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投じられた小石

※毎週火〜木曜日の夜頃更新予定。なるべく定期的に更新しますが、やむを得ない場合隔週で二本分投稿します。

 吸血鬼英雄譚〜Der Ring des Nibelungen〜


 Episorde 1 “Bloody Hero”



************


 日本の空の玄関口、新東都空港。その一番端の滑走路に、今一機の小型ジェット機が他の大型旅客機に紛れて静かに着陸態勢に入った。胴体部には機体の所属を表すペイントは施されていない。さらには、滑走路の周りには空港関係者の姿すらも見受けられない。ジェット機は滑走路を這うように着陸し、そしてゆっくりと止まった。

 まるで人目を忍ぶように停止しているジェット機の扉が、鈍い音と共にゆっくりと開く。中から出て来たのは、黒い外套を身に纏い、深々と帽子を被った意外にも一人の異国の少女。その瞳は大きな縁のサングラスに隠れてよく見えないが、日本の澱みきった曇り空に眉を顰めているのは遠目からでも見て取れた。そして彼女の足元には、赤い首輪をした同じく意外にも一匹のただの黒猫。どこかで見たアニメのような愛らしい姿をしてはいるが、空港の渇いたアスファルトの匂いに顔を顰めているようにも見て取れなくは無い。

 少女が持っていた荷物を静かに地に下ろすのと同時に、ジェット機に横付けするように一台の車が止まる。横付けされた車の助手席から、執事服を着た初老の男が出迎えるように彼女の前へとやって来た。


「思ったよりお早いご到着でしたね。フレイスタ―様」


 執事服の男は深々と頭を下げ、恭しく一人と一匹を車の中に招き入れる。そして一人と一匹が後部座席に乗ったのを確認すると、彼女の重たいトランクを荷台に積み込み、すぐに滑走路から直通で一般道へと出た。

 なるべく目立たぬように、という要望通り、彼らが乗った車は、何処にでもあるような中型の乗用車だった。しかし、そこは礼儀を重んじる国ニッポン。スモークガラスは勿論の事ながら、本皮のシートに肘掛に設置された車内電話や、極めつけは足元にこれでもかと言う位に趣向を凝らした真っ赤な絨毯。外装のみすぼらしさを派手な内装でカバーするような、それぐらいの勢いの造りだった。


「ご宿泊先は勝手ながら手配させて頂きました。ドイツから長旅だったと聞いていますので、そのままホテルの方に向かいますが」


「構わんよ。特に拠る所も無いしの」


 後部座席から聞こえてきたのは、何故かは分らないが中年の男性の声。だが、そんな事を気にするでもなく執事服の男は再び話を続けた。


「承知いたしました」


 執事服は運転手に行き先を指示し、ダッシュボードの計器をいじり、ラジオのボリュームを少しずつ上げる。ご不快では? と執事服は後ろの客人に問うたが、特に変わった返事もないので男は交通情報に耳を傾ける事にした。


「ところで先に文章で頼んでおいた、あの住所の方は? なるべく早いうちに受け取っておきたいのじゃが」


 しばらくして、中年の男の声が再び後ろから聞こえる。執事服はバックミラーで後ろの客人を確認し、すぐに振り返って返事をした。


「はい。確認が取れたので。すぐにでも簡単な地図にしてお渡します。先に住所の記載だけお渡しいたしますか?」


「ああ、頼む」


 助手席に乗っていた執事服の男は一枚の封筒をおもむろに胸の内ポケットから取り出し、そっと少女に手渡す。彼女はそれを受け取ると、すぐに外套の中に入れた。


「そこまでだ」


 ずっと静かに車の運転を続けていた運転手が、不意に銃を執事服の男の頭に突きつけた。握られているのはレミントン・デリンジャー。十九世紀、アメリカの16代大統領エイブラハム・リンカーンを暗殺した由緒ある暗殺銃だ。


「っ!」


 間髪を入れず、少女は外套の中の銃を握る。だが、それを制すように執事服は少女に右手を振った。


「余計な真似はするなよ。お前はそのまま、さっき懐に入れた封筒をこちらに渡せ」


 執事服に銃を突きつけている男は、指定されたホテルとは真逆の方向にハンドルを切った。

 完全な不意打ちだった。何処かで情報が敵に漏れていたのだ。


「耳を貸さないで下さい。フレイスター様。敵の侵入をあっさり許した、非は私にあります」


 少女は小さく舌打ちすると、外套からゆっくりと手を抜く。それを執事は確認すると、間髪入れずにすぐにダッシュボードのスイッチを押す。すると、座席の前後を遮断するように、防弾のスモークガラスがゆっくりと下から迫上がってきた。


「……はんっ、見上げた度胸だぜ」


 男はデリンジャーをぐいっと執事服の初老にもう一度強く押し付ける。しかし、執事服は男の方を見ようともせず、ミラー越しに一人と一匹を見た。


「……すいませんが、私共ができるのはこの辺りまでのようです。どうか、お気をつけて」


 後部座席の右側のドアが開く。執事服が何をするのかは大方予想がついた。少女は執事服に肯いて見せると、走行中にも関わらず体を投げるように外に飛び出した。


「……くっ」


 被っていた帽子が風に飛ばされ、彼女の美しく、長い銀髪が露になる。そしてその艶のある美しい銀髪に包まれるように、彼女は硬いコンクリートの上を転がった。

 次の瞬間、空気を切り裂くような爆発音が辺り一面に響き渡る。今まで少女と黒猫が乗っていた車が、大きな音を立てて爆散した。そして続け様、燃え盛る車のガソリンに引火し、さらに大きな爆発が起こった。周りを走っていた車が、その衝撃の凄まじさにより次々とガードや標識に激突し、後ろを走っていた車を巻き添えにする。気がつけば、この場一帯が既にパニック状態に陥っていた。

 とっさの判断で身を屈めた少女の近くに、どうやって逃げたのかあの黒猫がやって来た。


「また派手にやりおって……日本の吸血鬼は」


「あれほどの爆発で、まだ生きているのか?」


「おそらく」


 少女は足元にやって来た猫に視線を向ける。だが、すぐに何かを感じ取り、再び視線を目の前の火の海に移した。

 燃え盛る炎の中から、先程の運転手の姿らしき者がゆっくりと少女の方に近づいて来ていた。あの爆発の後にも関わらず、男は体の一部を庇う様子も無い。それどころか、身体には火傷の後すら見えない。どうやら日本の吸血鬼というのは、聞いていた以上に厄介な者らしい。


「闘り合うか?」


「……いや。ここには人が大勢おる。それに、今は信太郎の息子との接触が先じゃ。混乱に紛れて失せよう」


 銃を抜きかけていた手を離し、少女はゆっくりと後退する。後方の方からけたたましいサイレンの音が聞こえてきた。時間はない。少女は足元にいた猫を抱き上げると、大きく後ろに跳躍した。


作者に迷惑がかかるので名前を公にするのは控えますが、この作品はこのサイトのとあるSF小説(吸血鬼と吸血鬼ハンターの少女の時点で大分絞られましたが)からインスピレーションをうけて制作しました。勿論作品は完全なオリジナルですが、それでも大変に影響を受けた作品なので、それだけここに記させてもらいます。

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