか……」
笑いが込み上がって来ているのか、四季は顔を逸らして笑いを堪えている。その様子を見て、俺はまた明日、賢治の事を全身全霊でぶっ飛ばそうと心に決めた。
「ちなみに、必殺技は信介ストライクだ。火薬をふんだんに使って、敵役が全員吹っ飛ぶようにしようと思う」
「ぷっ!!」
自嘲気味な俺の言葉に、四季は横を向いて思いっきり吹きだしていた。